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私は双子の姉がいる。

名前は 花波はなみ

同じ日に生まれたはずなのに、

私たちの性格は、まるで別の世界で生きているみたいに違っていた。

子どもの頃から、私は何かをする前に必ず考えるタイプだった。

理由は何か。

その先に何があるのか。

結果はどうなるのか。

リスクはあるのか。

一方で花波は――

まるでこの世界に「後で」という言葉が存在しないかのように生きていた。

「大丈夫でしょ」

「それは後で考えればいいじゃん」

「人生は一回きりだよ?」

そんな言葉を、彼女はいつも軽やかに口にしていた。

学校に通っていた頃、その違いはますますはっきりした。

私は勉強する。

花波は退屈する。

私は失敗を恐れる。

花波は縛られることを恐れる。

そしてある日、

彼女は学校を辞めた。

はっきりした計画もなく。

罪悪感もなく。

振り返ることもなく。

家を出て行った。

何か月も姿を消すこともあった。

一年以上、音沙汰がないこともあった。

そして――

突然、また現れる。

だいたい、気楽な笑顔で。

半分だけ本当の話をして。

そして、いつも同じ一言を添えて。

「ねえ七海、ちょっとお金貸して?」

私は分かっていた。

ずっと分かっていた。

そのお金が戻ってこないことを。

花波が悪い人間だからじゃない。

ただ彼女は、

責任という概念と一緒に生きたことがないだけだ。

「あとで返すから」

彼女は毎回そう言った。

そして毎回、その「あとで」は

何事もなかったかのように消えていった。

不思議だよね。

彼女は姉なのに。

本来なら、私が頼る立場のはずなのに。

でもいつの間にか、立場は逆になっていた。

私が貯める。

私が計算する。

私が我慢する。

花波は自由。

花波は逃げる。

花波はブレーキのない人生を生きている。

羨ましく思うこともあった。

腹が立つこともあった。

ただただ、疲れることもあった。

それでも――

彼女の背中が遠ざかっていくのを見るたびに、

私はいつも一つだけ確信していた。

花波は、未来のことを一度も考えたことがない。

そして私は――

未来のことを、考えずにいられたことが一度もなかった。

正直に言うと、

もしあなたが私の立場だったら、きっと同じように戸惑うと思う。

私たちの両親は――

最初から、まともに責任を果たしたことがなかった。

そして今、

好き勝手に生きてきた双子の姉が、

一人の子どもを連れて、

私の家に現れた。

「宙、まずは挨拶しなさい」

花波はそう言って、

娘の背中をそっと押した。

小さな女の子は、にこっと笑って言った。

「叔母さん、はじめまして。

わたしの名前は宙です」

私はごくりと唾を飲み込んだ。

「ふふ」

花波は小さく笑う。

「最後に会ったときは、宙はまだお腹の中だったのにね。

もうこんなに大きくなって……元気そうでしょ?」

それは事実だった。

私と花波は、

もう何年も直接会っていなかった。

連絡自体は取っていたし、

彼女はよく「今どこに住んでるの?」と聞いてきた。

でも、こうして顔を合わせるのは、

本当に久しぶりだった。

そして正直に言えば――

私は少しも嬉しくなかった。

花波を嫌いだからじゃない。

ただ、

一つだけ確信していることがあった。

花波が、何の連絡もなく現れるとき――

そこには必ず、理由がある。

「七海……」

花波の声が、急に慎重なものに変わった。

「急に来てごめんね……

ちょっと、お願いしてもいい?」

私はバッグを床に置いた。

「お金?」

淡々と聞く。

「何のため?」

花波は長く息を吐いた。

「実は……今の彼氏と、金銭的にちょっと問題があって」

「でも今回は約束する。七海。ちゃんと返すから」

私はこめかみを押さえた。

そのとき、小さな声がした。

「ママ、パパに怒られて――」

「しっ!」

花波は慌てて遮る。

「宙、外で少し遊んでて」

「あとでママが呼ぶから」

「うん」

宙は素直に頷き、

アパートの外へ出ていった。

ドアが閉まる。

部屋は、一気に静まり返った。

花波は床を見つめたまま、

堰を切ったように話し始めた。

「続けるね、七海」

「今の彼……実は、もう結婚してるの」

「奥さん、レンタカー会社の社長で」

「私、カジノで働いてるでしょ? そこで知り合った」

胸が、ぎゅっと締めつけられた。

「知ってる?」

花波の声が震える。

「彼、ギャンブルで借金してて……」

「お金は、奥さんのものを使ってた」

「私も、どうしていいかわからなくて……本当に」

私は彼女をまっすぐ見た。

「だったら簡単でしょ」

冷たく言う。

「別れればいい」

花波はすぐに首を横に振った。

「そんな簡単じゃない」

「私たち、長いの」

「それに……彼、宙を受け入れてくれるって」

彼女は顔を上げ、

懇願するような目で私を見た。

「七海……」

「50万円、貸してくれない?」

私は一瞬、言葉を失った。

そして、声が強くなる。

「50万円?」

「それがどれだけ大金かわかってる?」

「金額は七海に任せるよ」

花波は早口で言う。

「いくらでもいい」

「宙の学費とか、食費とか……」

胸の奥が、熱くなる。

「無理」

私はきっぱり言った。

「前の借金だって、まだ返ってきてない」

花波の表情が、はっきり変わった。

「私が可哀想じゃないの?」

「宙は?」

「私たち、家族でしょ、七海」

「そんなに冷たくできる?」

家族。

その言葉が、深く刺さる。

子どもの頃から、

その言葉はいつも――

本当は許されないことを正当化するために使われてきた。

私は人間だ。

心もある。

宙のことだって、大切に思っている。

でも――

「お願い、七海」

その瞬間、私は理解した。

求められているのは、

助けじゃない。

――犠牲だ。昔から、ずっとこうだった。

犠牲になるのは、いつも私。

父。

母。

そして姉。

彼らは、困ったときだけ現れる。

助けが必要なときだけ、私を思い出す。

そして私は、毎回助けてきた。

でも、結果はいつも同じだった。

何も変わらない。

残るのは、失望だけ。

彼らは変わろうとしない。

もう大人なのに、

一度も責任を学ぼうとしなかった。

そして、何より苦しかったのは――

私が本当に困っていたとき、

誰一人として、私を助けてくれなかったこと。

信じられる人なんて、誰もいない。

思考が、過去へと流れていく。

幼い頃の記憶。

まだ何も疑わず、

恐れずに笑えていた頃。

重たい日々が、鮮明によみがえる。

理由もなく怒鳴る父。

声を殺して泣く母。

そして花波――

何も気に留めなかった。

私は知っている。

花波が、良い母親じゃないことも。

子どもを育てるのが、簡単じゃないことも。

私は、甘くない。

それでも……

それでも、私は思ってしまう。

何かが、変わってほしかった。

私は彼女をまっすぐ見つめた。

「花波」

静かに、冷たく言う。

「もう、あなたを信じられない」

花波が何か言おうとした。

でも、私は遮った。

「どれだけ誓っても」

「どれだけ跪いても――」

「もう、信じない」

部屋の空気が、重くなる。

「出て行って」

私は続けた。

「でも、宙は置いていって」

花波は、目を見開いた。

「あなたも母さんも同じ」

声が震える。

「二人とも、同じくらい身勝手」

「私は、宙を傷つける母親のもとで育てたくない」

手が震えたまま、財布を開く。

一万円札を一枚取り出し、

花波の前に投げた。

「これが、私にできる全部」

花波は、そのお金を長く見つめていた。

そして……

理解した。

私はわかっている。

最初から、わかっていた。

花波は、確かにお金のために来た。

でも、それだけじゃない。

自分の人生を、もう抱えきれなくなったとき――

彼女はいつも、それを私に渡す。

……自分の子どもさえも。

何も言わず、花波は出て行った。

ドアが、静かに閉まる。

私はソファに座り込み、

重たい頭を押さえた。

胸が、苦しい。

私は変わろうとしている。

本気で、変わろうとしている。

それなのに――

一歩前に進むたび、

過去が私を引き戻す。

もう、失望したくない。

この繰り返しを、終わらせたい。

ドアが、そっと開いた。

宙が、戸口に立っていた。

不安そうに。

「おばさん……」

小さな声で言う。

「ママが……ここに住むって言ってたけど……」

私は宙を見つめる。

「ママは、今ちょっと問題を抱えてる」

静かに言った。

「しばらくの間……宙は、叔母さんと一緒にいよう」

宙は近づいてきて、

私の隣に座った。

膝の上で、手をぎゅっと握りしめる。

「おばさん……」

「わたし、悪い子じゃない」

「いい子になる」

胸が、崩れ落ちた。

「ありがとう……」

「ママと、わたしを助けてくれて……」

その子は――

本来なら、まだ知らなくていい重さを背負っている。

涙が、止まらなかった。

私は、宙を強く抱きしめた。

憎んでいる姉の子ども。

それでも同時に――

私が、何よりも守りたい存在。


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