一話
俺は人間である。名前はまだ分からない。
なぜなら俺は.....
ゴキブリだからだ。
いや、正確にはゴキブリだった。
前世の事はあまり思い出せない。ただ最後の瞬間は覚えている。
「キャー!ゴキブリ」
という人間の女の声と同時にそのボーイフレンドらしき人物に踏みつぶされた。それだけは覚えている。
人間。
本当に憎たらしい。
それなのに何故俺が人間なんかに.....
それに何だこの体は。腕二本に足二本。使いづらい。足六本が最高にクールで使いやすいだろ。それになんだこの指というものは。それぞれに五本もあって気持ち悪い。
それ以外にも文句を言いたいところは数えきれないほどあるが今はやめておこう。
しかしここは何なんだろうかゴミ屋敷か?すごく汚い。食べたら食べっぱなしの食器。脱いだら脱ぎっぱなしの服。お前にとっては最高だろうって?
いいや最悪だ!
俺はゴキブリだがきれい好きなんだ。こんな汚いところすぐに掃除してやりたい。
カサッ
なんだ!?
背後で何かが動く音がした。
ゴキブリだ!
よかったここにも仲間がいたのか。しかもなかなかかわいい女の子じゃないか。(※ゴキブリ基準)ナンパでもするか?
いやいや、そんなことをしている場合ではない。この世界について聞かなければ。
使い慣れない体を使って歩み寄る。
すると目にもとまらぬ速さで彼女はゴミの山へと消えて行ってしまった。
「おい!なんで逃げるんだよ。仲間じゃないかー」
返事はなかった。何故だ?
数分考えを巡らす.....
そうだ!今は俺は人間なんだった。
くそ!
どうすればいいんだ!
やりきれない思いにさいなまれながらも俺は解決策を思いついた。
とりあえず外に出てみよう。
外はなんだか騒がしい。人が多いのだろう。癪だが人にこの世界について聞くしかないか。
戸の軋む音を響かせながら恐る恐る外に出る。
石畳の道に中世を思わせる屋台、見たこともない文字。俺がいた世界とは何もかもが違う。
しかし特筆すべきは.....
うわ!なんだこの人間の群れは!
と思った瞬間
耳が張り裂けそうなほどの歓声が上がった。
「勇者様ー!」
勇者?なんだそれ?俺のことを言ってるのか?
戸惑っていると一人の若い男が近づいてきた。
「勇者様!いつものあれ見せてください!みんな待ってますよ」
いつもの?何のことだ。俺はつい直前までゴキブリだったんだぞ。できることと言えばお前ら全員に悲鳴を上げさせることぐらいだぞ。
「何ぼーっとしてるんですか?見せてくださいよ。いつもの」
どうする?とっさの言い訳を考える。
「すまない。今朝頭を打ってしまってな。いつものってのが思い出せないんだ」
大丈夫か?子供のような言い訳に感じてしまうが。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。そのーいつものってなんだ?」
「魔法ですよ。ま・ほ・う。」
「どんな?」
「いろんな魔法を使ってショーを見せてくれるじゃないですかー」
「いや、そのー魔法ってどう出すんだ?」
「え.....本気で言っています?勇者様が魔法を使えないなんて。冗談ですよね!いつも言ってたじゃないですかー。手に力を込めれば自然と出るって。僕たち一般人は魔法使えないからわからないですよー」
手に力を込めれば出るのか?そんなものが?
しかし、やるしかない
全集中力を腕に込める。ゴキブリ時代にはよくやったなー。人間から逃げるために。
十秒程力を込めると両腕からそれぞれ炎と水が出現した。
これが魔法か!
さらに力を込める。
二つの魔法が混ざり合い天へと舞い上がり爆発した。
心地よい爆発音と花火のように美しい光景に自分でも見惚れていると
また歓声が上がった。
「さすがは勇者様だー!」
「惚れ惚れしてしまいますー!」
歓声を掻き分けるようにして老女が迫ってきた。
「勇者様。世界は大魔王グレートゴキブリによって支配されようとしています。この世界を救えるのはあなた様だけです。今日旅立ちの時。村の皆期待しております。どうかお気をつけて向かっていって下され。何かあれば村全体であなた様をサポートいたします」
大魔王グレートゴキブリ?それはゴキブリか?仲間じゃないか。話せばわかる相手じゃないのか?
しかし、今俺は人間だここはこいつらの話に合わせておくのが得策か
「村長様。私が村の威信をかけて何としてでも悪の化身大魔王グレートゴキブリを討伐して見せましょう」
「おおーなんと心強い。しかし勇者様、私は村長ではありません」
「申し訳ない」
やばい勝手に雰囲気で判断してしまった。今のでおれがゴキブリだとバレてないだろうか?緊張で全身の汗腺から汗が噴き出す。
「どうされました?急に汗をかき始めて」
「いや、何でもない」
どうやら大丈夫だったようだ。危ない。何が地雷になるかわかったもんじゃないな。
「では、ささやかな贈り物ですがこれをお持ちになって下され。重いのでお気をつけて」
重いだって。ゴキブリの筋力を舐めるなよ。
そういうと老女は太陽のように輝く剣と岩のようにごつい盾を手渡してきた。
うっ。重い。さっきのは訂正しよう。今の俺は人間だ。
「あ、ありがとうございます」
「では村の皆でお見送りさせていただきます」
老女に連れられ村の出口へと案内された。
「ではお気をつけて」
村の人々の温かい声援を背に俺は村を出ようとした。
「キャー!ゴキブリよー」
女性たちの悲鳴が村に響き渡る。
やばい。何か隠れられる場所を探さなければ。早くしないと殺られる。ゴキブリ時代の記憶が蘇る。
人間から距離を取ろうと駆けだす。
「ゆ、勇者様なぜ逃げるんですか!助けてください!」
村人たちが必死の声を浴びせてくる。
そ、そうだ今は俺は勇者だ。ゴキブリじゃない。しかしゴキブリくらい貴様ら男が何とかすればいいだろうが。そう思って振り返る。
俺は目を疑った。
人の背丈ほどの二足歩行のゴキブリが村人たちに襲い掛かっていた。
しかし、体を見ると見とれてしまうしまうほどに鍛え上げられた身体だ。正直かっこいいと思ってしまう。(※ゴキブリ基準)
だが俺は今人間。それも勇者だ見惚れている暇はない奴を何とかしなければ。
「おい、そこのゴキブリ人を襲うのをやめろ!」
俺は話し合いによってどうにかしようと試みる。
「はぁー?何言ってんだ人間。ふざけてんのか!まずはてめーからぶっ殺してやる」
奴は巨大な羽を広げヘリコプターを彷彿とさせるような轟音を響かせて羽ばたく。俺の頭上まで飛んでくると俺を踏みつぶさんと羽ばたきを止め。重力のままに落下してきた。
その瞬間あの時の記憶が蘇る。死の恐怖と共に俺は目にもとまらぬスピードで華麗に避けて見せた。
心臓の鼓動が頭にまで響く。二回も踏みつぶされて死ぬなんてごめんだ。
村人から歓声が上がった。
なんだ?
「す、すごい流石勇者様だ。華麗な体裁き!」
村人が盛り上がってきた。これはやばい確実にこいつを倒さなければ。人間、いや勇者として。
俺は仲間としてすまないと思いつつも先程やったように腕に力を込める。すると炎と水が現れた。それを力のままに奴に向かって放つ。
奴の悲鳴と体が爆ぜる音が村に響く。
爆発で生じた黒煙を掻き分け奴に近づくと体が半分になったゴキブリがいた。
「な、なんて力だ。俺が人間なんかに.....」
「俺はゴキブリだお前らの仲間だ」
村人に聞こえぬように言う。
「何言ってやがる勇者とか呼ばれてたじゃねーか!おちょくってんのか?」
そりゃそうだ俺の今の姿は人間だ真実を伝えたところで伝わるわけないか.....
「勇者様!何やってんですか。早く踏みつぶしてください!踏みつぶさないとゴキブリは倒せないですよ」
ふ、踏みつぶす?お、俺がこいつを?
その単語を聞いた瞬間背筋が凍り付いた。体が震えて動かない
「何やってんですか?勇者様ー」
やばい早く踏みつぶさないとバレる。震える身体を無理やり動かそうと足に力を集中させる。
片足を上げ踏みつぶそうと力を込める。
あっ!だめだ。軸足の力が抜け、ゴキブリの方へと倒れこむ。
奴の鋼鉄のように硬い体がぶつかる。しかし、その瞬間悲鳴を上げるとともに奴の体は煙のように消え去った。
「うおー。流石勇者様だー!」
村中から歓声が沸き上がる。
しかし、俺はなんともやりきれない気持ちだった。人間と言えど人に褒められる喜びと仲間をゴキブリを殺してしまった悲しみと。
「やはりあなた様は真の勇者様だ。期待していますぞ」
老女が近づいてきて言った。
それから村人たちに見送られながら勇者として村を旅立った。
あれだけの人に期待されたら勇者をやらないわけにはいかない。
しかし、これからどうしたものか。敵を倒すためには踏みつぶすのが絶対条件だなんて。
考えるだけであの時の記憶が蘇り気分が悪くなるってのに。
やってられるか!




