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第2話 召喚者

2025/09/13 視点調整

 


 朝霧が薄く立ち込める街、ラステル。ここは上質な水源を持つ街として有名だった。その特性を活かして、農作と工芸を長所としている。

 今日も早朝から職人達の気配が感じられた。


 人の温もりを感じるのは街の中心地だ。区画は美しく整えられている。石畳が敷き詰められた路地は朝日に照らされて乳白色に輝き、清潔感を際立たせていた。


 各国の主要都市程ではないにしろ、それに準ずる広さを持つラステル。住民も多く、比例して活気のある姿を見せる。


 ──それが、本来の姿だった。


 しかし今はどこか落ち着きがない。往来する人々は日常の足取りこそ見せているが、口数は少なく移動は早足気味にだ。市場の商人達は商品の陳列を最低限に押さえ、咄嗟に動けるように腰を高くする者が多い。主婦層が開催する井戸端会議の声も小さく、時々不安げな囁きが混じり込んでいる。活気があるとはとても言えない状況だった。


 ──グラリと、地面が揺れる。小さいが、不自然だと理解できるほどには明確な揺れだった。


 朝の洗濯の為に井戸から汲んだ水が桶の中で揺れている。側に立つ主婦はびくりと肩を振るわせて、忙しなく辺りに目を向けていた。建物が崩れる様子がないことを目視で確認して、ホッと息を吐いている。


 地震は、ラステルでは馴染みのないものだった。少なくとも百数年は縁がなかったものだ。

 馴染みのないものに対して、人は警戒する。当たり前の反応だ。この小さくも不安を煽る揺れが、街の活気を奪っている原因だった。


 揺れは昨日からずっと続いている。夜が明けても、地震の発生理由は不確かなままだ。未知かつ不慣れな状況が続くことで、街の人達にも疲れが見えていた。コケコと喉を震わせる朝を告げる鳥の鳴き声も、どこか弱々しく感じる。


 そんな活気が上りきらないラステル。その中央に添えられた噴水広場に、住民が見慣れぬ姿があった。"彼'は噴水の淵に腰を下ろして顔を下げ、地面を見つめていた。

 腰に刀を差した青年──桐生遥斗(ハルト)。チラホラと遠巻きに向けられる住民からの視線を無視し、彼が気にしていたのは足裏に伝わる振動だった。震えは昨日よりも大きくなっており、砂利を細かく浮かせている。


 ハルトがこの場に姿を見せて、およそ20分ほどが経っていた。その間に起こった揺れの数は4回。


「……一定の周期で揺れてんのか、これ?」


 "揺れが等間隔で起こっている"という予想。少ない情報を元にした考察ではあったが、あながち的外れではない。少なくとも、自然現象としては不自然な揺れであることは間違いない。


 ハルトの胸に浮かび上がるのは、小さな不吉の予感とそれ以上の期待感。

 紅い瞳が楽しげに細まる。


「揺れもちょい強くなってるみたいだし……何が待ってるのかワクワクだなおい」


 不謹慎な独り言に返答があった。

 それは上から降ってきた。


「──人前で無知を晒さない方が良いわよ。見てるこっちが恥ずかしいもの」

「……あぁ?」


 アドバイスの皮を被った罵倒に、ハルトは目を細めながら顔を上げた。


「柄の悪い反応ね。野蛮だわ」


 顎をあげてハルトを見下ろす女性。濃い紫色のローブを羽織っている。歳は20代前後といったところで、ハルトと同年代のように見えた。


「いきなり人を無知呼ばわりとは言ってくれるな」

「だってあなた、気がついていないもの」


 "あん?"と思わず漏らし、首を傾げるハルト。

 彼女からの返事は一言。


「揺れのリズム」

「一定だってことだろ。それなら俺だって──」

「──早くなってるのよ。昨日よりもね」


 かぶせる様な情報の追加に、ハルトは言葉を詰めらせた。気づいていなかった新情報を前に、咄嗟に反論が思い浮かばないようだ。

 しっかりと無知を晒してしまっている。これは恥ずかしい。彼女も熱の無い目で見下ろしている。


 ため息を1つ。どちらのモノかは察して余りある。


「挨拶は必要かしら、グランゼル王国の覇者君」


 コホンと一度咳払い。

 ハルトは気持ちを切り替えた。


「……君はやめてくれよ」


 文句を添えながら髪を掻き上げる。目元で切り揃えた赤髪が乱雑に揺れた。

 彼の声は軽く、そして小さかった。未だ尾を引く恥ずかしさが理由の大半だろう。既に彼女に対して苦手意識を持ち始めているようで、噴水から立ち上がる間、視線は横に逸れていた。


「はじめまして、だな」


 一歩、目の前の女性に歩み寄る。白シャツとジーパンというラフな格好と同じくらい、軽い足取りだった。苦手意識はあっても、気後はしていないらしい。

 この世界では珍しい造形の刀が腰で揺れて、カチャリと小さな音を鳴らしていた。


「俺はハルト。ご存知の通り王国の召喚者だ。苗字は──」

「──名前だけで結構よ。苗字なんて、この世界じゃ役に立たないでしょ」


 言葉を遮って、女性は髪を払った。ローブの中に収まっていた腰まである黒髪が舞うように宙に広がった。毛先にかけて紫が強くなっており、朝日に透けることでグラデーションがより鮮明になっていた。


「まぁ……確かにそうか」

「私も言わないわよ。もう捨てたようなものだもの」

「そんな軽く扱えるものか?」

「この世界に召喚されたってことは、そういうことでしょ」


 ハルトの問いに乱雑な口調で答えると、彼女は胸に指先を添えて背筋を伸ばす。ローブの前側からネイビー色が覗く。服装はピッチリとした膝上のニットワンピース。姿勢を正した彼女の目線は女性にしては高い。180cm近い身長のハルトに対して、拳一個分程度しか変わらない。長身に含まれるだろう。肉感のある体型と合わせて大人びて見えた。


「リサ。アルミエラ魔導連邦の召喚者よ。どうぞよろしく」


 全く心の籠もっていない"よろしく"で締めた白河理沙(リサ)は、続けて尋ねる。


「他の2人はまだなの?」

「ああ、うん……この街に時計は無いからな。多少のズレは仕方ないだろ」


 友好的とは思えないリサの態度に微妙な顔をしながら質問に答える。


「そう。遅いわね」

「"仕方ない"って、今言ったよな俺?」

「誰も"うん"とは言ってないでしょ」


 ハルトの額に青筋が浮かんだ。彼は既に20分待たされた側だ。しかし当のリサから謝罪はおろか気遣いの一言もない。どころか"自分が待たされていることが不満だ"と文句を言う始末。理不尽だと怒って当たり前だった。


「ッ……ハァァァ……」


 ハルトは息を深く吐くことで耐えた。えらい。

 事実として後2人、待ち人が来ていない。少なくともその2人よりは早く来てくれたリサ。彼女に対してだけ不満を漏らすのは違うだろうと、理性が冷静さを補完した。辛うじてだったが。


 実際のところ、時計が配置された街は世界的に見ても少なかった。その影響で、どうしても待ち合わせに時間の幅が生まれてしまう。ハルト自身が言っていたことだが、これは仕方のないことだ。世界的に見てもそうなのだから。もはや常識と言っても良いレベルだろう。


「時間を潰せそうなものもなさそうだし……」


 リサはぐるりと辺りを見渡すと、最後に足元を見下ろした。


「……今の内に、震源を探っておこうかしら」

「おい?」


 脈絡の無い展開にハルトは疑問符を浮かべた。しかし彼を気に掛けず、リサはローブの内ポケットから本を1冊取り出した。光沢のある革表紙で包まれた辞書のような分厚い黒い本。魔導書(グリモワール)だ。魔法使用時の補助を熟す媒体だが、その中でも一級品であろうことが凝った作りから伺える。


 取り出された魔導書はひとりでに開くと、リサの手元に浮かび上がった。続く変化は彼女の暗い紫の瞳。炎が噴き出るような動きで、瞳に同色のオーラが纏わり付く。魔力が活性化している印だ。そのオーラは大きく、同業者(魔法士)が見れば腰を抜かしたことだろう。格の違いが明確で、一目瞭然というやつだ。


 彼女はポツリと呟く。


「──探知(ディテクション)


 展開される魔法陣。リサを中心に幾何学模様が走り、円を描いて紫の光を発する。発光は一瞬。ズワリと、魔法陣が地面と並行に広がり始める。水滴が溢れた水面を思わせる動きだ。

 魔法陣は地を這い、街を、外壁すらすり抜けてさらに先へと広がり続ける。


「ちょ、はぁ!? 急に何してッ」

「黙ってて」


 慌てるハルトの言葉を跳ね返して魔法を維持し続ける。魔法陣の拡張は止まらない。上空から見下ろすことができれば、山一つ分の大きさの魔法陣が見えたことだろう。そしてそれは今も拡張を続けている。常人なら魔力が枯渇するような、馬鹿げた規模と使い方だった。


 彼女の瞳からオーラが消えたのは5秒後のことだ。パタンと、魔導書が1人でに閉じる。

 リサは静かに声を漏らした。


「揺れの源は南区の……水路跡。思った以上に近かったわね」

「この数秒で目的地を特定するのは凄いけどさぁ」


 呆れ半分、感心半分のハルト。

 リサはキッと睨みを効かせる。


「独り言に反応しないでくれる?」

「今の独り言なのかよ……それよりお前、周りをちょっとは気にしろよ」


 突然足元を通り抜けた魔法陣。住民は当然驚いた。だけでなく、中には不審人物に向ける目でリサ達を伺う者もいる。彼らは皆遠まきで余所余所しい。

 見慣れない者が急に馬鹿げた魔法を扱ったのだ。納得の反応だった。


「チラチラと鬱陶しいと思ったら……」


 背中に視線を感じていたリサは振り返る。そのまま、こちらを見る彼らと1人1人目を合わせていった。

 無言で、ただ目を向けるだけ。鋭い眦は冷たく瞬いている。距離が離れていても感じる圧に、伺うような視線はポツリポツリと無くなっていった。


「……アイツらを助ける為に、戦うってわけ」


 フンッ、と鼻を鳴らして視線を切ると、勢いよく噴水の淵に腰掛ける。荒っぽい動きだが、どこか品があった。育ちの良さが滲み出ているのだろう。

 彼女は足を組むと、太ももに肘を突き顎を乗せた。そしてため息を溢す。


「どうせクレームなんて言われないわよ。そんな度胸ないでしょ」

「そりゃ言えないだろ。俺たち英雄だぞ」


 ハルトは肩を竦め、シャツの襟元に触れた。そこに小さくも丁寧に作り込まれた紋章が縫い付けられている。


 ──英雄の証紋エクセプショナル・プルーフ


 国が発行した身分証であり、国家が全面的なバックアップを向ける"個人"であることを示している。端的に言えば、国が認めた英雄の証なのだ。


「こんな証1つで英雄なんて、おままごとじゃないんだから」


 細い指先がローブを撫でる。デザインは異なるが、そこにはハルトと同じ役割の紋章が縫い付けられていた。


「それに……」


 肘を付いたまま、リサはチラリとハルトを見上げた。値踏みする目で彼を俯瞰する。

 数秒ほどして、舌打ちを1つ。


「同列に扱わないで。不愉快だわ」

「お前の態度の方が不愉快だわ」


 ピキリと、ハルトの額に青筋を浮かんだ。リサは確かに美人だ。10人の男が皆そう言うだろう。だが、拒絶的かつ傲慢な態度を向けられ続けるとなれば話が変わってくる。誰だって気分は良くならない。しかもこれが初対面なのだ。第一印象は最悪だった。手が出ていないだけ、我慢できているのかもしれない。


「チッ……クソアマが」


 ハルトは既に、彼女のことが嫌いになったようだ。

 それはリサも同じようで。


「あら、山猿なのに人の声真似が得意なのね」


 この返しである。世界にたった4人の同郷なんだから仲良くしなさい。


「ぁあ?」

「何よ?」


 バチリッと空間が細かく爆ぜる。2人から漏れ出た魔力の影響だった。赤と紫。色の異なる2つの魔力が衝突し、火花が散り始めていた。住民は早く逃げたほうがいい。巻き込まれるぞ。


「──少し、いいですか」


 喧嘩一歩手前の状況に、割り込む形で声が届く。実にグッドなタイミングだ。


「さっきの魔法は貴方達の仕業……で合ってますかね?」


 横からの、低い声での問いかけ。睨み合っていた2人はそちらに目を向けた。鋭い二対の瞳の先に映ったのは、ガタイの良い男性の姿だった。


「おっと。そう睨まないでください。急に声を掛けたのは謝りますから」


 "すいません"と、朝日を背負うようにして立つ彼は穏やかに謝罪した。ホリの深い顔に嵌った濃い琥珀色の瞳はとても静かだ。ゆっくりと瞬きを繰り返しながら、2人の返答をのんびりと待っている。

 先に答えたのはハルト。リサに指を刺しながら口を開く。


「この女がやった。考え無しにな」

「待ち時間を有効活用しただけよ。何か問題でも?」


 自己弁護が即座に追いつく。彼女は悪びれず、男性に向ける目を更に鋭くさせた。

 槍先を突きつけられたような圧を感じているだろうに、男性は穏やかな表情を崩すことはなかった。


「そうでしたか。では、遅れた僕達が悪いですね」


 "すみません"と2度目の謝罪を聞いて、彼が誰かをハルトが察する。


「ってことはアンタが」

「はじめまして。ドラウゼ帝国の召喚者、藤堂慎吾です」


 "シンゴと呼んで下さい"と続け、彼は右手を差し出した。厚手の鎧を纏う190cmを超える大きな体格と、短く刈り上げた茶髪。熊のような男だが、気さくなシェイクハンドも含め有効的な印象を与えている。


「おう! よろしく」


 リサは無視し、ハルトだけがその手に応えた。

 "俺は"とハルトが名乗り返そうとする前に、シンゴが続けて動く。


「それと彼女も」


 半身になった彼の背後に立つ、小柄な影。チョコンという擬音が似合う立ち姿だ。


「……スイ。よろしく」


 二歩後ろに立っていた少女が短く呟く。鳥の囀りに似た小さく短い声だった。

 端的すぎる自己紹介にシンゴは苦笑を溢す。彼は情報を付け足した。


「彼女は水無瀬翠さん。フィオリア神聖国の召喚者ですよ」

「……どうも」


 スイはぺこりと頭を下げた。目深に被った白を基調としたフード付きローブは体格の2回りは大きく、頭を下げたことでフワリと揺れている。隙間から覗くのは名前と同じ翡翠の瞳と白い肌。140cm台の小柄な体躯と口数の少なさが、彼女を人形のように思わせる。

 しかし無機質というわけではないらしい。少なくとも、その瞳はやる気の無さで満ちている。ネガティブではあっても人間味は備わっているようだ。


 なにはともあれ、これで4人。待ち合わせの全員が揃ったわけだ。


「それで、さっきの魔法で場所は特定できたのですか?」


 ハルトとリサが短く自己紹介を済ませた後、シンゴが改めて問う。先の魔法が探知魔法であることを理解した言葉に、リサが興味深げに目を細めた。


「へぇ……アンタ、その図体で魔法士なの?」


 質問を質問で返した上でアンタ呼ばわり。失礼の上塗りである。シンゴは怒るでもなく"僕は違います"と冷静に返し、一歩離れた所でボウっと立つスイに目を向けた。"彼女が"と言いたいのだろう。リサも吊られて小柄な彼女に視線をやった。


「まぁ、そうよね」

「納得の配役だな」


 頷くリサとハルト。注目されたスイはフードの中に手を突っ込むと、ノロノロと杖を引っ張り出した。フードの隙間から、杖に引っ掛かるようにして髪がこぼれ落ちる。豊かな緑色の髪だった。その緑を背景に、60cmほどの捩れ木の杖を胸の前に掲げる。


「……スイがそう」


 ポツリと溢す言葉と杖が魔法士であることを肯定している。どうやら彼女は自分の名前が一人称のようだ。なかなか珍しい。


「戦士と魔法士が2人ずつか。バランスはいいな」


 ハルトが頷きながらそう溢す。


 戦士と魔法士。この呼び名は戦闘に関わる者達の大まかな分類のことだ。物理技能が得意な者が戦士。魔法士は魔法技能を得意とする。リサは当然魔法士。残るハルトとシンゴが戦士。つまり2対2。現代におけるパーティー編成のスタンダードだ。


「それで、何が得意なのよ」


 リサはじろりと値踏みするようにスイを見る。感じ取れる魔力は澄んでいて冷たい。激しく熱いリサの魔力とは真反対の気質だ。


「……補助と回復」

「サポート特化ってわけね」


 魔力の性質は個々人によって異なるとされている。当然、魔法への適正にも影響が出てくる。こと補助魔法の適性に関してはスイの方が高いことは、魔法士なら誰でも理解できただろう。この世界にきて日の浅いリサでも、それは変わらないようで、ゆっくりと頷いている。


「私は……攻撃特化ってところね。特に殲滅系が得意よ」


 "もちろん補助系統も扱えるけど"と、そう付け足す。魔法士として負けるつもりはないのだろう。挑発するような声音だった。


「……怪我したら言って、治すから」

「ッ……へぇ、そう」


 スイの淡々とした答えに、リサは眦を引くつかせた。期待した反応ではなかったのだろう。

 彼女は一度舌打ちをして立ち上がると、そのまま歩き出してしまった。


「ちょ、おい。どこ行くんだよ」


 無言で離れていく彼女にハルトが慌てて声をかける。


熊男(くまお)が聞いてきたでしょ? だから案内してあげるのよ」


 "喜びなさい"と冷たく言って、リサはズンズンと進んでいく。ブーツが石畳を弾く音が一定のリズムで響く。間隔は短く、かなりの早足だった。"案内"と口にしながら、しかし待つ気はないようだ。


「あの女マジで何なんだよッ」


 彼女は間違いなく性格が歪んでいる。ハルトはそう確信した。


「まぁまぁ。僕たちはまだ初対面ですから。気長に行きましょう」


 苛立ちに歯軋りをするハルトを熊男と呼ばれたシンゴが宥める。"ほら深呼吸しましょう"とアドバイスを受けて、ハルトの苛立ちも多少は薄れたようだ。震える肩も落ち着いていく。

 彼は疲れたように腰に手を添えると、隣に立つ同性の味方を見上げて言った。


「アンタ、器が大きいな。シンゴさんって呼んでいいか?」

「もちろんです。では僕はハルト君と」

「おう! 仲良くしようぜ!」

「ええ。こちらこそ」


 2人は固く握手を交わす。リサの冷たい態度とのギャップに、ハルトは感動すら覚えた。常識的な対応をしてくれる相手がこうも得難いとは。砂漠でオアシスを見つけたような気持ちなのだろう。彼の目は輝いていた。


 この調子で残る1人とも仲良くなろうとシンゴの背中を覗く。


「スイだっけ。アンタもよろしく……」


 しかし残念。そこにスイはいなかった。


「あれ、あの子どこいった?」

「スイ君ならほら、あちらに」


 指を刺した方向には、こちらに背を向けて街道を歩いているスイの姿があった。小さな背中は既にかなり離れてしまっている。

 出鼻を挫いてくるマイペースな行動に、ハルトはがっくりと肩を落とした。


「あの子もか……このパーティーの女達は協調性ってものがないのか」

「一緒に行動していけば仲間意識も芽生えるでしょう。きっと時間が解決してくれますよ」

「本当かよ」


 疑わしげな視線に対して"ははは"と軽く笑うと、シンゴは後を追うために歩き出す。一度ため息を溢してからハルトもその後を追った。


「あれ……あの2人どこだ?」

「もうあんな遠くに……」


 彼女達が思いの外遠くにいて見失いかけた為、2人は駆けた。

 世界を救う役目を担う4人の召喚者は、こうして初めての顔合わせを済ませた訳だ。順調な滑り出しとは、言いにくいものだったが。今後に期待といったところだろう。



 ………



 朝日で伸びる4つの影を、路地裏から覗く一対の目があった。

 影に浮かぶ灰色の瞳は呆れたように閉じると、そのまま影に溶け込んでいく。


『退屈を凌ぐのにも苦労しそうだな』


 "クヒッ"という笑みが続いたその言葉はたった1人にだけ届き、受け手は苦笑だけを返すと無音で影に消えてしまった。

 その時、街に微かに残っていた朝霧が一瞬だけ灰色を帯びル。不可思議な変化だった。そのことに気づいた者は誰もおらず、朝日に照らされた霧は街に溶けるように散っていった。







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