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月蝕 第9夜:終の蝕


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**1. 闇の果て**


月見里ハルナ、15歳。彼女の瞳は、まるで月蝕の闇そのものだった。

かつては怯えや迷いを宿していたその目は、今、冷たく、鋭く、どこか虚ろに輝いていた。

禍根異質ネクロスティグマ」は、彼女の意志を超えて暴走し、視線を向けた者を瞬時に死に追いやるまでに成長していた。


「もう戻れないよね。この力、ボク自身を飲み込んでる。はっきりわかるよ、ね。ふふ、でも、いいよ。不均衡な世界は、全部ボクが壊してやる、かな」

ハルナは、渋谷の雑踏を見下ろすビルの屋上で呟いた。月は、真っ赤に滲み、まるで彼女の心の赤黒い怪物を映し出しているようだった。


彼女は、農林水産大臣・佐々木ヒロシゲを殺した。

生中継の記者会見で視線を向けた瞬間、わずか10分で彼は死に、ニュースは「原因不明の心停止」と報じた。

だが、佐々木の死は、彼女を追う敵対組織――「暁の使徒」――を本格的に動かした。

クロウの警告通り、彼女は最終標的となっていた。


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**2. ミカの「決意」**


ミカは、ハルナの秘密を知ってしまった。

探偵・田中リョウタの死、佐々木ヒロシゲの急死、そしてハルナの夜中の外出。

すべてが、彼女の心に疑念の糸を紡いでいた。


「ハルナ、私、信じたくないけど……あんた、最近なんかヤバいことしてるよね?」

施設の屋上、ミカはハルナを追い詰めるように立っていた。夕暮れの空は、血のように赤く染まっていた。


ハルナは、ミカの目を見ないように、視線を地面に落とした。

「ボク、別に何もしてないよ。ミカ、相変わらず、ほんと詮索好きだよ、ね」

彼女の声は軽やかだったが、指先が震えていた。

ミカの存在は、彼女の心の唯一の光だった。だが、その光が、今、彼女を追い詰めていた。


ミカは一歩近づき、声を震わせた。

「ハルナ、私、友達だよ! なのに、なんで目を合わせてくれないの? そうなんでしょ、田中さんのこと、佐々木大臣のこと、全部、ハルナが……!」


ハルナの心臓が、激しく鼓動した。彼女は、ミカの目を見そうになり、咄嗟に顔を背けた。

「ミカ、ボクのこと、ほっといてよ。お願いだから、関わらないで、ね」


ミカの目から、涙がこぼれた。

「ハルナ、私、絶対あんたを止めるよ。真の友達だから、私が死んででも放っておけないから!」


ハルナは、ミカに背を向け、屋上を後にした。彼女の心は、ミカの涙で引き裂かれながらも、冷たく凍りついていた。

「ミカ、関わったら、死ぬよ……。お願い、ミカだけは殺したくないんだよ、離れててよ、ね……」


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**3. 暁の使徒**


ハルナは、クロウからの最後の連絡を受けていた。

「ハルナ、我々はもう逃げられない。ついに『暁の使徒』が我々の居場所を突き止め、君を狙っている。彼らは、君の力を奪うか、殺すか、どちらかを選ぶ。前にも言ったが、彼らの最後の標的は、君自身だ。全員で総力を挙げ、決着をつけるしかない」


ハルナは、渋谷の地下にある「月蝕の使徒」の集会場に足を踏み入れた。

そこには、クロウと数人の仲間が待っていた。だが、クロウの瞳には、いつもの冷たさとは異なる、どこか裏切りの影があった。


「クロウさん、みんなを一か所に集めて、ボクのこと、裏切る気? ふふ、面白いね。なら、ボクも遠慮しないよ、ね」

ハルナの声は軽やかだったが、明らかに狂化しつつあった。彼女の瞳はクロウを射抜くように鋭かった。


クロウは笑みを浮かべ、首を振った。

「裏切り? それだけはない。ハルナ、君は俺たちの切り札だ。だが、君の力は、俺たちにも危険すぎる。『暁の使徒』が最終的に動く前に、君をどうするか、決めなきゃいけない」


その瞬間、集会場のドアが破られた。黒いコートをまとった女――「暁の使徒」のリーダー、霧島レイカが現れた。20代後半、冷たい瞳には、まるでハルナと同じ闇が宿っていた。


「月見里ハルナ。あなたの力、頂くよ。さもなきゃ、消すしかない」


レイカは目線を合わせない。こいつはプロだ。全てを知っている。ハルナの唇に、冷たい笑みが浮かんだ。

「ふふ、ボクの力が、欲しいって? 面白いね。なら、試してみる? ボクに関わったら、死ぬよ、ね」


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**4. 終蝕の戦い**


集会場は、瞬時に戦場と化した。霧島レイカの力は、空間を歪める能力。

彼女の手が動くたびに、空気がねじれ、瞬間移動し、見えない力でハルナの身体を締め付けた。だが、ハルナは目を閉じ、視線を制御した。


「ボク、目を合わせなきゃ、殺せないんだよね。でも、簡単だよ、ね」


彼女は、全身の感覚が鋭くなり、霧島の人外じみた動きに対応する。

目線を合わせれば終わりだ。見ろ。霧島の動きを音と気配で感じ取り、素早く回避した。

だが、霧島の仲間たちが次々と襲いかかってきた。以前は味方だと思っていた奴らがいる。氷を操る男、重力を操る女、思考を読む少年。それぞれの力が、ハルナたちを追い詰めた。


クロウは、戦いの中心で静かに見つめていた。

「ハルナ、君は俺たちの希望だった。だが、君の力は、制御を失えば俺たちを滅ぼすかもしれない!」


ハルナの心に、赤黒いモヤモヤが溢れ出した。彼女は、目を閉じたまま、叫んだ。

「ボク、希望なんかじゃないよ! ボクは、ただの病気だ! でも、ボク、止まられなよ! 不均衡な世界の歪みは、全部壊してやる!」


彼女は目を開き、ついに霧島を直視した。赤黒いモヤモヤが、彼女の胸から溢れ出し、霧島に絡みつく。霧島の身体が、ガクンと震え、膝をついた。


「くそっ……! これは、なんて、おぞましい……力だ……!」


だが、その瞬間、背後から懐かしい声がした。

「ハルナ、止めて!」


ミカだった。彼女は、集会場に駆け込んできた。ハルナの瞳が、ミカに吸い寄せられた。


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**5. 最後の「選択」**


ハルナの視線が、ミカに絡みついた。赤黒いモヤモヤが、彼女の胸から溢れ、ミカに向かって這い出した。


「しまった……! ミカ、逃げて! ボク、化け物なんだ。ボクを見ちゃダメだ! 死ぬ、もう止められないよ……!」

ハルナは叫び、目を閉じようとした。だが、ミカは逃げるどころかハルナに駆け寄り、彼女の両肩を掴んだ。


「ハルナ、私、言ったでしょ! 真の友達、だよ! どんなハルナでも、私は、受け入れるから! だから、止まって……お願い!」


ハルナの赤黒い化け物に覆われた心が、バラバラ引き裂かれた。

ミカの涙、ミカの温もり、ミカの声。すべてが、彼女の心の光だった。だが、彼女の力は、すでに暴走していた。


「ミカ、ボク、病気なんだよ……。ボクに関わったら、死ぬんだよ……!」


その瞬間、霧島が立ち上がり、ハルナに刃物を振り下ろした。だが、クロウが動いた。彼はハルナを庇い、霧島の刃を腕で受け止めた。


「ハルナ、逃げろ! 君は、俺たちの希望だ!」


ハルナは、クロウの血を見て、凍りついた。同じだ、あの時と。

彼女の力は、霧島を、クロウを、ミカを、すべてを飲み込もうとしていた。


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**6. 月蝕の終わり**


ハルナは、目を閉じた。彼女の心の中で、バラバラになった赤黒いモヤモヤが暴れていた。だが、ミカの声が、彼女を引き戻した。


「ハルナ、私、信じてるよ。ハルナは、病気なんかじゃない。ハルナは、ハルナだよ!」


ハルナの目から、初めて本物の涙がこぼれた。彼女は、ミカの目をまっすぐに見つめた。だが、その視線には、殺意ではなく、ただ純粋な願いが宿っていた。


「ボク、ミカを失いたくないんだよ……。ボク、止まれるなら、止まりたいよ……」


彼女の力は、静かに収まった。赤黒いモヤモヤは、霧島に絡みつくのを止め、彼女の胸に戻った。霧島は、意識を失い、倒れた。


クロウは、血を流しながら優しく笑った。

「ハルナ、君は、俺たちの希望だった。だが、これで終わりだ。君は、君たちは、自由……だ」


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**7. 新たなる夜明け**


数日後、ハルナは施設を去った。

彼女は、ミカにすべてを話した。自分の力、殺してきた人々、クロウとの関わり。

ミカは、涙を流しながら頷き、ハルナを抱きしめた。


「ハルナ、私、ずっと友達だよ。どんなハルナでも、私は、そばにいるから。そばに、いさせてよ」


ハルナは、ミカの目を見つめた。初めて、恐れずに。

「ボク、ミカのこと、ほんとに大事だよ。ありがとう、ね」


彼女の力は、完全には消えなかった。使おうと思えばまだ使える、確信があった。

だが、彼女は、もうその力を使わないと決めた。

世界の歪みを正すのは、こんな力でなくたって、彼女一人でなくたっていい。

彼女はミカと一緒に、別の方法で戦い続けることを選んだ。


長い月蝕の夜は、終わった。

ハルナの物語は、新たな夜明けへと向かう。


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