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月蝕 第4夜:疑念と影


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**1. 罪の連鎖**


月見里ハルナ、15歳。彼女の手は、すでに何人もの血で染まっていた。

クロウの指示のもと、「月蝕の使徒」として始末してきた無数の標的たち。彼らには、共通点があった。

罪もない人々を、己の利益のために踏み潰し、不幸の連鎖を生み出した者たち。児童を搾取するNPO理事、臓器売買の闇医者、飲酒運転で家族を奪った男。

もう止められない。ハルナの瞳は、彼らの顔を思い出すたびに、冷たく凍りついた。


「ボク、思うんだけどさ。こんなやつら、ほんと死んでも誰も悲しまないよ、ね」

ハルナは施設の自室で、ベッドに寝転がりながら自分に言い聞かせるように呟いた。

窓の外では、下弦の月が薄雲に隠れ、ぼんやりと赤く滲んでいる。

彼女の指先には、クロウから渡された次の標的の資料と作戦の概要。理解はできる。だが、彼女の心は、別の考えでざわついていた。


彼女が始末した者たちは、みなSNSや動画配信サイト、テレビの取材などで堂々と顔を晒していた。

自分の罪を隠し、成功者や正義の味方として振る舞う厚顔無恥な連中。ハルナにとって、それは好都合だった。

画面越しでも発動するようになった彼女の「禍根異質ネクロスティグマ」は、彼らの顔を捉えるだけで、赤黒いモヤモヤから細い触手を放ち、静かに命を奪った。


「殺しやすくて、助かるよね。ふふ、便利な世の中だな、かな」

ハルナの声は軽やかだったが、その瞳には微かな揺らぎがあった。

彼女の力は、確かに世界の「不均衡」を正しているのかもしれない。だが、どこかで、彼女の心は別の声を囁いていた。

「ボク、ほんとに、これでいいの、かな……?」


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**2. 疑念の芽**


ハルナの任務は、完璧に遂行されていた。クロウや「月蝕の使徒」の仲間たちは、彼女の力を称賛した。

任務のたびに、彼女のネット銀行口座には信じられない額の金が振り込まれていた。だが、ハルナはお金の使い方を知らなかった。

施設での生活は質素で、欲しいものといえば、ミカと一緒に半ば無理矢理食べさせられる新作スイーツや、新刊の本くらい。彼女にとって、金はただの数字だった。


「ハルナ~! このチョコパフェ、めっちゃ高いけど、超美味いよ! 一緒に食べよ!」

必ず食べる前に出てきたものの写真を撮るミカの明るい声が、渋谷のカフェで響く。

ハルナはダボダボのスウェットを着て、視線をテーブルに落としたまま、小さく笑った。

「ただのパフェが3000円以上とか、ボク、こういうの贅沢すぎると思うけどね。ミカって、食べても太らないしほんと食いしん坊だよね」


ミカはハルナの肩をポンと叩き、ニヤリと笑った。

「ハルナも、さ! たまには贅沢しないと、人生楽しくないよ! 人間おいしいもの食べる為に生きてんだから、ねえ、最近なんかお金持ってるっぽいじゃん? 何かいいことあった?」


ハルナの心臓が、ドクンと跳ねた。ミカの無邪気な質問は、いつも彼女の心の壁を揺さぶる。彼女は目を合わせないように、ストローを咥えて誤魔化した。

「ボク、別に。便利な世の中だからさ、バイトでもしてると思えばいい、かな」


だが、ミカの言葉は、ハルナの胸に小さな棘を残した。

「もし、ボクが怪しまれたら? もし、逮捕されたりしたら?」


これまで、彼女の力は完璧に隠されていた。組織の口は固い。尾行の対策も完璧だ。東京には道が無数にあり、いつもルートを変えて合流している。

標的の死因は、いつも「心臓発作」や「原因不明の急死」と報じられ、検死でも異常は無く、誰も彼女を疑うことはなかった。医者だって殺せたのだ。

だが、何人も殺してきた今、彼女の心に疑念が芽生えていた。

「ボク、やっぱりいつか捕まるのかな……。それとも、クロウたちに裏切られる?」

ミカはパフェをスプーンで掬ってハルナに食べさせると、その瞬間の画像を自分のSNSにアップした。

「我ら渋谷JK、友情永遠!」


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**3. 組織の影**


その夜、渋谷の地下の集会場。ハルナはクロウと向き合っていた。

いつものように、彼女はクロウの目を見ず、視線を彼の肩にずらした。クロウは新しい標的の資料を渡しながら、静かに言った。

「ハルナ、君の働きは見事だ。そして君の力は、俺たちの予想を遥かに超えて成長している。だが、気をつけろ。君の力を知る者が、明らかに動き始めている」


ハルナの眉がピクリと動いた。

「知る者? ボクの力、クロウさんたち以外に知ってるやつなんてもういないよね?」

彼女の声は軽やかだったが、瞳には鋭い光が宿っていた。


クロウは笑みを浮かべ、首を振った。

「この世界には、俺たちと同じように『特別な力』を持つ者がいる。そして、君のような力を嗅ぎつける者もな。奴らは組織で動いている。情報が入り次第伝えるが、とにかく扱いには気をつけろ、ハルナ。君は、俺たちの切り札だが、同時に、誰から見ても極めて危険な存在だ。少なくとも俺は、君が道を誤ることはないと信じている」


ハルナの胸に、冷たいものが走った。クロウの言葉は、どこか脅しのように聞こえた。彼女は唇を噛み、軽く笑ってみせた。

「ふふ、ボク、組織的な危険な存在か。面白いね。クロウさんは、ボクのこと、裏切ったりしないよ、ね?」


クロウの瞳が、一瞬だけ細まった。だが、彼はすぐに笑い、肩をすくめた。

「裏切り? 俺たちが君を必要としている限り、決してそんなことはないさ。彼らもな。皆、確実に君を信頼している」


その言葉は、ハルナの心に重く響いた。「必要としている限り」。つまり、必要でなくなれば、彼女はどうなるのか?


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**4. 揺れる「心」**


今回の標的は、大手製薬会社のCEO、佐伯キョウヘイ。

表向きはかつて世界規模で発生したパンデミックを阻止したワクチンを、国や海外の企業と協力して開発し、その後も飲むだけで本当に痩せる薬、手遅れになる前なら必ず頭髪が生えてくる特効薬など、画期的な新薬開発で社会貢献を掲げる男だが、裏では国からの法外な支援金と非合法の人体実験を繰り返し、海外では貧困層の子供たちをも犠牲にしていた。

ハルナは資料に写る佐伯の顔を見た。整った顔立ち、自信に満ちた笑み。SNSでは、世界規模で行う慈善活動の様子を頻繁に投稿し、フォロワー数は数十万。


「こういうやつ、ほんと嫌いだよ。力を持ちすぎた奴ってだいたい自分で止められなくなって、終わるんだよ。ボク、こういう偽善者が一番ムカつく、かな」


ハルナは、佐伯が登壇するチャリティイベントの会場に潜入した。会場は、華やかなライトと笑顔で溢れていた。佐伯が壇上に立ち、マイクを握る。

「私たちは、こうして世界中の子供たちの未来のために戦っています!」

観客の拍手が響く中、ハルナは客席の隅から佐伯を睨んだ。彼女の視線が、彼の目に突き刺さる。

赤黒いモヤモヤが、彼女の胸から這い出し、無数の細い触手が佐伯の身体に絡みつくイメージが浮かんだ。


だが、その瞬間、佐伯がハルナの方を見た。

彼の瞳に、微かな怯えが浮かんだ。まるで、ハルナの「力」を感じ取ったかのように。

ハルナは咄嗟に視線を逸らし、会場を後にした。心臓が、激しく鼓動していた。


「また、気づかれた……? ボク、ほんとにバレてるのかな……」


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**5. ミカの「温もり」**


施設に戻ったハルナは、部屋で膝を抱えていた。最近、いつもこうだ。彼女の頭の中は、クロウの言葉と佐伯の目でいっぱいだった。

彼女の力は、確かに世界の「不均衡」を正しているのかもしれない。だが、同時に、彼女を危険な道に引きずり込んでいる。


ドアがノックされ、いつものようにミカが入ってきた。

「ハルナ! まーた暗い顔してる! 大丈夫? ねえ、ほら、これ! 話題の新作の抹茶プリン! 特別に4個買ったからさ、一緒に食べよ!」

ミカは、いつものように明るく笑いながら、プリンのカップを2個差し出した。ハルナは小さく笑い、ミカの目を見ないように受け取った。


「1個でいいよ。ミカががんばって3個食べて。ボク、ミカといると、なんか落ち着くよ。くだらなくて、うるさいけど、ね」

ハルナの声は、いつもより柔らかかった。ミカはニヤリと笑い、彼女の肩に頭を乗せた。

「くだらない~? くだるでしょ、抹茶プリンだよ! もう食べたくて食べたくて、ハルナ、さ。ボクのこと、ほんとに友達だと思ってくれてる? 抹茶プリンとどっちが大事? なんか、最近ハルナが遠く感じるんだよね」


ハルナの胸が、締め付けられた。彼女はミカの目を見ず、ただ小さく頷いた。

「ミカに決まってるでしょ。食べられないなら2個食べてあげるからさ、こんなに近くにいるし、ボク、ミカのことほんとに大事だよ。友達、だから、ね」


だが、彼女の心の奥では、別の声が囁いていた。

「もし、ミカがボクの秘密を知ったら? もし、ボクがミカを傷つけたら?」

ミカは幸せそうな顔をしてプリンを3個平らげると、SNSに写真をアップしていた。


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**6. 新たなる「危機」**


翌朝、ニュースが流れた。

「製薬会社CEO、佐伯キョウヘイ氏が急死。原因不明の心停止」


ハルナはテレビをじっと見つめた。だが、彼女の心は、以前のように安堵しなかった。代わりに、胸の奥に広がるのは、深い不安と恐怖だった。


その夜、クロウからの連絡が届いた。

「ハルナ、よくやった。だが、動きが早すぎる。君の力を嗅ぎつけた者が、また近づいている。気をつけろ」


ハルナの瞳が、月光を受けて鋭く光った。彼女はスマホを握りしめ、唇に微かな笑みを浮かべた。

「またボクの力を、知ってるやつ? ふふ、面白いね。邪魔をするなら殺してあげる、かな」


だが、その笑みの裏には、初めて感じる恐怖があった。

彼女の力は、彼女をどこに連れていくのか。

そして、彼女自身は、どこまでこの闇に耐えられるのか。


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