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月蝕 第2夜:不均衡な世界


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**1. 視線の「檻」**


月見里ハルナ、15歳。彼女の瞳は、まるで深淵を覗くような暗さを持っていた。

だが、その瞳を人に向けることは、ほとんどなかった。彼女の「力」は、視線を通じて発動する。

じっと見つめ、心の中で「強く対象の死」を願えば、相手は数時間後に息絶える。

それは、彼女が本心から望む望まないに関係なく、発動すれば確実に実行される、呪いとも言える力だった。


だから、ハルナは人と目を合わせなかった。学校でも、施設でも、いつも俯き、視線を床や壁に逃がしていた。

特に鏡を見るのは苦手だった。自分の顔を見るたびに、あの夜の血と叫び声がフラッシュバックする。

お父さんのあの目。死にかけのお母さんのぐちゃぐちゃになった必死の抵抗。鏡の中の自分は、お父さんと同じ目をした、まるで自分とは別の怪物に見えた。


「ハルナってさぁ、ほんと顔ちっちゃいよね! ほっそいし、遠くから見てもめっちゃかわいいじゃん! そのうちスカウトとかされるかもよ?」

そんな言葉を、クラスの女子や施設の子供たちから何度も投げかけられた。ついにスカウトされたのは本当かもしれない。

彼女の顔は、確かに整っていた。透き通るような白い肌、長い睫毛、華奢な身体。

小学5年生の頃、施設に入ったばかりの時期に、彼女の身体は急に変化し始めた。

胸や尻が目に見えて大きくなり、子供らしい体型から一気に大人びた曲線を描くようになった。

近所でも美人だと評判だった、母親の遺伝なのだろうが、誰にも相談できなかったハルナは、急激に変化した自分の身体のそれを病気だと思った。

恥ずかしさと恐怖で、あれ以来、常にダボダボのスウェットや大きめのシャツを重ね着し、徹底的に体のラインを隠した。

自分の身体が、まるで自分を裏切るかのように感じられたからだ。


「ボク、こういうの嫌いだよ。目立つのは、面倒くさいだけだから、ね」

ハルナはそう呟き、鏡の前で髪を乱暴に結んだ。彼女は今の自分が嫌いだった。自分の顔も、身体も、そして何より、自分の「力」が。


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**2. ミカという「光」**


唯一、ハルナの閉ざされた心に踏み込んできたのは、ミカだった。ミカはハルナと同じ施設で暮らす同い年の少女。

彼女は母親の連れ子で、私と同じくらいの歳の頃に、彼女の母親の再婚予定だった内縁の夫に毎日虐待され、ついに殺されかけたので行政が介入し施設に保護されたという、凄惨な過去を持つとは思えないほど明るくて、どこか無神経なくらいにまっすぐな性格。

ハルナがどんなに視線を避けても、ミカはズンズンと距離を詰めてきた。


「ハルナ、さ! まーた本読んでるの? ねえ、たまには一緒にゲームやろうよ! 最新のsnatch2、当たったんだよ~!」

ミカの声は、食堂の喧騒を突き抜けてハルナの耳に届く。ハルナは本から目を上げず、ただ小さく首を振った。

「ボク、ゲームとか本当に興味ないよ。静かにしててくれると嬉しい、かな」


ミカは笑いながら、ハルナの隣にドカッと座った。

「ハルナってさぁ、ほんっとクールだよね! でも、なんかさ、もっと笑ったらめっちゃ可愛いと思うし、ね、今度美容院行こうよ!」


ハルナの心が、チクリと疼いた。ゾワゾワする。美容院だけはまずい。絶対に行きたくない場所ベスト3には入る。

まず、強制的に誰かと話をしなければならない上に、全ての美容院には目の前に大嫌いな鏡があるではないか。

ミカの言葉は、いつも無邪気で、それでいていつも少し痛い。ストレートすぎるのだ。彼女はミカの目を見ないように、視線を本に戻した。

でも、ミカだけは失いたくなかった。彼女の笑顔、彼女の声、彼女の存在が、なぜかハルナの心に小さな光を灯していた。

だが、同時に、あまり仲良くしすぎた結果、ミカが近づきすぎることに恐怖も感じていた。


「もし、ボクが意図せずミカを傷つけたら……」

そんな考えが、頭の片隅をよぎる。ハルナは唇を噛み、目を閉じた。

「とっ、とにかく、美容院だけは行かないから。その代わりゲームはしてあげるから、ね」


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**3. 不均衡な世界**


これまでのハルナの毎日は、単調だった。学校では目立たないように振る舞い、施設では常に勉強をして本を読んで過ごした。

そして、テレビやスマホで流れるニュースは、彼女に世界の「不均衡」を突きつけた。戦争、殺人、貧困、差別。毎日、誰かが死に、誰かが泣き、誰かが笑っている。

ハルナはそれを、どこか遠くの出来事のように見ていた。だが、心の奥では、こう思っていた。

「こんな世界、ボクみたいな子はそもそも生まれなきゃいいのに、ね」


彼女の力は、確かに人を殺せた。だが、それで世界が変わるのか? ハルナは、自分の能力は「正しいと思えること」に使いたいと、漠然と考えていた。

彼女の渇望――果てしない自由への切望――は、ただ自分を縛る鎖を断ち切ることだけではなく、この腐った世界を変えることにも向いていた。

「ボクの力で、誰も傷つかない世界、作れるのかな……?」


だが、その思いは、彼女の欠点――共感の欠如――によって、既にどこか歪んでいた。

彼女は「正義」を求めているつもりだったが、誰かを殺すとき、彼女の心は冷たく、計算的だった。

人の死を、まるでハルナと遊んだゲームの駒を動かすようにしか感じられない自分に、彼女は苛立ちを覚えていた。


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**4. 闇への誘い**


渋谷の地下、薄暗い集会場。ハルナはクロウに連れられ、「月蝕の使徒」の一員として初めての「任務」を与えられた。

集会場には、10人ほどの男女がいた。彼らはみな、ハルナと同じように「特別な力」を持っていたが、確実かつ安全に直接人を殺せる能力は貴重らしい。

それぞれ自己紹介ののちに、自分の能力を明かす。これが信頼の証なのだというが、よくわからなかった。

以前の3人に加え、冷気を操る男リュウセイ、重力を操る女ミユ、人の心を読む少年コウキ……。共通点は皆それぞれが悲惨な過去を抱えており、どこか壊れた瞳をしていた。


クロウが静かに口を開いた。

「深き禍根を持つ選ばれし者たちよ。今この世界は、明らかに腐敗している。権力者、金持ち、偽善者どもが、少数の強者が、常に多くの弱者を踏み潰している。俺たちは、これを許さない。確かに強者と弱者があるのが人の社会だ。だが法の及ばない不当な暴力は、もはや暴力によってしか正すことはできない! 我々にはその力が、使命がある! 我々はよく考えた上で実行し、それを正す権利を持つべき者である。ハルナ、君の力は、まさに新たなる世界への鍵だ」


ハルナは黙ってクロウを見た。目を合わせないように、視線を彼の肩にずらしながら。

「ボクの力が、世界の鍵って? ただ人を殺すだけだよ。確かにみんなの能力は面白そうだけど、ね」

彼女の声は軽やかだったが、心の中では好奇心と警戒心がせめぎ合っていた。


クロウは一枚の写真を取り出した。そこには、中年の男が写っていた。スーツを着た、脂ぎった顔の男。

「こいつは、児童福祉を名目に、裏で子供たちを搾取しているクズだ。施設の子供たちを、裏で違法な労働力や売春に使っている。ハルナ、まずはこいつを消してくれ」


ハルナの瞳が、写真の男に落ちた。彼女の心に、微かな熱が生まれた。

「子供を……傷つけるやつ、か。ふふ、嫌いじゃないね、そういう仕事」


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**5. 初めての「任務」**


その夜、ハルナはクロウの指示に従い、男が住む高級マンションの近くに潜んだ。

男の名は山崎セイイチ、52歳。大手NPOの理事を務める一方、裏で子供たちを搾取する闇のネットワーク・スキームを運営していた。

仲間たちの的確なサポートもあり、ハルナは、路地裏の暗がりに身を潜め、クロウの言葉を思い出しながら男が車から降りるのを静かに待った。

「いいか、君は今後、基本的に単独で行動する。リスクのためだ。しかし、君は一人ではない」


男が現れた。スーツに身を包み、傲慢な笑みを浮かべながら歩いてくる。

ハルナは、初めて「任務」として人を殺す瞬間を迎えていた。彼女は深呼吸し、男の顔を見た。視線を合わせ、心の中で静かに呟いた。

「死ね───」


男は一瞬、足を止め、胸を押さえた。だが、何事もなかったかのように歩き出した。

ハルナの力は、即座に効果を発揮するものではない。数時間後、男は心臓発作か何かで静かに死ぬだろう。ハルナはそれを確信していた。


任務を終え、彼女は静かに路地裏を後にした。心臓は、いつもより少しだけ早く鼓動していた。

「これで、いいんだよね。ボク、本当に悪いやつを消したんだから、ね」


だが、彼女の心の奥底では、別の声が囁いていた。

「これ、ほんとに正しいこと? ボク、ただ殺すのが楽しくなってるだけじゃないの、かな……?」


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**6. ミカとの夜**


施設に戻ったハルナは、部屋で一人、ベッドに横になっていた。窓の外では、月が不気味に輝いていた。彼女の頭の中は、クロウの言葉と、山崎の顔でいっぱいだった。


突然、ドアがノックされた。ミカだった。

「ハールナ! 夜中に何してんの? ちょっとお菓子持ってきたから、一緒に食べようよ!」

ミカは、袋いっぱいのスナック菓子を抱えて部屋に入ってきた。ハルナは小さくため息をつき、起き上がった。

「ボク、夜は静かにしたいんだけどね。それ、どう見てもちょっとって量じゃないし。ミカ、夜でもほんと元気だよ、ね」


ミカは笑いながら、ハルナの隣に座った。

「ハルナさぁ、なんかさ、最近暗いよ? 大丈夫? 悩みとかあったら、ミカに話してよ! もしかして、とうとう男ができたりして!」


ハルナの胸が、チクリと痛んだ。ミカの笑顔は、いつも彼女の心を揺さぶる。だが、彼女は目を合わせなかった。ミカを失うのが、怖かったから。

「ボク、悩みとかないよ。あと、彼氏とか絶対にないから。ボクはミカだけでいいよ。ただ、そんな大事なミカが毎日うるさいのが、ちょっと悩み、かな」

ハルナは軽く笑ってごまかしたが、ミカは真剣な顔でこう言った。


「えーっ! も、もうそんな関係だったの? 全然気付かなかったよ! ハルナ、さ。自分のことボク、って呼ぶのはすごい可愛いんだけど、なんかさ、最近特に寂しそうなんだよね。もっと笑ってよ。ハルナの笑顔、絶対かわいいのに!」


ハルナは、初めてミカの目をじっと見そうになった。だが、すぐに視線を逸らした。こいつ、調子に乗ってるな。

「ボク、笑うの苦手だよ。それじゃミカはボクのこと、もっと上手く笑わせられるの、かな」


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**7. 深すぎる「闇」**


翌朝、ニュースが流れた。

「NPO理事、山崎セイイチ氏が急死。心臓発作の可能性」


ハルナはテレビをじっと見つめた。彼女の力は、確かに発動した。だが、彼女の心は満たされていなかった。むしろ、胸の奥に広がるのは、深い空虚感だった。


「ボク、ほんとにこれでいいの、かな……」


その夜、クロウから新たな連絡が来た。

「よくやった。次の標的だ。今回は君を試していた。認めよう。そしてハルナ、君の力は今後の我々にとって絶対に必要なものとなった」


ハルナの唇に、微かな笑みが浮かんだ。それは、好奇心と、ほのかな殺意が混ざった笑みだった。

「ボク、もっとこの世界を変えたいよ。面白いこと、たくさん見せてくれるよね、クロウさん?」


彼女の物語は、闇の底へとさらに深く潜っていく。

月が静かに輝く夜、彼女の力は、どこまで彼女を導くのか。


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