96.そもそも召喚魔法とは?
「なんか、流されるところだった」
ジェロームとプーと三人になると、気持ちが落ち着いてきた。
「あれが本物の高位貴族のやり方だな。命令はしていないが、いつの間にかそういう流れに持ち込まれている」
ジェロームも頷きながら言った。
「さて。召喚魔法をすること自体はそれほど問題はないが、一体何が召喚されるかもわからないし、果たして使い魔が必要だろうか?」
「星読みの塔に戻ったら、別に連絡便が必要ということはないけど、レッジーナ学院にいる間は確かに便利だよね。多少時間がかかっても、ジェロームとかに安全に連絡が取れるから」
「ガニメデから緊急メッセージの魔導具をもらっただろう?」
「あれはどう見ても、本当に緊急事態のときに使うものだよ」
「まあな」
ジェロームが苦笑している。相当、凝った魔導具だということは知っているようだ。
「それよりも、この魔法陣じゃ呼べる相手も限られてるにゃ」
何か言いたげだったプーが、たしたしと前足で魔法陣を叩きながら小さな声で言った。
「明らかに魔法陣が埋まってないから、それはわかるけど、現状はこれがベストみたいだし」
「こんな魔法陣、おばあさんは使わなかったにゃ。ただのフクロウとかカラスでよければ、こんな大掛かりな魔法陣で呼び出さなくてもいいにゃ」
「そうなの?」
「これは、もっと高位のモノを召喚するためのものにゃ。なのに、その召喚すべきモノが示されていないから、魔力の無駄使いなだけのガラクタにゃ」
プーが、ふふん、と鼻で笑った。
「凄いなお前。この魔法陣がわかるのか」
ジェロームが驚いたように言った。
「ずっとずっと昔に、おばあさんが連れて行ってくれたサバトで似たのを見たにゃ。もっともっと細かく色んなものが書き込まれていたにゃ」
「覚えてるのか?」
「うんにゃあ。ケット・シーは自分で魔法陣を使わないから無理にゃ」
プーの返事にジェロームは残念そうだったが、仕方がない。
「ねえ、プー、そのサバトではどんなものが召喚されてたの?」
「うーん……この魔法陣全体を光らせるくらいに魔力のある魔女はほとんどいないのにゃ。だから、普通は呼びたいものだけに絞って魔法陣を描いて魔力を流すにゃ。それでも魔力が足りないと、枯渇して死んでしまうこともあるにゃ」
「そんな大変なものを呼ぼうとしてたの?」
「ドラゴンとかヒュドラとかだにゃ」
「うわ。いつの時代のことだよ」
ジェロームが眉をしかめた。
「ジェロームはドラゴンを見たことあるんでしょ?」
「こっちの大陸じゃなくて、最果ての島まで行かないと見られなくなった時代だがな。プー、お前、一体何歳だ?」
「妖精に歳を聞いてもムダにゃ」
「ああ、そうだったな」
ジェロームとわたしは顔を見合わせた。プーはわたしたちが思うよりも古い妖精のようだ。
「さて、それはいいとして、召喚をどうするかだな」
ジェロームの問いかけに、プーは魔法陣の上を歩きながら答えた。
「呼んでみればいいにゃ。でも、この魔法陣のまま呼ぶと、対象が中途半端に限定されるから、この真ん中の魔法陣だけで呼べばいいにゃ。アウローラの魔力に合ったものが召喚されるはずにゃ」
「そうなの?」
プーは魔法陣の真ん中で二本足で立ってこちらを向いた。
「アウローラの魔力だったら、きっと誰かが応えるにゃ。その魔力に合った子を使い魔にした方がずっといいし、万一誰も来なかったら、この魔法陣を使って呼べば何か来るにゃ」
「うーん、おおざっぱ」
「魔法なんて、そんなもんにゃ」
プーは肩をすくめるような仕草をしながら言った。
プーの説明に納得していたのは、ジェロームの方だった。
「確かに、魔法が全盛だった頃は、その魔力が持つ力で使い魔を呼んでいたんだろうな。魔法を使える者が減り、魔力量も古代ほどではなくなった現代は、魔術という「術」で結果を導き出すが、その分、画一的な結果しか出せない。アウローラのように、魔女に近い力を持つ者だったら、術にこだわりすぎない方が、良い結果が出るかもしれない」
「でも、何を呼べばいいのかわからないよ?」
「何を呼びたい?」
「うーん……連絡便にもなってくれるなら、鳥だけど、どんな鳥がいいのかな」
「飛ぶのがいいなら、やっぱりドラゴンにゃ」
プーが目をキラキラさせながら言った。
「ドラゴンは強くてカッコイイからにゃ」
「お、いいな。この近くにいるのか?」
「……多分いないにゃ」
ジェロームと二人で呆れちゃったよ。
「もうちょっと現実的なものにしよう。アウローラがイメージできて、使い魔にしたいと思うようなのは何だ?」
「そうだなあ。来てくれるんだったら、白いフクロウさんがいいな。できればミミズクさん」
わたしの言葉に、ジェロームとプーが黙ってしまった。
「どうしたの?」
「……なんでだ?」
ジェロームが何だか真剣に聞いてきた。
「プーを見つけたときのことなんだけどね。森の中で道案内をしてくれたのが白いフクロウさんだったんだよ。あの時は焦っていたからあまりよく見てないんだけど、ツンツンってツノがあったから気がするから、あればミミズクさんだったと思う。あのシロミミズクさんがいなかったら、プーのことを見つけられなかったんじゃないかな。賢いし、強いし、昼も夜も飛べるし、あんな子だったらいいなって思ったんだけど。そういえば、ディレクトラ大帝国からのマスターへの親展便もシロフクロウさんだね」
「ああ。白いフクロウの使い魔は、今ではあの一羽しか見たことがないな。フクロウは森の賢者とも言われるくらい賢いし、その中でも白い個体は、長距離を高速で飛べる希少種だ。伝説の中では、聖者の鳥とも妖精の森の番人とも言われているのさ。まあ、しっかりイメージできるものがいいだろうから、それで呼んでみればいい。応えてくれるかは、相手さん次第だが」
へえ、そうだったのか。
「まずは、魔法陣から作り直さないと」
「そうだな。真ん中だけだったら、自分で作れそうか?」
わたしはもう一度、訓練場にある魔法陣を眺めた。
「資料ももらったし、魔法陣用のインクで描くだけなら大丈夫だと思うけど。転写と拡大の魔術を使って下書き作る準備をしておく」
「よし。セントラルに戻ったら、魔法陣が描けるように白い布を手配するよ」
ジェロームの言葉で、魔法陣を書くための土台がないことに気付いた。
「なるべく、魔法伝達がよくて、インクが滲まないやつを送ってね」
「まかせろ」
そこでプーが口を挟んだ。
「召喚するときは、外で呼んだほうがいいにゃ。いい場所を選ぶにゃ」
「なんで?」
「なるべくなら、『気』の流れがいいところがいいにゃ。」
「そうなの? そんなこと、資料には書いてなかったけど」
「途絶えた魔法に関する口伝はたくさんあるだろうな。プーに教わっておけ」
ジェロームは特に反対せず、プーの言うことを支持した。
「……こんなことまでわかってないんだにゃ」
プーはもう一度やれやれ、という感じの仕草をすると、鼻を鳴らした。
そこでわたしは、ジェロームにもっと相談したかったことを思い出した。
「そうだ。どんどん脱線してたけど、本当はジェロームに見て欲しかった魔法陣があったんだ」
われながら、やれやれだ。




