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95.ほんとにやるの?

「どういうことかしら?」

「どういうことだ?」

 うわ。ゴンザレス先生が二人いる。正確に言うと、ゴンザレス先生の男性バージョンで女性の声で男性みたいに話す人がゴンザレス先生と一緒にいる。頭が混乱しそう……そうか、これがマヌエラ先生か。


「ゴンザレス先生、マヌエラ先生、お忙しいところ申し訳ありません。少々急いでいたもので、ご無理をお願いしました。しかし、ジュリエッタ、ゴンザレス先生とマヌエラ先生のお二人にお越しいただいたのかい?」

 フェリクス殿下が、ジュリエッタの方を見て聞いた。


「はい。ゴンザレス先生に状況をご説明して、取り急ぎ生徒会室へいらしていただこうと思ったのですが、偶然、マヌエラ先生も研究室にいらしたので、ご同席されると……」

「当たり前でしょう、フェリクス殿下。召喚魔術は二人以上の教師の管理下で実施されると決まっている。しかも、まだ召喚魔法を学んでいない中等部一年生に行使させるなど、よほどの理由がなければ許可できないことは十分理解されていると思いますが?」

 マヌエラ先生が厳しい顔で説明する横で、ゴンザレス先生も頷いている。

 うーん、本当にそっくりだ。


「ごもっともです。しかし、アウローラ嬢は、ここの生徒であると同時に星読みでもあります。こちらに兄弟子でセントラル駐在のジェローム殿がいらしていますが、星読みとして必要な連絡が取れず不便だということで、できれば従魔召喚をして、必要な通信をできるようにしたいという申し出があったのですよ。ご承知の通り、星読みが取り扱う案件は、重要機密案件のみですので。セントラルの所在地であるディレクトラ大帝国宮中も、星読み同士の私信便が、レッジーナ学院とディレクトラ城の両方で登録さえされていれば、問題ないということです。そうですよね、アドゥアナス宰相?」

「ああ。こちらとしても、アウローラ殿には先日セントラルで重要案件に携わっていただいたこともあり、ジェローム殿を通じて連絡がつくというのは非常に安心だ。イレギュラーなことは重々承知しているが、実力的に問題はないだろうし、許可を出してもらえないだろうか」


 ……すごい、この人たち。しれっと口からでまかせを言ってる。もっともらしいけど。


「……なぜここにアドゥアナス宰相がいらっしゃるのかも疑問ですが……はあ、わかりました。アドゥアナス宰相と議論をして勝てるとは思っていませんからね。時間の無駄というものでしょう」

「あら、意外とあっさり引くのね、マヌエラ」

「結論が見えていることに時間を使いたくはないからね。いいですか、フェリクス殿下、あまりごり押しをしないでくださいよ。特別扱いをすることで他の一年生が自分も召喚魔法を使いたいと言い出したらどう説明されるおつもりか? もう少し説得力のある建前を用意してもらわないと」


 その質問にフェリクス殿下は優雅な微笑みで答えた。

「使い魔研究の一環で必要な特別措置だったということでいかがでしょうか」

「「は?」」

 ゴンザレス先生とマヌエラ先生がきれいにハモって同じ顔をしているよ。


「アウローラ嬢は、召喚魔法ではない方法で使い魔のように従えることのできる猫を連れていますよね。今回、召喚魔法で別の使い魔を持つことで、その二匹の違いを研究するのは、アウローラ嬢が在籍する間にしかできないことなのでは?」

 フェリクス殿下の提案に、ゴンザレス先生もマヌエラ先生も目を輝かせはじめた。

 まずい。これは、プーまで観察対象になってしまう。

「いえ、あの、そんな大事になるようだったら、召喚魔法を今やってみなくてもいいです」

 慌てて止めようと思ったが、完全に遅かったようだ。


 そこに召喚魔法の資料を持って、リチャードも戻ってきた。

「さあ、これを読んで」

 もう誰も聞いてくれる状態ではない。


「どうしよう、ジェローム。なんか、まずいことになっているような」

「……諦めろ、アウローラ。ああなったら絶対に止まらない。まあ、アウローラだったら召喚魔法くらい全く問題ないが、とはいえ鳥類が呼び出されるとは限らないからなあ。違ったらどうするつもりなんだろうな、この人たちは」

 ジェロームもため息をつきながら、盛り上がる生徒会と先生たちを眺めていた。さっきまでジェロームとの魔導具談義にのめり込んでいたチャールズとアッチェ教授も、召喚魔法の議論に加わっている。

 基本的に、この人たちは魔術研究オタクなんだと思うな。


 わたしはとりあえず召喚魔法の資料を読み始めた。

 いつものように肩に乗っているプーも一緒に資料を覗きこんでいる。

 資料によると、召喚魔法自体は、魔力さえあれば簡単だ。専用の魔法陣に魔力を流し、召喚の呪文を唱えるだけだった。

「これだけでいいの?」

 ちょっと拍子抜けしてジェロームに聞いた。

「そうなんだろうな。それに、近代では力のある使い魔が召喚されることはないんだろう? 召喚者の能力もあるだろうが、魔法陣や召喚術そのものにも問題があるのさ」


 ジェロームが昔を思い出すように話し始めた。

「かつて、まだ三つの森があった時代には、不死鳥やドラゴン、白虎も使い魔として召喚されることがあったと記録されている」

「それって、本当だったのかな?」

「ああ。しかし、その頃の魔法陣は失われ、残された記録から編み出された近代召喚魔法陣は、そういった聖獣を呼び出すには不十分なのだろうと考えられている」

「ジェロームは、召喚魔法をしたことがあるの?」

「いや、ないよ」

「じゃあ、もしかして聖獣を使い魔にしていた人を実際に見たことがあるの?」

 ジェロームはちらっと周囲を見た。あまり聞かれたくなさそうだ。

 わたしは慌てて「ここで言わなくてもいいよ」と言って、召喚の呪文の方へ意識を戻した。

 ジェロームは少し笑って、「また別の機会にな」と言って、ゴンザレス先生たちの方へ向かった。

「ゴンザレス先生、マヌエラ先生。そもそも、生徒会のメンバーも魔導具研究会もアウローラの召喚魔法の行使には直接関係ないですよね。とりあえずは、お二人と私たちで一度話しましょう」


 ということで、魔法陣を準備した訓練場には、ゴンザレス先生、マヌエラ先生、ジェローム、そしてわたしとプーの四人と一匹だけが集まった。


「さて、これが召喚魔法の魔法陣よ」


 それは、想像よりも大きなものだった。敷布の上に描かれた複雑な魔法陣は、五重の円の中に様々な古代文字がびっしりと描かれている。円の外には更に二十四の小さな円が接するように周囲を巡っているが、その円の中は完全には埋まっていないようだ。


「一部欠けているようですが、これで大丈夫なんですか?」

「ええ。この外円には召喚対象となるものが書かれているわ。ただ、実際に使用されていた魔法陣で残されていたのは中心の基盤となる召喚魔法陣だけで、周囲の円の情報は失われていたの。古文書や様々な資料を継ぎ合わせてできたのが、この魔法陣。基盤となる魔法陣とその周囲を繋ぐ部分はわかっていたので、使える状態にはなっているのよ」

「素晴らしい魔法陣だろう? この基本形があれば、その周囲の円に召喚対象となるものを正しい呼び名で記載すれば使用できるんだ」

「ただし、その対象となるものの記載方法がわかりさえすれば、ですけどね。古代語らしきものを使っているのはわかっているのだけれど、完全にはわからないのよね。相当古い文字だわ」

 なるほど、ジェロームが言っていたとおり、この欠けた部分にあったのが、今となっては召喚されなくなった聖獣などだったのだろう。


 わたしは初めて見る大型の魔法陣をじっくりと見た。転移陣も大きいが、この召喚の魔法陣は全く系統が違う。

「現代になって開発されている大型魔法陣とは根本的に違うものなんですね」

「流石はジェローム殿の妹弟子だね。そうだ。この中心の魔法陣は、魔術が発達する以前の魔法全盛時代の頃に使われていたものと同系列だと考えられている。今となっては失われた技の一つだよ」


 わたしと一緒に魔法陣を眺めていたプーが「にゃー」と鳴いて、わたしの髪の毛を引っ張った。

 うん? と思ってプーの方を見ると、にゃごにゃご言いながら、こちらを見ている。

 何か言いたいことがありそうだ。


「ジェローム、ちょっと気になることがあるんだけど」

 わたしはそう言いながら、ちらりと肩の上のプーへ視線を向けた。ジェロームもプーが何か言いたそうなのがわかったようだ。

 少し考え込む素振りをしてから、ちょっとわざとらしいほどのしかめ面を作って言った。

「アウローラも初めての召喚魔法なんだから、心配なのは当然だ。まあ、今ここで無理にやるようなことじゃないよな。大体、何で俺たちがそこまでやらなきゃいけないんだ?」

 そこで居住まいを正すと、わたしの一歩前に出て先生たちに向かって言った。

「先程はフェリクス殿下やアドゥアナス宰相もいらしたので、頭から否定するのを控えましたが、アウローラはまだ中等部一年生です。本人の意向をよく確認したいので、少し二人で話をさせてもらいます」


 ジェロームの言葉に、ゴンザレス先生とマヌエラ先生はとても残念そうな顔をしたが、そこは先生としての良識が勝ったようで、「公式の依頼ではないし、強制するべきものではない」と言って、訓練場から出て行った。

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