93.いらっしゃいませ
「ジェローム!」
レッジーナ学院の転移陣部屋に現れた兄弟子が、こんなに頼もしく見えたことはない。
「やあ、アウローラ。元気そうだな。プーもちゃんとやっているか?」
ジェロームはわたしとプーの頭をそれぞれポンポンと軽くたたきながら、「これはお土産な」ときっちりと封がされた袋をくれた。
「わーい、ありがと。それから来てくれたのもありがと。それで、えーと、なんで一緒?」
最後の方は、ちょっと小声になってしまった。ジェロームの後ろには、なぜか宰相閣下がいたからだ。デフォルトの無表情というか、あれだけ綺麗な顔だと無表情が怖い。
「久しぶりだな、アウローラ殿」
「お久しぶりです。あの、何か他の用事があって、ジェロームと一緒の転移陣でいらしたんですか?」
それくらいしか理由が浮かばない。
「いや? ジェローム殿の助手として呼ばれたのでな。同行させてもらっている」
「助手??」
想像もしていなかった答えに、ジェロームの顔を見たが、その悟りを開いたような表情を見て、あ、これはまた巻き込まれたな、と察した。
「そうなんですね……なんかいつも大変だね、ジェローム」
わたしが巻き込んだつもりはないが、運の悪いジェロームを慰めるつもりで言ったところ、「はは」と力なく笑うだけだった。
わたしは、二人を生徒会へ連れて行きながら、「もう聞いていると思うけど」と前置きをしてから、今年の定例発表会では団体戦が行われること、そのための新しい魔導具が開発されたので、その討論会も実施したいと生徒会が言っている、という表向きの説明だけをとりあえずしておいた。
わたしの話を聞いて、ジェロームが「本当に魔導具の話もあるんだな」、と言うところを見ると、そこから疑っていたようだ。その気持ちはわかる。
「わたしも詳しくは知らないんだけど、技術登録はしてあるって」
「へえ。開発主担当は誰なんだろうな」
魔導具好きなジェロームは、新しいものが見られそうだと知って少し気分が良くなったようだ。
「ここが生徒会室。あっちがわたしが所属している新聞部だよ」
校舎に入って説明すると、「専門研究大学院だったから、こっちの方はよく知らないんだよな」と興味深そうに眺めていた。
コンコン
「失礼します。お客様をお連れしました」
生徒会室のドアを開けると、そこには生徒会の全員が揃って待っていた。それ以外にも知らない人が二人いる。
「ジェローム殿、ようこそいらしてくださいました。どうぞこちらへ。おや、助手を連れてくるとおっしゃっていましたが、そちらはアドゥアナス宰相では?」
にこやかなフェリクス殿下の言葉に、ジェロームが「え、ええ、まあ」と言いながら、助けを求めるように後ろを見ると、宰相閣下がすっと前へ出た。
「フェリクス殿下、お久しぶりです。ジェローム殿は、ディレクトラ大帝国のセントラル駐在という重要人物です。余人を持って代えがたいことはご存知かと。セントラル外に出る場合は、それなりの護衛が必要ですが、今回はレッジーナ学院ということでそういうわけにもいきません。そのため、卒業生でもあり、またセントラルの管理者でもある私が同行させていただくという形式を取りました」
フェリクス殿下は少し笑って言った。
「確かにそうだったね。アドゥアナス宰相ほどの腕前であれば、一人でも心配ないだろうし」
「恐縮です」
二人の会話を聞いて、わたしはこそこそとジェロームに聞いた。
「ジェロームってそんな重要人物だったの?」
「俺が聞きたいね。というよりも、俺に何かあれば、身につけている護身の魔導具が作動するからな。俺を上回る魔導具師がそうそういるとは思えないよ」
「だよね。じゃあ、どういうこと?」
「建前ってやつだろう。小芝居に付き合ってやれ」
「……面倒だね」
「では、お二人とも忙しいと思うので、本題に入ろう。まずは、こちらのチームを紹介させてくれ。こちらが、」
「ジェローム殿! 初めまして! お会いできて光栄です!!」
フェリクス殿下の紹介を遮ってずいっと前に出てきたのは、高等部の男子生徒のようだ。
目がキラキラしてジェロームを見つめている。
「……はじめまして……」
あまりの勢いに、ジェロームが後ずさっている。
「高等部一年のチャールズ・ラエル・カヴェンディッシュです。ジェローム先生の論文は全て読んでいます。先日開発された『同時映像転送魔導具』、素晴らしいです。音声だけでなく、映像まで遅滞なく届けられるなんて。しかもあの小型化。将来的にあの魔導具が大使館や砦など、遠隔地の重要拠点に設置して会議が容易になる可能性もありますよね」
「いや、私は先生ではないので……ところで、あれはまだ技術登録内容が開示されたばかりなのによく見てますね。あの魔導具はそれなりに魔力量が必要だから、現状では使用者は限定的です。音声転送魔導具の普及の方がまだ現実的だと思いますよ」
「はい。それでも素晴らしいです。自分でも組み立ててみたいと思っているところです」
カヴェンディッシュということは、リュシエンヌの弟だ。公爵家の嫡男がこんな魔導具オタクだったとは意外……
わたしとジェロームが、チャールズの勢いに押されていると、苦笑しながら女性が前へ進み出た。
「チャールズさん、興奮されるのはわかりますが、ジェローム先生が驚かれていますよ。すみません、ご本人に会えるということで、数日前から心待ちにされていたので。そういう私もですが。何度か手紙でのやり取りをさせていただいたことがありますが、レッジーナ学院で魔導具の教授をしておりますシンシア・アッチェです」
「いえ、ですから先生ではなく……ああ、あなたは昔、魔導具の授業での教材使用申請を送ってくれた人かな?」
ジェロームが名前を聞いて、思い出したようだ。
「はい、その節はお世話になりました。実は今回の新型魔導具も、ジェローム先生が開発された技術を応用させていただいております」
よくわかった。魔導具を研究する人にとって、ジェロームは心の師匠なんだね。
「まあまあ、皆さん。魔導具の話をしたい気持ちはわかりますが、まずは席につかれてはいかがでしょうか」
リュシエンヌがにこやかに割って入ると、チャールズとシンシアがはっとしたように頷いた。
「チャールズ、気持ちが高揚するのはわかりますが、魔導具の詳細に入ってしまう前にまずは討論会について決めてしまうべきでしょう? ジェローム殿もお忙しいのですし、あなた方は魔導具の話になるとキリがないのですから。さあ、皆さまこちらへどうぞ」
リュシエンヌがチャールズの方を見ながらそう言うと、はっとしたようにチャールズが姿勢を正した。
流石はリュシエンヌだ。弟にも容赦がない。
全員を会議室へ連れて行くと、リュシエンヌの仕切りでどんどんと話が進んでいく。
「では、当日は大教室を使わせていただけるということでよろしいでしょうか」
「ええ。その日、使う予定だった方々に譲っていただけましたわ。問題ありません」
「当日の登壇者はどなたでしょうか」
「アッチェ教授、もちろん私はその一人ですよね」
「ほほほ。チャールズさんは、今回の開発のリーダーですからね。三名ほどを選ぶ予定ですが、チャールズさん、私、そしてもう一名については現在検討中です」
「かしこまりましたわ。ジェローム様、後ほど詳細はご説明しますが、当日は今回の定例発表会の騎士団体戦で使用する魔導具を皮切りに、現在の魔導具開発の最先端技術、そして将来期待できる技術について討論いただければと思っています。こちらがその新型魔導具の詳細です」
リュシエンヌが説明しながら、仕様書と思われる書類を手渡している。
ジェロームはパラパラと走り読みしながら、いくつか技術的な質問をしている。
それに対して、チャールズとアッチェ教授が喜んで答えており、結局は討論会よりも技術の話になってしまっている。
こうなることはわかっていたようで、フェリクス殿下とリュシエンヌは、他の生徒会メンバーにジェロームたちの話を聞きながら、討論会の概要をまとめておくように指示を出すと、わたしと宰相閣下を少し離れた机の方へ連れて行った。




