88.やっぱり不穏だよね-1
ロザリンドが学院に戻ってきた。
「おかえりなさい、ロザリンド様。大丈夫?」
教室に現れたロザリンドに駆け寄り、声を掛けたが、ロザリンドは少し困ったような顔をして「ありがとうございます。ご心配をおかけしましたわ。もう大丈夫です」と小さな声で言うと、自分の席についた。
なんだか、休暇前とは雰囲気が違う気がする。
わたしが思わず振り返ってシルヴィアの方を見ると、シルヴィアも心配そうな表情をしてこちらを見ている。しかし、わたしと目が合うと、小さく首を振って席についたので、わたしもそのまま席に戻った。
丁度、先生も教室に入ってきたので、他の生徒にはロザリンドが休暇前とは様子が違うことに、あまり気付かれなかったようだ。
「では、授業を始めましょう。初めまして。私は魔法薬を専門にしています、シエラ・タッカーです。トナカル・テナカル教授と薬草学と魔法薬学を研究しています。今期は、テナカル教授がフィールドワークに出ているため、両方の授業を私が担当しています」
トナカル・テナカル教授って、あの新聞に出てたジョイポイ山で、三十八年ぶりに月光草の群生地を発見した人だ。専門研究大学院だけじゃなくて、中等部や高等部でも教えてもらうチャンスがあるんだね。
「一年生の間に作れるようにならなければいけないのは、初級の傷薬と一般的な風邪薬、それから総称としてはポーションと言われていますが、体力回復薬、魔力回復薬の基本レシピです。体力も魔力も、枯渇状態に陥らない限り、自然回復で十分ですが、緊急事態に備えて常備すべきものです」
そう言いながら、タッカー先生が「魔法薬―初級」という教科書を配布した。
「こちらにレシピがあります。では、最も簡単な傷薬から説明します。傷薬草と薬草の有効成分を増強するための基盤薬草、それに精製水。シンプルなだけに、薬草の品質と作り手の手際で最終的な傷薬のグレードが決まります」
魔法薬はお手伝い程度でしか作ったことがなかったので、面白かった。プーも前足を机にかけて、わたしの膝の上で二本足立ちになり、授業を聞いている。
「薬草の品質は、摘み方と保存方法によっても左右されますからね。適当に抜いたり、折ったりしないように。各薬草ごとに、摘むべき時期だけでなく、枝ごと摘むのか、葉だけにするべきか、あるいは根から掘り出して調合の直前に葉を摘む、といったきめ細かい作業が求められます。」
へえ、そうなんだね。プーも小さく頷いているから、ここは注意すべきところなのだろう。
プーはおばあさんの畑の手伝いをしていただろうから、薬草についても詳しいかもしれない。後で、よく聞いてみよう。
次回は、実際に調合をやるので、調合セットも持参するように、という先生からの言葉で授業は終了した。
ランチの時間だ。
わたしは、ロザリンドに声をかけた。
「ロザリンド様、久しぶりだから一緒にお昼を食べない? プーも紹介したいし」
肩の上に座っているプーを指さしながら誘ってみた。ロザリンドは、どうしよう、と迷うような表情をしてから、返事をしようとしたが、その時、教室の外から見知らぬ女子生徒が「ロザリンド様、お約束とおり、ご一緒しましょう」と声を掛けてきた。
ロザリンドがはっとしたようにそちらを向くと、小さな声で「ごめんなさい、先約がありますので」と言って、教室を出て行った。
その後ろ姿を見送っていると、シルヴィアが声をかけてきた。
「あれは、高等部二年生のジョセフィン・オーベイン様ですわ。神殿派の」
そう言ったシルヴィアの顔がちょっと無表情でいつもと違ったが、すぐに微笑むと、「ご一緒にランチでもいかが?」と言ってくれたので、頷いてカフェテリアへ向かった。
あまり人がいるところでロザリンドのことを話すわけにもいかない。
どこで誰が耳を澄ましているのかわからないからね。
美味しいパスタランチを食べながら、今日の魔法薬の授業のことや、次回の調合について話をした。
「アウローラさんは、これまでに調合もされていましたの?」
「ううん。特にそういう必要はなかったから。ただ、近くにお店があるわけでもないし、普通にマスターとかジェロームが色んなお薬を作ってたの。そのお手伝いをしたくらいかな。でも、ポーションまでは作ったことないかな。シルヴィア様は?」
「私も似たようなものですわ。予習も兼ねて、ここ一年ほどは家庭教師の先生に調合も習いましたけれど、きちんと材料も揃えてもらった上での調合ですから。授業では、薬草採取の実習もあるそうなので、見分けられるかどうかが心配ですわ」
「へえ。実習があるんだ」
「ええ。と言っても、薬草畑や学院の敷地内での採取ですけれど」
「ちょっと楽しみ。ねえ、プー」
「にゃおん」
プーも嬉しそうに鳴いた。
その日の夜、寮の部屋に戻るとプーが変なことを言い出した。
「今日初めて見たやつ、変な匂いがした」
「誰のこと?」
「アウローラがお昼に誘ったやつ」
「ロザリンド様?」
「そう、それにゃ」
「変な匂いって?」
「妖精が嫌いな匂いがしてたにゃ」
「妖精が嫌いなものって、何?」
「鉄はだめにゃ」
「へえ。プーも鉄はだめなの?」
「好きじゃないにゃ。鉄だけなら大丈夫だけど、昔、妖精を捕まえるために特別に魔法をかけた鉄カゴがあったにゃ。あれは最悪」
プーが鼻にしわを寄せて嫌そうな顔をした。
「鉄の匂いがしたってこと?」
「鉄と……何か嫌な魔術の気配がしたにゃ」
「……大丈夫かな」
わたしはちょっと心配になってきた。もしかしたら、何かまた妙な魔導具をつけさせられたりしているかもしれない。
「ちょっとロザリンド様のところに様子を見に行ってくる」
「にゃ! あんまり近寄らない方がいいにゃ。嫌な感じがするにゃ」
プーが嫌そうにわたしの上着を引っ張った。
「ちょっと声を掛けてみて、ダメだったらすぐ戻るから」
わたしがそう行って部屋を出ようとすると、プーは諦めたようにわたしの肩に乗った。
「仕方がないにゃ……でも、わしが髪の毛を引っ張ったらすぐに部屋に戻るにゃ」
「わかった」




