84.新聞部での打ち合わせのその後で
「僕も聞きたかったんだ。ゴンザレス先生から従魔と同じ扱いをしていいという許可が出たそうだね」
「あ、ハイ」
ジェイソンの厳しい質問攻勢に耐えられるかな、とちょっと心配になった。
「魔猫ではないの?」
「違います。猫です」
「でも、ある程度の意思の疎通ができるんだよね?」
「はい」
「どうやって?」
「どうやってとは?」
「確かに、愛馬や愛犬とはそれなりに意思の疎通はあるが、それでも従魔とは違うレベルだ。従魔であれば、手紙の配達や、索敵などを命令することもできるからね。ゴンザレス先生が認めたということは、それに近いレベル感なんだろう」
キャメロンの疑問は納得できるものだ。
「でも、従魔じゃない動物が、星読みのところには普通にいるんです」
ゴンザレス先生のところと同じ説明を、ここでも試みた。二人とも、ふうん、という感じだったが、キャメロンは思ったよりもこのことが気になるようだ。
「キャメロン様は、どうしてそんなにプーのことが気になるんですか?」
「知っているだろうが、我が家の辺境伯領は、禁足地に近く、魔獣の出現率が非常に高い。益獣も多いが、全てをテイムするような魔力はないからね。魔牛や魔羊、スレイプニルであれば、ある程度家畜としての飼育方法が成立しているが、それ以外のものは、害獣と同じように討伐対象だ。しかし、テイムではなくとも使役できるような方法が多少なりとも見つかれば、また違った対応ができるのではないかと思っていてね」
なるほど、確かに弟のジャスティンも魔獣について学びたいと言っていた。
ロシュタルト領においては、魔獣への対応が非常に重要なのだろう。
「今度、部室にも連れておいで」
「はい。まだ新しい環境に慣れてないので、少しずつ連れて行く範囲を広げるつもりです」
「その方がいいかもね」
「じゃあ、もう一つだが、聖女候補が学院に戻ってないそうだね」
キャメロンが少し厳しい顔つきになった。
なるほど、本題はこちらだったのだろう。わたしも話したかったから丁度よかった。
「はい。事前に学院への帰還が遅れるという連絡はあったそうなんですけど」
「ふうむ。リュシエンヌ様が、この休暇中にかなり動かれていたという話は聞いていたのだが、それとはまた違う動きなんだろうな」
「リュシエンヌ様が?」
「ああ。リュシエンヌ様は公爵家だし、フェリクス殿下の婚約者の筆頭候補だからね。皇帝派だけでなく、それ以外の派閥にも顔を出されるんだよ。それが許されるというか、求められるお立場だ。本人も、政治的な駆け引きが嫌いではないからね。同学年とはいえ、私とは政治への絡み方のレベルが全く違うよ。私はできれば学生の間は、政治の世界にどっぷり浸かりたくないと思うんだけどねえ」
「キャメロン様もロシュタルト辺境伯家の長男として、そんなことも言ってられないでしょうに」
ジェイソンの言葉にため息をついている。
「まあ、そういうことだね。今回の新聞部の取材という名の枢機卿同行も、フェリクス殿下というよりもリュシエンヌ様の提案なんだよ」
「あの方らしいですね」
ジェイソンが苦笑した。
「ああ。バチスタ教国が、何か大っぴらに仕掛けることは現状では考えにくいが、リュシエンヌ様としてはできるだけ防御を固めておきたいのだろう。どんな理由をつけてでも、あちらの周囲を自分の陣営の人間で警戒しておくつもりだろうね」
「リュシエンヌ様は、当日どうされているのですか?」
「実行委員会は、全体の進行管理もあるし、団体戦の運営も担うからね。一日中枢機卿の側にはいられないさ」
「とにかく、リュシエンヌ様もロザリンド嬢のことは気になっているようだ。いくつかのお茶会で顔を合わせたようだが、かなり厳重に神殿派に囲まれていたらしく、一度も話せなかったと言っていた」
キャメロンの説明に、リュシエンヌでもそうだったのか、と思った。
「シルヴィア様も似たようなことを言ってました」
「そうか。仲の良いシルヴィア嬢でもか」
キャメロンとジェイソンの表情が厳しくなった。
「今回のバチスタ教国の動きと神殿派の動きは何らかの関連があるだろう。そのあたりの情報収集をしているが、今のところ何も掴めずにいるようだ。リュシエンヌ様も少しでも切り崩しができれば、と思っていたようだが、これまでよりも情報管理が厳しくなっているらしい」
「でも、そんな政治のど真ん中のことと、レッジーナ学院が関係してくるんでしょうか?」
わたしはちょっと不思議だった。枢機卿だって、別に自分のところの神殿経由で、ロザリンドに会おうと思えば会えそうだし。ロザリンドも、昔、神殿の人に治癒魔法を見せたことがあると言っていた。
わたしの疑問に対して、キャメロンは少し考えてからこう言った。
「わからない。もしかしたら、聖女候補は単なる表向きの理由で、本来の訪問目的は他にあるかもしれない。そちらの方が、全く理由もわからないから、嫌な感じだけどね」
キャメロンはそう言いながら、自分の言ったことを反芻しているようだ。
わたしも、皆が「聖女候補」に気を取られているが、もしかしたらそれは隠れ蓑なのかもしれない、と少し思った。
「このことは、フェリクス殿下とリュシエンヌ様に相談してみよう。それでもやれることは限りがあるし、変わらないけれどね」
「はい。わたしも、ロザリンド様が戻ってきたら、なるべく話を聞いてみるようにしてみます」
「ああ。頼んだよ」
夕食を食堂で食べて部屋に戻ると、プーが植木鉢の布を外しているところだった。
「ただいま、プー」
「おかえりにゃん」
プーはわたしの側に駆け寄ると、ぴょん、と腕の中に飛び込んできた。
しばらく、鼻を耳のあたりにつけて、ふんふんしていたが、すぐに植木鉢に戻り、窓辺で歌をうたってやっていた。鳥が朝を告げる歌だ。
着替えて天体観測機のチェックをすると、プーと一緒に植木鉢に向かって一曲歌ってからお茶にした。
「ねえ、プー。プーはおばあさんの使い魔だったの?」
「そうだにゃ」
「じゃあ、従魔召喚で呼ばれて契約したのかな?」
「うーん、今日の授業のことかにゃ? ちょっと違うと思う。魔女の使い魔はそうやって選ばれないのにゃ」
「へえ。そうなんだ」
「おばあさんにはたくさん使い魔がいたにゃ。フクロウにカラスにカエルにトカゲにヘビもいたにゃ」
それは、何とも魔女らしい顔揃えだ。
「そんなにたくさんの使い魔を召喚しても魔力量が足りたってこと?」
「それがよくわからないにゃ。たしかに、使い魔は主の魔力を分け与えてもらうけど、自然の中にある魔素だって普通に取り込んでいるにゃ。妖精もそうにゃん」
「魔素」
「そうにゃ。人間も魔素を取り込んで自分の魔力にしているだけだにゃ。どれだけ魔力にできるのかは、人によって違うし、その魔力の質も違ってくるにゃ」
「ふーん」
あまり考えたことはなかったが、そうなんだろう。
「プーは、わたしの魔力を取り込んでるよね?」
「にゃ?」
あ、シラを切ったな。
「嘘ついたらダメだからね」
「ちょこっとだにゃん」
慌てたように答えてきたな。
「まあ、別に困ったことになってないし。それでプーが元気だったらいいよ」
「西の最果ての島の森を出たら、魔素が薄いにゃ」
プーが少し困った顔をしている。
「やっぱりそうなのか。だから、あそこには妖精が集まっているのかな」
「ここも力を感じるけどにゃ。西とは違うにゃ」
「そっか」
さて、そろそろ寝よう。
歯を磨いてお布団に入ると、いつものようにプーもやってきた。
今夜はとてもよく星が見えている。
「おやすみ、プー。また明日ね」
「にゃ」




