81.教室デビュー
朝、プーを教室に連れて行くと、まずは女子生徒が集まってきた。
「可愛いですわねえ。教室に連れてくる許可が出ましたの?」
シルヴィアが質問をするのを聞いて、他の女子生徒が「まあ、ペットを連れてきて良いのかしら」という声が上がった。
おっと、ちゃんと従魔扱いだって説明しておかないといけない。
「うん。きちんとわたしの言うことを認識できるから、従魔扱いで大丈夫ってゴンザレス先生から許可がでたの。ほら、これが認識票」
肩に乗ったプーの足につけた金色の輪を見せた。
「本当だわ。でも、従魔ではないのね? ねえ、撫でても大丈夫?」
マドレーヌが嬉しそうに聞いてきた。いつもはキリッとしているマドレーヌだが、実は可愛いものが大好きなのは皆が知っている。彼女のお気に入りのハンカチには、子猫や子犬の刺繍が刺してあるのだ。
「少しなら。みんなが一斉に撫でたら驚いちゃうかもしれないから、一人ずつね」
女子生徒がキャッキャ言いながら、順番にプーを撫でているのを、一部の男子生徒もじっと見ている。
特に、熱心に眺めているのがランセルだ。いつもは、静かにアレクサンドルに寄り添っているのだが、今日は珍しくわたしたちの近くにいる? 実は動物好きと見た。
「ランセル様、触ってみますか?」
女子生徒が一通り撫で終わったところで、ランセルに聞くと、真っ赤になって「いえ、結構です」と慌てて後ろに下がっていった。
それを見たアレクサンドルが、笑いを堪えながらランセルに言った。
「ランセル、せっかくだから遠慮するな。寮に来て、ほとんど動物がいないから、淋しかっただろう」
「殿下、何を仰るんですか!」
動揺するランセルって初めて見た。
「ランセルの家は、家族全員が従魔持ちだからな」
リカルドも頷いている。
「そうなんですね。じゃあ、ランセル様も学年末は従魔召喚に挑戦するの?」
すると、ランセルが大きく頷いて言った。
「ああ。我が家は、そういう家系なんだ。魔力量はそれほど大きくはないが、一族で小型の従魔を数多く従えているんだ」
「最近では従魔召喚をする貴族も減ったからな。ランセルのゲインズバラ家は貴重な従魔召喚術のエキスパートなんだ」
シンカーがそう説明してくれた。そうか、従魔について今度ランセルに色々教えてもらおう。
「さあ、授業ですよ」
席につかず、話に夢中になっていたわたしたちに、サーペント先生が声をかけた。そして、慌てた生徒たちの中心にわたしとプーがいるのを見て、「皆さんが従魔に興味を持ったようなので、せっかくですし従魔について少し学びましょうか」と言った。
わたしも興味があったから嬉しい脱線だ。
「では、従魔とは何でしょう。そうですね、このクラスにはゲインズバラ家の方がいましたね」
ランセルの方を見ながら質問を投げかけた。
「はい。魔法使いあるいは魔術師が召喚術を使い呼び出したものとの契約を結ぶことで使役できる動物的存在全般です。ただし、近代以降は、召喚できる対象は非常に限られており、ほとんどが小動物となっています。また、古くは動物に限らず、妖精・幻獣・精霊なども召喚できたと記録されています」
「よろしい。現在では、ほぼ小型の魔獣、中でも人間と共存するタイプの益獣が召喚獣として現れることがほとんどです。過去十年のレッジーナ学院での召喚結果はこちらの通りです」
先生はそう言いながら、どこからかリストを取りだした。
へえ。一番多いのは鳥系なんだね。ツバメ、オウムのような小型の鳥から、中・大型だとワシ、レイブン、フクロウ。それ以外は、ウサギやネズミ、イヌ、キツネ、フェレット。
こう見ると、ゴンザレス先生の従魔はかなり大型だ。
「召喚できる対象の大きさは、魔力量に大きく影響します。そして、得意な魔法系とも一部関係しているというのが定説です。顕著なのは、風魔法と鳥の相関関係ですね。ただし、それ以外の従魔は有意差と言えるほどの関係性はわかっていません。最終的には、魔力量とその個人の魔力との総合的な相性であろうという説が最有力です」
へえ、面白いね!
「質問です。ゴンザレス先生の従魔は、大型のハウンドドッグ型ということですが、どうやってあれだけ大型の従魔を召喚できたのですか?」
お、わたし以外のクラスメイトでも、ゴンザレス先生の従魔を見たことがある人がいたんだね。
「個々人の従魔の召喚については、本人以外が勝手に話すことはできませんので注意してくださいね。ただし、ゴンザレス先生の従魔については特殊なので情報開示されている範囲で説明して良いことになっています。ご存知の方もいるかと思いますが、ゴンザレス先生は双子で、お二人ともに魔獣研究をされています。また、その魔力も非常に似通っているということで、かつて二人で同時に召喚術を発動させ、一頭を召喚するという実験をされました。その結果、召喚されたのがあのハウンドドッグです」
教室から、おおーという声が上がった。
わたしも驚いた。かなり特殊な実験をやったんだね。二人の魔力を一人分と思わせるくらいにまで、魔力を寄せて術を発動させたのか。
「この特殊な召喚術については、その後、ゲインズバラ家でも成功させて、特殊条件下であれば発動可能という理論を確立させています」
ランセルが頷いている。
「先生、先程のリストには猫がいませんでした。猫の従魔はいないのですか?」
女子生徒の一人がプーを見ながら質問をした。
「レッジーナ学院ではここ十年は発現していません。しかし、昔の資料には猫型の従魔の記録はあります」
「どうして召喚されないのでしょうか?」
「いくつかの説がありますが、現在最も有力とされているのは、魔女と猫の関係性です」
おっと。まさかここで魔女が出てくるとは。
「魔女と呼ばれる力を持つ魔法使いは、現代では絶滅したと考えられています。それまでは、猫型の従魔、別の呼称として『使い魔』とも言われますが、これはそれなりの数がいたという記録があります。つまり、猫の使い魔の召喚は、現代の召喚魔術とは相性が悪い、あるいは魔力の相性が合う魔術師がいなくなったということではないかという論文があります」
いつの間にか、肩から下りてわたしの膝の上で丸くなっていたプーが、耳だけはピンと立ててサーペント先生の話を聞いている。
実際の召喚魔術の魔法陣は見せてくれなかったが(勝手に起動させようとして、魔力枯渇まで追い込まれた生徒がいたそうだ)、従魔召喚を検討している生徒は、学年末までにゴンザレス先生と相談するのもいいだろう、というアドバイスをくれた。
「従魔を召喚しておきながら、放置するようなことになると、関係性の悪化だけではなく、過去には従魔が主から反抗し、久々に召喚した際に無理矢理契約破棄を実行し、従魔と主の両方が生命の危機に陥ったこともあります。なぜ、従魔を召喚し、契約をするのか。興味本位ではなく、必要性や責任というものを理解した上で、臨むように。それに、十分な魔力量がなければ、従魔に必要な魔力を共有することができませんから」
わたしはちらりとプーを見た。
プーはわたしの魔力が好きだと言っていたが、妖精は魔力の薄いところでは弱っていくものだ。
あの森を出てもプーが普通に活動できているのは、わたしの側にいるからなのだろう。部屋にいるのが淋しいというのもあるが、わたしの側にいる方が、環境的にも安定しているんだろうな、と思い至った。従魔契約をしていないが、こうやってくっついてわたしの魔力を浴びているのかもしれない。
プーの頭を撫でながら、本当にこいつは本当のことをちゃんと言わないな、と小さくため息をついてしまった。




