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80.プーですにゃ

 翌日、授業が終わってから急いでゴンザレス先生のところへプーを連れて行った。

 先生たちは、それぞれ自分の研究室を持っている。ゴンザレス先生は一年生の担任をしているが、本来の研究テーマは魔獣の中でも、家畜系の益獣を研究しているらしい。一方、双子のマヌエラ先生は、禁足地周辺に出てくるような、災害獣を研究しているそうだ。


 連れて行く前に、もう一度、プーには念を押しておいた。

「プー、ゴンザレス先生は魔獣に詳しいということは、動物全般に詳しいはず。プーが普通の猫じゃないって気付くかもしれないからね。気をつけて大人しくしていてよ」

「にゃあ」

 よしよし。


 ゴンザレス先生の研究室を訪問するのは初めてだ。ノックをして、ドアを開けながら声を掛けた。

「ゴンザレス先生、失礼します。アウローラです……」

 挨拶をしたその瞬間、大きな黒いものが飛びかかってきた。

「ぶにゃあああああああ」

 わたしも驚いて後ろにひっくり返ってしまったが、プーはもっと驚いて、大声で鳴いて飛び上がると、一気に黒いものに飛びかかり、バリバリバリと背中を引っ掻いてから飛び降りて、床から机から狂ったように走り回った。


 わたしは、呆気にとられたまま、床に倒れていたが、その黒い影が、べろべろと顔を舐めるのに気付いて、「うわああ」と声を上げて起き上がった。

 わたしの顔を舐めていたのは、大きな犬だった。ヴェガやシリウスと同じくらい大きい。


「ジークフリート、お座り!」

 ゴンザレス先生が慌てて走り寄った。

「アウローラさん、大丈夫かしら。ゴツンってもの凄い音がしたような」

「だ、大丈夫です。あの、先生これは?」

「ああ、ごめんなさいね。私の従魔のジークフリートよ。魔犬なんだけど、普段は大人しいの。ほら、ジーク、ちゃんと謝りなさい」

 大きな黒い犬が、その場で身を縮めている。犬ってすまなそうな顔ができるんだ、と思わず笑ってしまった。


「珍しいわね。ジークがこんなに興奮するなんて。魔獣や不可思議なものが近づいた場合には警戒したりするんだけど。今回はそれともちょっと違うわね。歓迎でもしているのかしら」

 ちょっとマズイ? まさかプーに違和感があって反応した?

 プーも、相当驚いたのか、ゴンザレス先生の机の上で「ふがーっ」と鼻息を荒くしながら全身の毛も尻尾も立った状態で身構えている。


「プー、大丈夫よ」

 わたしは急いでプーのところに駆け寄り、抱き上げた。

 まだ腕の中でふがふが言ってる。

 目は、魔犬から離れない。まあ、仕方がない。

「先生、お騒がせしました。それで、これが相談した半従魔のプーですにゃ」

 動揺して、思わずわたしがプーの話し言葉になっちゃったよ。

 恥ずかしくなって、慌ててプーの両脇に手を添えて、ぶらーんとした状態の無防備なプーを先生の目の前に出した。

 ……ほらほら、普通の子猫ですよねー


「ふむ。魔猫ではない……? 半魔獣みたいな感じ?」

 先生は、机の引き出しから眼鏡を取り出した。

「特に、テイムをしたわけではないのよね?」

 あ、きたきた。この質問。サン・マンから「万一、誰かに質問されたら場合はこう説明しろ」と事前にレクチャーを受けていて良かった。

「はい。ただ、星読みの塔では、テイムなしで動物を従えることがよくあります。マスターはフェンリルを従えていますし、セントラルにいるジェロームはトカゲを従えています。そのトカゲは、大昔のサラマンダーの潮流を引いたものと言われていますが、サラマンダーの身体的特徴はなく、見た目や習性は完全にトカゲです」


 そう。初めて知ったのだが、ポーラちゃんは、由緒正しいサラマンダー家系のトカゲ? だった。「火を噴いたりできないけどな」とサン・マンは言っていたが。

 ジェロームが大昔に(ジェロームが大昔という時は、本当に大昔なのだ)大火山帯を攻略していた時に助けたトカゲで、活火山から生まれたのにサラマンダーになれず、仲間のサラマンダーたちと一緒に暮らして暑さにやられそうになっていたそうだ。

 暑さに弱いサラマンダー……うん、長生きするトカゲと思った方がいいね。


「従魔としてテイムしないのには、意味があるのかしら?」

「それは聞いていません。星読みがテイムをしてはいけない、という暗黙の条件があるのかどうかは、今度ジェロームに確認しておきますが、特にその必要性がなかったという程度では」

「そうね。星読みはたった五人しかいないから、そのあたりの詳細条件は部外者にはわからないのよね。でも、従魔のように主の言うことをきかせられるのよね? 特に魔術的な縛りを使わずにどうやっているのかしら」

 ゴンザレス先生の目が好奇心で輝いている。


「主の言うことを理解していますし、ちゃんと言うことを聞いてくれますよ。ね、プー」

「にゃーん」

 鳴きながらこくこくと頷いている。

「……本当だわね。言うことを十分わかっているようだわね。あら?」

 ゴンザレス先生は、何か気になったようで、プーを隅から隅まで眼鏡をかけたまま眺めはじめた。

「うーん、何か引っかかるんだけど。何でしょう、この感じ」

 ヒヤヒヤしながらゴンザレス先生の観察を黙って眺めていた。

 プーも、わたしに抱きかかえられながら、ぴきっと固まっている。尻尾まで硬直してるよ。


 しかし、ゴンザレス先生も具体的に何かわかったわけではないようだ。

「まあ、いいわ。これだけ言うことをきくのであれば、従魔扱いで教室への同伴を許可します。許可された従魔だという認識票を渡すわね」

 そう言うと、机から小さな金色の輪を取りだした。

「これを、足につけておいて。誰が見てもわかるようにね」

「はい。先生、ありがとうございました」

 金色の輪をプーの後ろ足につけると、しゅっと縮まり、丁度良いサイズになった。

 お礼を言って、さっさとゴンザレス先生の研究室を退室させてもらった。

 長居は無用だ!


 プーと一緒にとりあえず部屋に戻って、大きくため息をついた。

「良かったね、プー。これで明日から一緒に授業に出られるよ。でも、絶対話したらダメだからね」

「にゃん。でも、何かあった時に話せないのは不便だにゃ」

「そうだね。ジェロームに相談しておくよ。何かいい魔導具を開発してくれるかも」

「頼んだにゃん」

 ようやく落ち着いたところで、先程のゴンザレス先生の違和感は何だったんだろうと話し合った。


「あの眼鏡で何が見えてたんだろう。魔獣かどうか判別する魔導具なのかな」

「うーん、わからないにゃ。でも、あの黒い犬の魔獣は、わしがただのネコじゃないのを感じていたみたいにゃ」

「え、そうなの?」

「魔犬は鼻がいいにゃ。妖精の匂いがわしからしていたのを感じたのかもしれないにゃ」

「まずいじゃん」

「多分大丈夫にゃ。ここにはブラウニーもいるし、わし自身が妖精とまでは見分けがつかないと思うにゃ。でも、気をつけた方がいいかも?」

 なんだ、その微妙な感じは。まあ、とりあえずはそういうことにしておくか。

 でも、これから十分気をつけていこうね、ともう一度念押しすることは忘れなかったけど。

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