73.押しかけケット・シー
妖精たちは、ミードを飲んだりお菓子を食べたりして、年越しを祝っているが、サン・マンとわたしは早々に観測に戻った。新年の星図は、その年を占う上でも大事なものだ。
観測機はあっても、自分の目でよく見ておきたい。
ザッハトルテを食べながら、天体望遠鏡で夜空を覗いていると、ケット・シーがやってきた。
器用にカップを手で持ち、二本足で歩いている。そのままわたしの横に立って、夜空を眺めていた。
「どうしたの?」
「なんでもにゃい」
そう言ったまま、一晩中、観測しているわたしの側から離れなかった。
そして、ケット・シーは、新年の朝になっても帰ろうとしなかった。
「おばあさんと同じ匂いがする」と言って、わたしの側にいたがるのだ。
「サン・マン、この子をどうしたらいいんだろう?」
「おい、おまえ。妖精郷に帰らなくていいのか?」
「ちゃんと、妖精王のお使いできたにゃん。こっちにいてもいいにゃ」
サン・マンはまた疑うような目でケット・シーを見た。
「本当に、妖精王に人間界にいてもいいって言われたのか? 正確になんて言われたのか言ってみろ。もし、嘘をついているってわかったら、ティターニア様に言いつけるからな。知ってるだろう、ティターニア様が怒ると大変だからな」
怖い顔をして、そう言うと、ケット・シーの手足に綺麗な組紐をつけて、呪文を唱えた。
「ほら、言ってみろ。でも、嘘をついたら、本当のことを言うまでずっと踊り続けることになるからな」
「ぶにゃー!?」
そんな術があるのか? と思ったが、とりあえず黙って様子を見ていた。
「……お使いで来たのは本当だにゃん。すぐに妖精郷に帰るとも言ってないにゃん。でもこっちにいるとも言ってないにゃん」
「こいつ、本当に嘘つきだな」
「嘘ついてないにゃ」
サン・マンが怒ってる。
「珍しいねーサン・マンが怒るの」
「妖精はさ、気まぐれで自分勝手だから、ちゃんとダメなことはダメって言わないと、本当に大変なことになるからな」
疲れたようにため息をついた。
「わし、ここにいたいにゃ」
「星の寝床に?」
「おい、ケット・シー。お前勘違いしているぞ。アウローラは、もうすぐディレクトラ大帝国にある学校へ戻るんだからな。普段ここにいるのは、俺と妖精たちだけだ」
「ぶにゃー!?」
ケット・シーは驚いたように飛び上がった。
そして、ウロウロと二本足で歩き回ってブツブツ言っている。
「どうするにゃん。どうするにゃん……」
その様子を見て、サン・マンが言った。
「こいつ、アウローラと一緒にいたいから、妖精郷を出てきたんだな」
「なんでだろう?」
「言ってた通りだよ。おばあさんと同じ匂いがするからだろう?」
「マタタビじゃあるまいし、どんな匂いなんだろう」
「いや、単に魔法というか魔力というか、それが少し似ているんだろう。伝説によると、あそこに住んでいたのは魔女だというし、アウローラは魔女の素養があるから、ケット・シーは懐かしい感じがするんじゃないか」
もう今の時代にはいなくなったと言われている魔女。その力があるかもしれないと言われても、自分では何も変わらないからよくわからないけどね。
悩んだままのケット・シーと、年越しの宴会で朝になっても浮かれたままの妖精たちをそのままにして、わたしとサン・マンはさっさと休むことにした。
何日か過ぎていたとはいえ、体感としては一晩で妖精郷を往復したのだ。二人とも疲れていた。
「ケット・シーのことは、起きてから考えよう」とサン・マンもとりあえず棚上げにすることにしたようだ。
夕方、いつもの時間に目が覚めると、布団の中でケット・シーも寝ていることに気付いた。
足下にくるりと丸くなっている。
「この子、二本足で歩けるから、ドアを開けたりできるんだね」
ちょっと呆れながらも、くっついて離れようとしないケット・シーがちょっと可愛く見えた。
「お寝坊さん、もう起きる時間だよ」
ふがふが言うケット・シーを布団から引っ張り出すと、一緒に観測部屋へ上がった。
その夜も綺麗に晴れて、澄み切った夜空に冬の星座がよく見えている。
ボリュームたっぷりのお茶という名の夕食を済ましてから、サン・マンとケット・シーについて相談しようとしたところ、窓にフクロウが現れ、コツコツとガラスを叩いた。
「うん? 誰かからのお便り?」
わたしが窓を開けようとすると、サン・マンが制して自分でフクロウの方へ向かった。手には自分の皿にあった子羊のローストを一切れ持っている。フクロウは、「ホーッ」と鳴いて、首から提げていた中くらいの袋を渡すと、ぱくっと一口でローストを食べてすぐに飛び去った。
「何? フクロウ便だったの?」
「いや、違う。あれはオベロン様のお使いだ」
その言葉を聞くと、ケット・シーが驚いたように駆けつけた。
「にゃ、にゃんだって?」
サン・マンが袋を開けると、そこには手紙と綺麗な菫色の首輪が入っていた。
「ふーん」
面白くなさそうにサン・マンが唸ると、手紙をわたしにくれた。
*********
祝福を受けし子よ
ケット・シーに種の世話をさせなさい。
前の飼い主が甘やかしたせいか、ケット・シーの中でも自由気ままな性格だ。
名前をつけて、しっかりと躾けるように。
花が咲いたら、見せにおいで。
妖精王
*********
「これって、ケット・シーをここに置いておくってこと?」
「アウローラに懐いているんだから、連れて行ってやれ」
「でも、レッジーナ学院に妖精を連れて行っていいの?」
「多分、俺たち以外には、ただの子猫に見えていると思うぞ」
「そうなの?」
「ああ。俺たちにケット・シーが見えているのは、祝福で妖精たちが見えてるのと同じさ」
「でも、その前からシルキーたちや、ケット・シーだって見えてたよ?」
「それは、『見られてもいい』と妖精側が思っていたからだ。妖精郷で祝福を受けたら、もっと妖精が見えただろう? あれは、見えてもいいと思ってなくても見える力を貰えたってことなんだ。ここだって元々、妖精はもっといたんだ」
「え、昨夜は年越しで特別に妖精たちがたくさん集まっていたんじゃなくて、元からこんなに妖精がいたの?」
「昨夜は特別に集まっていたのは間違いないが、普段だって屋敷の中にも外にももっといるんだよ」
「知らなかった……」
「この西の最果ての島の中でも、この森の中だけは特別なんだ。見える目を持っていれば、妖精たちがいるのがわかる。でも、森を出たらほとんどいない。ここは、まだ太古の森の力が残っているからな。妖精郷の入口も近いし」
そんなゲートの近くだからこそ、サン・マンが星読みとして、そして半妖精の橋渡し役として、この場所を守っているのだと初めてわかった。
「じゃあ、ケット・シーはアウローラに任せた。まずは名付けだな」
「名付け……」
「名付けは大事だ。妖精のことを定義し、縛るものだから」
どんな名前にしよう。
「おばあさんは、ちゃちゃ、って呼んでたけど」
「新しい名前をつけてやれ。そうすれば、新しい一歩を踏み出せるだろう」
「わかった」
わたしは、ケット・シーを見た。
「プロキオン。今日からお前はプロキオンね。プーって呼ぼうかな」
「ぷはー! それ、こいぬ座の星の名前だろう? ケット・シーにこいぬ座の星の名前つけるのか?」
「なんか、そういう感じなんだもの。プー、わたしと一緒に来るなら、いい子にしていてね。でなきゃ、森に戻すからね」
「にゃー、わし、プーだにゃん。良いこだにゃん」
プーは嬉しそうに駆け寄って、わたしの腕に抱きついた。
ふと見ると、妖精王からもらった首輪についていた小さな金色の丸いチャームに、いつの間にか「プロキオン」と名前が入っている。
「この首輪はプーのものみたいだね」
わたしは、プーの首に名前の入った首輪をつけてやった。
「ところで、プーは種の世話ができるの?」
「なんでもできるにゃ!」
「調子がいいな、こいつ」
サン・マンが呆れ顔で言った。
「それよりも、妖精郷の種ってなんだろう?」
「アウローラにもわからないのか?」
「うーん……あ、もしかしてガニメデの所で拾ったやつのことかも?」
わたしはガニメデの書庫で拾った翡翠色に透き通った種状のもののことを教えた。
「それかもしれないな。今、どこにある?」
「北の極」
「後で転送してもらおう。シルキーたちに見てもらって、土を用意した上でレッジーナ学院へ持っていった方がいいな。多分、こっちの土じゃないと合わない可能性が高い」
「わかった」
「おい、プー。お前が世話係だからな。オベロン様から任命されたんだから、花が咲くまでちゃんと手入れしろよ」
「わかったにゃ!」
妖精郷の種をちゃんと育ててくれるのかわからないが、とりあえず、わたしのところに妖精のプーが居候することになった。レッジーナ学院で騒動を起こさないでくれるといいんだけどね。
あと2話で第四章が終了です。第五章はまだ途中。書き上がり次第、投稿再開します!
いつも読んでくださっている皆さま、ありがとうございます。




