72.年越しのお客
わたしたちは、急いで年越しの準備を整えた。
とはいえ、不在の間に、妖精たちが準備をしてくれていたのでほとんど問題なかった。ほんと、ここの妖精たちは優秀だ。
しかも、妖精王からの贈り物ということで、蜂蜜で作ったお酒、ミードが新年を祝うようにと届いていた。
「これは特別なお酒だな。妖精郷の花から採れた蜜で作ったお酒だぞ」
サン・マンよりも大喜びしていたのは、クルラホーンだ。暖炉の上にミードの入った樽があることに気付き、珍しく酒蔵から出てきた。
「飲んだらだめだぞ」とサン・マンが言うのに、イヤイヤと首を振り、樽に張り付いて離れない。
「新年になったらみんなで乾杯だ」と言われて、ようやく諦めたが、それでも観測部屋の中でうろうろしている。
そして、このミードを運んできたのが、あのケット・シーだった。
「なんで、わたしたちより早く星の寝床に到着してるの?」
観測部屋に入って、このケット・シーを見たときには、何が起きたのかとサン・マンと二人で「なんでお前がいるんだ!」と大声を上げてしまったくらいだ。
ケット・シーは、「新年を祝うようにスレイプニルで配達を頼まれたにゃ」としれっと答えていたが、サン・マンはまた胡散臭いものを見るような目でケット・シーを見ていた。
サン・マンと目を合わさないようにしていたから、何かやましいところがあるのかもしれない。
ケット・シーは、そのままわたしたちと一緒に年越しを迎えた。
シルキーが用意したテーブル一杯のご馳走に、妖精王からの贈り物であるミード、その匂いを嗅ぎつけたのか、部屋の中には妖精がたくさん訪れている。
サン・マンは、「仕方がないなあ」と言って、妖精用のテーブルを用意すると、アンティークガラスの大きな器をにミードを注ぎ、「飲み過ぎたらだめだぞ」と言いながら、何本もの麦わらを差し込んでやっていた。その横には、聖夜に食べ損ねたクリスマスプディングやミンスパイ、綺麗に盛り付けたパートドフリュイ、ギモーヴなどのフルーツで作った色とりどりのお菓子も飾られている。
妖精たちは、キラキラしたお菓子も好きなのだ。
遠くから新年を告げる鐘の音が微かに聞こえてきた。
「新年だ。無事、年が明けたことを祝って乾杯だ」
「かんぱい!」
わたしもミードのお相伴にあずかり、ほんの一口だけ舐めさせてもらった。長寿の酒らしい。でも、長命種のわたしたちに長寿のお酒ってどうなんだろうね。
妖精王のミードは、甘くて、花の香りがするお酒だった。
「それから、アウローラ、誕生日おめでとう」
すると、周囲の妖精たちが一斉にわたしの方を見て、手を振ったり拍手をしたりしてくれている。
シルキーが、大きなお盆に載せたこれまた大きなケーキを持ってきてくれた。
わたしの好きなザッハトルテだ。黒くつややかに輝くチョコレートの上に、バースデーメッセージが書かれている。わーい!
拾われっこで誕生日がわからないわたしは、毎年、新年で年を数えることにしている。
「ありがと」
「いや、本当にこっちで誕生日が祝えてよかったな」
「妖精郷で祝うのも貴重だったかも?」
「いやいやいやいや、止めとけ」
サン・マンは苦い顔をしているから、誕生日祝いにも何か微妙な思い出があるのかもしれない。
「九十九歳か」
サン・マンが、胸からいつも下げているペンデュラムを握りながら言った。
「九十九という数字は特別な数字だ。何か大きな目的に向かい、大事な一押しをする時とも言える。今年はアウローラにとって、大事な年だ。思い切りやれよ」
嬉しい言葉だった。わたしは大きく頷いた。
そして、サン・マンは小さな包みをくれた。
「時間がなかったから、その辺の紙に包んだだけで悪い」と言われたが、あれやこれやあったのに誕生日プレゼントを用意してくれただけでもとっても嬉しいです! 確かに、包み紙は、観測用紙だったけど。気にしなーい。
中にあったのは、サン・マンが作った新しい髪留めだった。
「レッジーナだったら、お洒落な貴族令嬢に囲まれているだろうから、髪留めくらいはたまに変えないと」と言って、今回は雪の結晶を組み合わせたデザインとのものをくれた。結晶の六角形が様々な模様を描き、その中に魔法陣が上手く隠されているようだ。
「可愛い! サン・マンって本当にお洒落だね」
早く、レッジーナ学院でつけてみたい。ウキウキして見ていたら、「ほら、皆からも届いていたぞ」と、包みを三つ渡してくれた。
一番大きな箱は、ジェロームからだった。
「わーい。なんだろう」
結構重量もあるそれは、なんと魔導具を作るための道具セットと、魔法薬の調合セットだった。
「なになに……学院での授業で使うかもしれないので、お古ではなく、アウローラに合わせた道具を用意しました。最後の微調整は、別紙の仕様書を見て自分でするように。誕生日おめでとう」
「ジェロームらしいな。なんだ、この超本格的なセット。あいつ、自分で作ったな」
確かに、わたしの手はまだ小さいので、大人用だとちょっと扱いにくい。全部小ぶりな器具だが、プロが使うような本格仕様だ。
次に開けたのは、ガニメデからのプレゼントだった。
「なんだろう、これ」
凄い複雑な魔法陣が両面に描かれた、二十センチ四方の折りたたみ型の合わせ鏡だった。外枠はほとんど黒に近い紺色に染めた何かの皮だ。
魔法陣がびっしり描かれているので、鏡としては役に立たない。
サン・マンが手に取って見ている間に、一緒に入っていたカードを読んでみた。
「お誕生日おめでとう。非常事態が起きた場合は、この魔法陣の上に同封のカードにメッセージを書いて送りなさい。絶海の庵に届きます」
そのカードをサン・マンに見せると、驚いた顔をした。
「これは凄いぞ。レッジーナ学院は移動しているから、座標軸がわからない。だから決まったところから決まった時間にしか転移陣が使えないんだよ。この魔法陣は、その部分を克服させるように組まれているということだ。多分、ここがポイントだな。『大陸上にいれば』どこからでも特定のメッセージカードのみ、登録した魔力を流すことで、絶海の庵という座標に送れるようにしたということだ」
「うわ。流石はガニメデだね。鏡の反射を使うことで、魔法陣を無限に増幅させるようにして、魔法陣をコンパクトにしているんだね……」
わたしは、鏡が開かないようについている留め具として使われている魔石にわたしの魔力を登録した。これで、わたししか使えない魔導具になった。
サン・マンはまだ唸って同封されていたメッセージ用のカードを見ている。
「このカードも特殊なコーティングしてるんだろうな。素材まではわからんが」
「でも、これを使うような非常事態ってどんな状況なんだろう」
「……まあ、妹弟子のために念のためってヤツじゃないか?」
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そう言いながら、サン・マンはガニメデの天体観測で何か予兆でもあったのかと心の中で考えていた。とにかく、星読みという人種は、その長い経験値と占術という独特の感性を必要とする素養からか、予知とまでは言えないが勘というには鋭すぎるものを持っている。
自分自身も、今回の髪留めには、前回よりも強めの守護の陣を入れている。アウローラは人慣れしていないだけに、警戒心が足りていない。魔力も十分だし、魔法も魔術も申し分ないが、実際に危険が差し迫った時に必要な攻撃魔法を行使できるかは別問題だ。しかし、北の極という安全地帯を出てしまったからには、今までのようにマスターや自分たちが守ってやるわけにはいかない。
無邪気にガニメデからの超ハイスペック魔術具を喜んでいる姿を見て、少々複雑な気分だった。
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わたしは、ちょっと感動してた。
これまでの誕生日にもプレゼントを貰っていたが、もっと普通の生活必需品ばかりだった。北の極で観測くらいしかしてないということもあったが、ハンカチとかマフラーとか文房具みたいなものだったのに、中等部に入ると何だか違うね。
さて。ということは、最後の小さな箱がマスターからだ。
「なんだろうー」
そこにあったのは、小さな指輪だった。
白銀の表と裏の両面にアラベスク文様が刻まれており、その間をつなぐように、表と裏を合わせて全部で十二種類の宝石が埋まっている。よく見ると、各月の誕生石のようだ。
「アウローラの誕生石がどれでもいいように、十二個埋めたんだな。星読みにとって、誕生石は時に力を貸してくれることがあるんだ。ガニメデみたいに、ここの誕生石の理に縛られない存在もあるから、絶対じゃないが」
サン・マンの言葉に頷いた。誕生日のわからない私には、誕生石がないと思っていたが、マスターは全部の石を贈ってくれたんだね。
この綺麗な指輪は、わたしの人差し指のサイズに合った。
「素敵」
「ああ。多分、お守りか何かになっているだろうから、いつでもつけておけよ」
「うん」
見た目ではわかりにくいが、マスターがくれるものは、間違いなく魔術が籠もっているので、そのつもりです。
しかし、仕様書がどこにもない。これもマスターらしい。
思い返すと、色々大変な一年だったけど、こんなに素敵な誕生日で新年を迎えることができて良かったなあ。今年はどんな年になるんだろう。




