64.不思議な子猫
目覚ましが鳴っている。起きる時間だ。いつもなら、さっと起きられるのに、今日は身体が重い。
「うーん……身体が……」
いつもは使わない筋肉を使ったようで、身体のあちこちが痛い。
「おおう……バキバキいってる」
お布団の中で、ゆっくりと身体を伸ばしてみた。すると、足下に湯たんぽではない、何か柔らかいものがある。
「うん?」
そっとお布団の中を覗いてみると、そこには昨夜の子猫がいた。
「なんで?」
わたしは、ドアを閉めて寝たはずだ。シルキーが連れてくることもないはず。
不思議に思いながら、子猫をお布団の外に引っ張り出した。子猫は、起こされて不機嫌そうに「ぶにゃ」と鳴きながら、抱き上げたわたしの匂いを嗅いでいる。
「ねえ、ねこさん。どうやってわたしのお布団の中に入ったの?」
質問に答えるわけがないと思いながらも、つい聞いてしまった。
「にゃ」
と、鳴くと、そのままストン、とお布団の上に下りて、そのままもぞもぞとお布団の中へまた潜ると丸くなってしまった。
「まあいいや。支度するから、ちょっと待ってて」
わたしは急いで顔を洗って、着替えると、子猫を抱いて観測部屋へ行った。
そこではシルキーがいつも通り、お茶の支度をしていた。子猫の籠も昨日のまま暖炉脇の椅子にある。
「シルキー、この子がわたしのベッドの中に潜り込んでた」
わたしが子猫を抱き上げて見せると、シルキーがびっくりした顔をした。
そして、子猫が入っていた籠を確認している。
そこには、昨夜シルキーが巡らせた柊とツタがそのままついているようだ。
「にゃっ」
子猫は、何となく偉そうに鳴くと、そのまま床に下りて暖炉の側まで寄っていった。
「どうやって、部屋から出たんだろうね」
シルキーが出したわけではないとなると、自力で出たことになるが、ドアの開け閉めができるとは思えない。
じっと二人で子猫を見つめたが、そこにいるのは、どう見ても普通の子猫だ。
……うーん、禍々しい感じはしないんだけど。妖精たちも警戒してたとはいえ、排除するわけじゃないんだよね。連れて帰ってきた手前、理由もなく雪が積もっている寒空に放り出すことはできないし、しばらく様子を見るしかないか。
「シルキー、あとで子猫にミルクをあげてもらってもいい?」
シルキーはしばらく観察するように子猫を見ていたが、頷くとわたしのお茶の給仕をしながら、子猫にミルクを出してやっていた。
今朝のお茶は、フィッシュパイがメインだった。デザートにわたしの好きなトライフルもある。
シルキーのお菓子はどれも美味しいが、このトライフルはシェリーが少し入っていて、とても香りが良い。夏場に作っておいたコンポートもたっぷり使われた大きな鉢一杯のトライフルを、大きなスプーンですくってお皿に盛ってくれている。やっぱり、これをお茶って呼ぶのが不思議だが、星読みの生活との折り合いをつけるには仕方がないのだ。美味しいからいいんだけどね。
さて、冬至の夜が過ぎて、一番暗い日は終わった。と言っても、春分までは冬の力が強い。
冬の夜空は、晴れていれば星がよく見える。わたしは、冬の大三角が好きだ。フェンリルのシリウスの名前と同じ星が一番輝いて見える。
「ふんふんふふーん」
よく見える空を眺めてご機嫌になって鼻歌を歌っていると、足下に子猫がやってきた。
「にゃあー」
甘えるように鳴きながら、足下をすりすりとしながら歩いている。
「どうしたの?」
天体望遠器用から目を離し、そっと子猫を抱き上げると、まるで望遠鏡を見せろというように、小さな手をフリフリしている。
「見てみる?」
子猫の頭を望遠鏡に近づけると、子猫はじっとレンズを覗き込んだ。
しばらく真剣に眺めていたかと思うと、「にゃ」と短く鳴いて床へ下りた。満足したようだ。
「変わった子猫だね」
子猫の頭を撫でてから、もう一度、望遠鏡を覗き込んだが、そこに映る星空にびっくりしてしまった。
そこに見えているのは、全く見たことのない夜空だったのだ。
「なに、これ」
何度レンズから目を外して見直しても、そこにあるのは見たことのない夜空だ。
そうだ、自動観測機は何を記録しているのだろう? わたしは、観測機が打ち出している記録を確認してみた。
すると、そこにはいつもと同じ夜空が記録されている。窓から肉眼で夜空を見たが、やはりいつもと同じ夜空が広がっている。何も変わったことは起きていない。
ということは、この望遠鏡から覗いた時だけ、何か違う夜空が見えている?
暖炉の前に戻ってのんびりと寝そべっている子猫が今度こそ胡散臭いものに見えてきた。
……さて、どうしよう?
「これは、マスターに連絡しないといけないよね?」
一瞬、音声転送魔術具で連絡を取ろうかと思ったが、その前に、この夜空を記録できないものか、と考えた。どうしてこれが見えるようになったのかがわからないということは、いつ、これが消えてしまうのかもわからない。間違いなく、マスターだったらこの夜空を記録することを優先するだろう。
しかし、観測機が使えないとなると、自力で星図を作るしかない。
……仕方がない。何とか頑張るか。
望遠鏡を覗き込みながら、自分で天体図を書き写すことにした。
無数の星があるため、全部を記載するのは無理だが、とりあえずは三等級以上の星だけでも残したい。急いで、星図用の紙をシルキーに持ってくるように頼み、わたしは望遠鏡を見ながら、仮の座標軸を定めた。
それから、大凡にはなってしまうが、位置を確認しながら、手元の紙に星の位置をどんどん打っていった。
全く見たことのない星座ばかりで、北極星もなければ、冬の大三角もない。しかし、青白い炎のように輝く星や、ピンク色がかって見える三連星、それ以外にも優雅なリボンのような星の流れがあり、知らない物語が聞こえてきそうだった。南の方には、不思議な緑色の星が瞬いている。
わたしには、知らない星々が話しかけてきているような気がした。
この星の下で、占いをしたら、どんな答えが出てくるのだろうか、とワクワクもしてきた。
夢中になって書き写していたので、どれくらい時間が経ったのかわからない。
ふいに観測部屋のドアが開いて、「ただいま」という声がした。
それは、今年はゆっくり妖精郷に里帰りすると言っていたサン・マンだった。
「お帰りなさい! 予定よりも随分早かったね?」
サン・マンは、「ああ、色々あってね」と言いながら、星読みのローブを脱いで、バッグを下ろすと、シルキーに「ホットワインをもらえるかな」とお願いしてから、暖炉の前に行った。
そこで、子猫が寝そべっていることに気付いたようだ。
「え、何これ」
「あのね、実は冬至の夜に森で拾ったんだけど……それどころじゃなかった。先にこの望遠鏡を見て!」
本当は、一連の出来事を説明したかったが、万一、この夜空が消えてしまうといけないと思い、サン・マンを望遠鏡まで引っ張ってきた。
「何だ?」
サン・マンは不思議そうな顔でわたしを見てから、レンズを覗いた。
「……何だ、これ?」
それからサン・マンは、わたしと同じように、自動観測機と窓から見える夜空を肉眼で確認した。
やることは、誰でも同じなんだね。
「どうしたんだ?」
そこで、ようやくわたしは、冬至の夜の不思議な出来事から、先程発生した不思議な夜空についてサン・マンに説明した。
「この子猫が?」
「そうなの」
「そうか……」
サン・マンは、何かわかったようで、もう一度、望遠鏡から夜空を見ながら頷いている。
「え、何かわかったの? 本当はマスターへ連絡しないといけないと思ったんだけど、この夜空が消えちゃうといけないと思って、まずは記録していたの。連絡しなくても大丈夫?」
わたしは、手描きの星図を見せた。
「ああ。俺は、この夜空に見覚えがある」
まさか、サン・マンが知っている夜空だったなんて、びっくりだ。
「ど、どこ?」
「妖精郷だ」
なんと、この望遠鏡の先だけ、なぜか妖精郷の夜空をのぞき見ているようになってしまったようだ。
「そんでもって、この子猫は子猫じゃないな」
「子猫じゃない?」
「ああ。妖精だろうと思う」
「ええー!? でも普通の子猫にしか見えないよ」
「多分、力を封印されている」
「そんなこと、あるんだ」
「しかし、こんなところにいたのか」
「どゆこと?」
「俺が、予定よりも早くこっちへ戻ってきたのは、この子猫のせいでもあるんだ」
一体、どういうことでしょう?




