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63.冬至の夜-2

「猫……?」

「ふみゃあー……」

 子猫は、まるで赤ちゃんのような弱々しい泣き声を出した。

 いくら苔と枯れ葉にくるまれているとはいえ、雪の中だ。ブルブルと震えているのがわかる。

「よし、一緒に帰ろうね」

 わたしは子猫をポケットの中に入れると、毛糸を辿って星の寝床へと戻ろうとした。


「あ、そうだ。シロフクロウさんは?」

 ここまで連れてきてくれたシロフクロウはどうなっただろう? と辺りを見渡すと、空き地の入口のところの木に止まってこちらを見ている。

「ありがと」

 シロフクロウにお礼を言って手を振ると、くる、くる、っと首を回してからどこかへ飛んでいった。


 苔と枯れ葉から出て、寒いのだろう。ポケットの中で落ち着かないようにガサゴソ動いている。

 ポーチからカイロを出して、ハンカチで二重に包んで直接触れないようにしてからそっとポケットに入れると、子猫がうにゃあ、と鳴いてポケットの奥で丸まっていった。

「よし、帰ろう」

 月はどんどん動いていくだろうし、そうなると森がもっと暗くなる。

「光れ」

 と毛糸に命じて、雪道で見えにくくなりそうな道案内を、しっかりと光らせると、一目散に星の寝床を目指した。


 ザクザクと自分の歩いた跡を辿りながら気付いたのだが、森の中には全く生き物の気配がない。

 さっきまではシロフクロウがいたが、去った後には本当に誰もいないのだ。

 こんなことは初めてだ。

「本当に、冬至の夜は動物も外へ出ないんだね」

 そう考えると、さっきのシロフクロウは無理をしてこの子猫探しを手伝ってくれたのかもしれない。

 心の中で感謝をしながら、とにかく何か生き物以外のものに出会ってしまう前に家にたどり着きたいと、一心に歩いた。


 三分の二ほど戻ったところで、ふと目の端で、何か影が動いたような気がした。

 はっとして止まり、辺りを見渡したが誰もいない。

 このまま走って帰るべきか、どこかに隠れるべきか迷った。

 ……まだ少し距離がある。しまった。何か魔のものだろうか。いや、もしかしたら、ワイルドハントに出会ってしまったかもしれない。


 ワイルドハントは、この時期に夜をうろつく悪しき者や亡霊を追い立てる狩人と犬の精霊だ。

 現代ではもう見かけないと言われているが、ここ西の最果ての島にはまだその伝説が残っているし、伝説が残っているということは、それなりの理由があるものだ。それらを決して蔑ろにしてはいけないことを、わたしは知っている。

 それに、サン・マンが妖精郷に帰るくらいだ。あちらの世界との門が開いている時期でもある。何か、生き物ではないものが現れてもおかしくない。


 わたしは、道案内の毛糸に「埋まれ」と小声で命じて、雪の中に埋めてしまうと、近くにあった大木の陰に隠れた。ポケットの中の子猫に小声で、「お願いだから鳴かないでね」と声をかけてから、自分の周りの地面に手早く柊を刺して、ツタで囲った。簡易の魔除けの陣だ。

 そのまま息を殺して、何かが通り過ぎるのを待った。


 ヒューヒューという不思議な音がする。

 それ以外に音はしないが、なぜか群れの気配がする。

 もっと身を縮めて目を瞑った。

 すると、目を閉じたせいか、辺りの気配がもっとわかるような気がする。

 犬が周囲を嗅ぎ回り、馬に乗った狩人が獲物を探しながら道を進んでいる。

 犬のフンフンという息が魔除けの近くまできた……!

 わたしは、息も止めるくらいに気配を消した。


 そのまましばらくすると、ワイルドハントの一行は先を進んだようだ。

 完全に気配がなくなってから、わたしは目を開けた。

 すると、魔除けのツタの外側には、大型犬の足跡がぐるっと残っている。

「本当に何かいたんだ……」

 わたしは、ほっとして大きなため息をついた。

 今度こそ、急いで帰ろうと、柊とツタを拾い集めてポーチに放り込むと、できる限りの早さで星の寝床へと戻った。


「ただいま……」

 転がり込むように屋敷の中に入ると、シルキーが扉のすぐ側に心配したように立っていた。

 わたしが無事なのを見て、急いで観測部屋へと戻っていく。

 わたしも、とりあえず着替えることにした。

 部屋でローブを脱ごうとしたら、指がかじかんで動かない。

 今頃、恐怖が戻ってきたのか、指と足がブルブルしている。

「はー」

 深呼吸をして、ベッドの上に座った。


「コンコン」

 ノックと一緒に、シルキーがお湯を運んできてくれた。

 わたしの靴下を脱がせ、お湯に足をつけると、一緒に入れてくれた乾燥させたハーブの良い香りが立ち上ってくる。

「はあー……ありがと、シルキー」

 ようやく、少し落ち着いてきた。

 しばらくそのままぼんやりしていたが、よし、と気合いを入れて着替えると、ポケットの中に入れたまま眠っていた子猫をそっと取り出し、ハンカチにくるんで観測部屋へ連れて行った。


 そこでは、レプラコーンとグレムリンがまだ部屋で待っており、テーブルに並んで座っていた。シルキーはその横でホットトディを準備しているようだ。オレンジとシナモンとメープルシロップの良い香りがしている。

 わたしがテーブルについて、ハンカチにくるんでいた子猫を三人の妖精の前に出すと、妖精たちは恐る恐るのぞき込んできた。


 子猫は、自分を覆っていた布がなくなったことで目が覚めたようだ。

 ぶるぶるっと身震いをしてから、そっと目を開けた。

「うみゃう……」

 子猫は全身が銀色かかったグレイの毛色で、お腹と足先だけが白かった。

「というわけで、人間の赤ちゃんじゃなくて、子猫だったよ」

 妖精たちがほっとするかと思ったら、全員まだ警戒を解かない。シルキーに至っては、珍しく顔をしかめて、先程魔除けの陣として使った柊とは別に新しいのを持ってきて、子猫の周りにツタを巡らせて、間に柊を刺し始めてしまった。


「何か、変なものでも憑いてる?」

 わたしがシルキーに聞くと、首を傾げたが、それでも何となく警戒している感じは伝わる。

「まあ、冬至の夜の拾いものだもんね。ねえ、子猫を入れる籠ってあるかな?」

 子猫の世話を頼んでから、わたしは観測へ戻った。


 しかし、あの子猫は雪の中を自力で歩き回れる大きさではない。ということは、誰かがあそこに置いたってことだよね。

 不思議なこともあるものだ。

 わたしは、何か異変が起きていないかどうか、夜空を注意深く眺めたが、特にそんなことはなさそうだ。

 とりあえず、サン・マンが戻るまで世話をして、その後で子猫をどうするのか相談しよう。

 もしかしたら、村で新しい飼い主を探すことになるかもしれない。


「名前、どうしようかな」

 わたしの呟きが聞こえたのか、妖精たちがこちらを向いた。

 そして、ダメだというように首を振っている。

「え、名前はダメ?」

 この妖精たちは、子猫の素性がわかるのだろうか。

 大人しい子猫だが、妖精たちの様子が気になる。


 その日の観測も終わり、シルキーが用意してくれた朝食を食べると、「じゃあ寝るね」と行ってそのまま自分の部屋へ戻った。子猫はシルキーがどこからか探してきてくれた籠の中で寝ていたので、そのまま観測部屋の暖炉の脇にある椅子の上に置いておいた。


 お風呂に入ってお布団に潜り込むと、窓からまたミソサザイが見えた。

「ミソサザイさん。おはよう。でも、わたしはこれから寝るからね。またね」

 昨夜、寒い中で行軍をした疲れが、朝になってどっと出てきたようだ。目を瞑るとあっという間に眠ってしまった。

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