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62.冬至の夜-1

 わたしを見ると、シルキーがいつものようにお茶の用意を整えてくれた。

 この屋敷では、起き抜けに食べるものをお茶と呼んでいる。その後、夜にディナーを出してくれるが、わたしはそこまで食べられないので、お茶の時間を早めの夕食代わりにしている。でも、お茶と言っても、ローストビーフやシェパーズパイ、ヨークシャー・プディング、レバーパテ、マッシュポテトなど、それって夕食じゃない? という感じのどっしりしたメニューばかりだ。それでもシルキーはディナーを別に用意したがるので、そちらはスープとクラッカーくらいで軽くすませるのが、星の寝床に来た時の習慣だ。


 観測部屋は、朝、火をつけたユール・ログがゆっくり燃えているだけではなく、古いが床暖房設備がついているので、一日中温かい。

「おはよう、シルキー」

 席につくと、すぐに食べ物と温かいカフェオレを出してくれた。サン・マンがいないので、わたしに合わせてターキーのローストに温野菜がメインで、チップスが添えられていた。


 一人でご飯を食べ始めたが、この間まではレッジーナ学院で大勢と食事をし、こちらに来てからもサン・マンが一緒だったので、一人の食事がちょっと淋しい。

 料理は美味しいのだけれど……

 そんな文句を言ったらいけないな、とさっさと食事を済ませ、その日の観測の準備を始めた。


 冬至の夜は、恐ろしい生き物が森を歩いているから、外を出歩いてはいけないと言われている。

 特に、ここは古い森の中だ。

 さっき見た夢が気に掛かったが、サン・マンからもこの地方では冬至の夜は誰も出歩かない、と聞いていたのであまり考えないようにして観測を続けた。


 今夜はすっきり晴れて、真っ暗な夜空に星が瞬き、白い月が皎々と森を照らしている。

 しかし、その月明かりの森の方が、何だか恐ろしいような気がしてきた。

 ……森の木々の影が白い地面にくっきりと映って、まるで生き物みたいに見える。

 なぜだかはわからないが、森の中には何か潜んでいる気がしてならなかった。


 どんなに天体観測に集中しようとしても、どうにも森が気に掛かって仕方がない。

 かといって、冬至の夜の森に出て行く勇気も理由もない。

 一人で悶々としながら、月と星を眺めていたが、何かを占うにも、手がかりもない。占盤を膝の上に置き、その上に月長石で星座を組み立てて、もう一度夜空に集中するようにした。ぎょしゃ、おうし、オリオン、ふたご、やまねこ……


 すると、突然、遠くから昨夜の夢の中で聞いたような、赤ちゃんの泣き声が聞こえた気がした。

 はっとして、周囲を見渡したが、もうそんな声はしない。

 わたしは、シルキーの方を見て、「聞こえた?」と聞いてみた。

 すると、シルキーが首を傾げながらも、少し頷いた。

「ねえ、レプラコーンとグレムリンもこの部屋に呼んでこられる?」

 わたしは、少し心細くなって、屋敷にいる妖精を集めようと思った。クルラホーンは、酒蔵から絶対に出てこないと聞いていたので、声を掛けるのはやめておいた。


 この部屋には、魔除けの柊やツタやヤドリギがちゃんと外との出入り口になりそうな場所には飾ってあるから大丈夫。怖いものは入ってこられない。

 自分に言い聞かせながら、シルキーが部屋に戻ってくるのを待っていた。

 しばらくすると、シルキーが、レプラコーンとグレムリンを連れて戻ってきた。

 二人の妖精は、ちょっと顔が赤い。もしかして、クルラホーンのお酒を味見してたのかな?


「ごめんね、なんか森が気になるの」

 わたしがそう言うと、後から来た妖精たちが顔を見合わせた。

 窓の近くに寄ってじっと、耳を澄ませているようだ。

 わたしも、一緒に窓辺に並んで耳を澄ませたが、暖炉の燃える音、天体観測機の音が聞こえるだけだった。

 それでも、三人の妖精が真剣な表情のままだったから、わたしも静かにじっとしていた。


 すると、もう一度、遠くから赤ちゃんの泣き声が聞こえた気がした。

 はっとしたように、私が妖精たちを見ると、彼らも固まったままだ。

「ね、ねえ、聞こえた?」

 妖精たちはこくこく、と頷いた。

「赤ちゃんの声みたいだったよね……まさか、魔物が赤ちゃんの泣き真似をしておびき寄せたりすることってある?」

 妖精たちは困ったような顔をして考え込んでいた。何とも言えないようだ。


「ここまで声が聞こえるのは変だけど……本当の赤ちゃんだったら、早く助けてあげないと、凍え死んでしまうよね。それに、森には熊や狼がいるかもしれないし……」

 サン・マンから「冬至の夜は外へ出てはいけない」とは言われていないが、「誰も外へは出ない」と聞いているだけに、一人で出て行って良いのか迷った。

 しかし、自分が流星群の夜に、ヴェガとシリウスに拾ってもらったからこそ、こうやって無事だったことを思うと、似たような状況にあるかもしれない赤ちゃんを見捨ててしまうことはできなかった。


「シルキー、わたし、赤ちゃんを探してくる」

 わたしの言葉に、レプラコーンとグレムリンは驚いたような顔をしたが、シルキーはわたしがそう言い出すと思っていたのか、頷いてどこかへ出て行った。

 わたしも自分の部屋へ戻り、一番温かいセーターと手袋、靴下をはいて、上から星読みのローブを羽織った。それから道案内のための毛糸を持って観測部屋に戻ると、シルキーが色々なものを準備して待っていた。


 まずは、毛糸の耳当てのついた帽子。それから熱いお茶を入れたポットとカイロの入ったポーチ。バウンドケーキを三切れ。袋一杯の柊とツタ。最後に赤い実のついた柊の小枝を頭の帽子とローブにピンでつけてくれた。魔除けの代わりかな?

 星の寝床を出ると、玄関の扉に毛糸の先を結びつけて、自分の後を転がるように言いつけた。


 森の中はとても静かで、時折枝から雪が落ちる音と、わたしが雪を踏みしめる音くらいしかしない。

 無闇に歩いても危ないだけなので、まずはもう一度、赤ちゃんの泣き声がしないかと耳を澄ました。

「うみゃー……」

 遠くから弱々しい声がする。朝、サン・マンと冬至の準備で歩いた方角とほぼ同じだ。

「あっちだね」

 わたしは、こんな時にヴェガがいればなあ、と思いながら声のした方へと歩き出した。


 しばらく歩くと、ふぁさっ、という羽ばたきのような音がした。

 見上げると、そこには真っ白なフクロウがいた。


「フクロウさん?」

 一瞬、誰かの郵便かと思ったが、そうではないようだ。フクロウは夜の狩人だ。

 まさか、わたしを狙っているのかな?

 じっと、フクロウを見つめていると、くるっと顔を回して「ホッホウ」と鳴いた。

 そして、少し先の枝へと飛んだ。


 ……まるで夢の中のミソサザイのようだ。


 もしかしたら、このシロフクロウが道案内をしてくれるかもしれない。

 勝手に期待をして間違ってはいけないが、何だかこのシロフクロウは信じられる気がした。

 雪道を歩くことに慣れていないので、半分転がりかけながら、一生懸命シロフクロウの後をついて森の中を歩いていると、赤ちゃんの声がまた聞こえた。

 ……やっぱり、こっちで合ってる!

 もうすぐだから頑張れ、と心の中で赤ちゃんにエールを送りながら道を進んだ。


 すると、森の中に小さな空き地があった。少し小高くなっているようだ。

 五メートル四方程度だが、ぽっかりと木がなく、しかも月が丁度、真上に昇ったため、白い雪が積もった地面がとても明るく見える場所だった。

 その真ん中に、大きな切り株があり、根元は太い根が半分盛り上がったようになっていた。

 その根っこのところから声がした。

 慌てて駆け寄ってみると、そこだけ苔がフカフカになった場所があり、枯れ葉で囲まれている。

 これか、と思って枯れ葉の中をのぞくと、そこには……なんと、猫がいた。

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