61.冬至の朝
サン・マンのところで冬至の朝を迎えるのは初めてだ。
これまでは、冬至の夜から星の寝床に来ていたので、初めて一緒に冬至の準備をする。
サン・マン曰く、妖精たちがいるから大したことはないんだって。それでもこの時期は観測時間が長いというのもあるが、夜が明ける前に朝食を終えて、ユール・ログと呼ばれる特別な薪と柊とツタとヤドリギを準備する必要があると言う。
サン・マンが自分でやるって言っていたんだけど、一緒にやってみたがったのはわたしだ。
北の極では、こんなちゃんとした冬至の準備はしないからね。
薪は、レプラコーンが準備しておいてくれている。冬至の朝になったら、昨年の薪の残りを焚き付け代わりにしてゆっくりと燃やし、年明けまでは決して火を絶やさないようにする。普通の家は、聖夜の前夜から十二夜まで燃やすらしいが、星の寝床では冬至から年明けまで燃やすそうだ。この行事のために、毎年大ぶりなオークの根っこをいくつも乾燥させておくんだって。
火の世話がなかなか大変そうだが、ここではシルキーがいるから大丈夫。確かに、妖精たちのお陰で楽ができているなあ。
薪の準備ができたら、サン・マンと一緒に森へ柊とツタとヤドリギを取りに行った。
ザクザクと雪を踏みながら、誰もいない森の中を二人で歩いていると、サン・マンがじっとわたしを見ている。
「どうしたの?」
「いいや。アウローラは何か感じたりしないか?」
「寒い」
「いや、そういうことじゃないんだけどさ。まあ、いいや」
そう言って、サン・マンは雪道を踏みしめて、アウローラが歩きやすいようにしてやった。
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この日、初めてアウローラと一緒に冬至の森に入ったサン・マンは、心の中でとても驚いていた。
アウローラは気付いていないようだが、その周囲にはたくさんの妖精が集まっている。まだ、妖精の姿を取る前の弱いものまでが、淡い光のようになってふわふわと森からアウローラの方に寄ってきているようなのだ。
……アウローラ本人には見えてないのか?
サン・マンは注意深くアウローラを観察していたが、やはり何も見えていないようだ。
しかし、その時アウローラが「ねえ、サン・マン。朝日が雪に反射してキラキラしているね」と言ったので、アウローラにも何らかの光が見えているのかもしれないと思った。
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森の中は、空気が澄んでいて、朝日も眩しい。
冬至だというので、もっと薄暗い朝になるのかと思ったが、思ったよりも明るい。これなら森の中でも迷ったりしなさそうだ。
それでも、サン・マンが「奥まで行って、何かに迷わされるといけないから」と言うので、なるべく近い森のところで、ツヤツヤした柊と赤い実やツタをカゴ一杯に採り、ヤドリギは風魔法で高い枝からいくつか切り落とすと、早々に星の寝床へ戻ることにした。
「寒かった!」
一緒に行くと言ったのはわたしだが、あまりの寒さに部屋に戻ってからしばらくは暖炉の前から離れられなかった。それを見たシルキーが、ホットミルクにほんのちょっとウィスキーを垂らしたものを持ってきてくれた。
うまー!
その間も、サン・マンは妖精たちに言いつけて、柊とヤドリギを玄関だけでなく、全ての窓辺や暖炉に飾り付け、最後に酒蔵から秘蔵のお酒を十二本出してくると、一本ずつに柊とヤドリギで飾り付けをして、大事に木箱へ詰めた。
「そのお酒はどうするの? ここのお酒は特別な時しか使わないって聞いてたけど」
「これは、妖精郷への手土産」
「そうなの?」
「ああ。これだけの品質のお酒は、あちらでもなかなか入手できないらしい。毎年持っていかないと、機嫌が悪くなるから、欠かせないのさ」
「すごい。妖精のお墨付き」
「ああ。うちにいるクルラホーンは、あちらでも有名だよ」
「なんでそんなにすごいクルラホーンが、星の寝床でお酒を作ってるの?」
「大昔の契約だって聞いてるけどな」
サン・マンは、軽口を叩きながらも、手は止めずにどんどんと荷物を詰めていった。
「じゃあ、支度もできたし、そろそろ行ってくるよ。年越し前には戻るよ。ただ、あっちにいると時間の感覚がズレることがあるから、何日に戻るとは言えないんだ」
「わかった。大丈夫。でも、いつまで待っていればいい? 万一、戻ってこなかったら、どのあたりで、マスターに相談すればいいのかだけ決めてもいいかな」
そう、わたしも学習するのだ。ジェロームが失踪したり、ガニメデが予定通りに戻ってこなかったり、アクシデントはいつ、どこで発生するのか誰にもわからない。
「そうだな。聖夜には戻るつもりだから、もし二十五日になっても戻らなかったら、マスターに連絡してみてくれ。何があっても年越しには戻るつもりだけどな」
「トラブルがあっても?」
「ああ。トラブルがあっても。絶対だ」
サン・マンの表情があまりに真剣だったから、逆に不思議だった。
年を越えたらマズイことでもあるのかな?
サン・マンが、お土産のお酒以外にも、シルキーが焼いたお菓子(ブランデーがたっぷり使われている)や、レプラコーンが作った最新のサンダル(妖精女王のお気に入りの靴デザイナーでもあるそうだ)、ついでにわたしが最近作った花の香りがする魔法陣刺繍つきのハンカチ(これは妖精好みだからお土産にしたいとお願いされていた)を収納魔法がかかったバッグに詰め込み、「後はよろしく」と出かけていってしまった。
窓から、遠くの丘へと向かうサン・マンをじっと見ていたが、雪は止んだものの、スノウダストのようにキラキラしたものが舞い上がり、視界が眩しくなったと思ったら、すぐに姿が見えなくなってしまった。
そろそろ寝ないと、せっかく夜型に戻したのに、夜起きられなくなってしまう。
わたしは、後片付けをシルキーに任せると、自分の部屋へ戻った。
お風呂に入って温まり、髪の毛を風魔法で乾かしてしまうと、すぐに羽布団にくるまり灯りを消した。
寒くないように、暖炉で部屋を暖めるだけでなく、シルキーがいつも湯たんぽをベッドにいれてくれているから、今日も布団がぬくぬくだ。
この部屋の窓はとても小さいので、それほど眩しくないだろうと、カーテンを開けて外を眺めながら眠ることにした。まだ、森の中を歩いた高揚感が残っていたのかもしれない。
窓からは星の寝床の周囲に植わっているブナやカシの木が見えた。そこには、ミソサザイらしき鳥がとまっていて、じっとこちらの窓を見えている。嘴には、何か赤い実をくわえているようだ。
「魔除けの実をくわえているなんて、守り神みたい。ミソサザイさんは寒くないのかな」
ベッドの温かさで眠気が襲ってきたわたしは、そのままミソサザイを見ながら眠ってしまった。
夢の中でわたしは、ミソサザイになっている。
枝に止まって、窓の中で眠るわたしを眺めているようだ。
すると、雪の森の中から、小さな鳴き声が聞こえた。か細い赤ちゃんの声のようだ。
わたしは、記憶にはないはずの、自分が北の極に捨てられていたという夜を思い出した。
わたしの鳴き声に気付いてくれたのは、ヴェガとシリウスだったのだろうか。
ミソサザイのわたしは、枝から枝へとぴょん、ぴょん、と渡りながら、その声が聞こえる方角を探した。
朝、サン・マンと歩いた森のもっと奥の方だろうか。
鳴き声は近くなったかと思うと、北風でかき消される。
そして、段々、声が弱々しくなってきた。
わたしは焦ったが、雪の中、違う方向へ行ってしまったら、声を拾えなくなりそうで、慎重に見極めながら向かうしかない。
待ってて、頑張って。
心の中で、そう声を掛けながら、わたしは進んだ。
すると、遠くに赤い実が落ちているのが見えた。
強い風が吹き、雪が舞い上がって視界が真っ白になった。
はっと、目が覚めたら、そこはベッドの中だった。
窓から外を見ると、冬の夕方はもう薄暗く、夕日の温かいオレンジ色は見えない。灰色の窓の外の枝には、もうミソサザイもいなかった。
時計を見ると、夕方の四時だ。
「変な夢だった」
起き上がりながら、もう一度夢を反芻する。
……まさか、本当に赤ちゃんが捨てられているってことはないよね?
絶海の庵にいた時も、わたしは自分がガニメデに乗り移ったような夢を見た。ミソサザイがわたしに何かを伝えようとしていたということはないだろうが、誰かの強い思いが漂っていて、あんな夢を見てしまったのではないかと考えてしまった。
しかし、夢を見たからといって、勘だけで赤ちゃんを探しに夕方の森へ入るわけにもいかない。それも冬至の夜だ。
そっとベッドから出ると、手早く顔を洗い、温かい洋服に着替えて観測部屋へと上がった。




