56.休暇だ!
「はい、そこまで」
ゴンザレス先生の声で、手元の答案用紙が一気に回収された。
精一杯やり切った生徒たちの顔は全員笑顔だ。
「これで学期末試験は全て終了です。お疲れ様。結果は、明後日の終業式に渡しますからね。明日はお休みです。休暇で帰省する人は、忘れ物をしないように。ご承知の通り、忘れ物があったとしても、学院の転移陣は、決められた日にしか動きません。
基本的には学年別に学院に戻る日が決められていますが、都合上、それ以外の日に戻る場合は、必ず帰省前に私に届けを出してください。では、これで終わります」
「ああ、やっと終わったな。アウローラ嬢には全く問題なかっただろう?」
ジャスティンがペンをしまいながら声を掛けてきた。
「そんなことない。歴史と地理は、どれが世の中の『正史』なのかわかってなかったから、もう一度整理しなきゃいけなかったし」
「はは。流石は星読みだな。『正史』の意味が違う」
わたしは苦笑いをした。
そう、歴史と地理は、結構大変だったのだ。
微妙に違うんだよね、わたしが知っている事実と。というか、わたしの歴史の知識は、星読みの塔にある書物からと、マスターやジェロームから聞いた昔話が中心で、これがどちらも若干主観的なせいか、あるいは当時の状況や生々しい背景を聞いてしまったためか、「正史」を習っても嘘くさいと思うことがある。
「○○将軍が奇襲をかけて大勝利したって言われてるが、あれは将軍が道に迷って偶然敵の裏側に出たんだよ。あの人は、頭に血が上ると、一人でどんどん馬を駆けさせて行くもんだから、本当に迷惑だったんだよなあ。どこにいるのかわかるように、魔石で追跡できるようにしてくれって頼まれてたんだ。それを見ながら副将軍が陣形整えてたから勝てたな、あれは」
とか聞いちゃうとね……
最初のうちは、先生に質問したり確認していたが、途中で「アウローラさん、ちょっとその説については、後ほど研究室でもうちょっと聞かせてください」と、真顔で先生に言われ、論文作成を手伝わされそうになったため止めた。
生き字引みたいな人たちから聞いたことを、勝手に話していいのかわからなかったし。帰省したら、そのあたりについてもすり合わせが必要だ。
「アウローラさん、帰省の準備は終わりまして?」
シルヴィアが嬉しそうに声を掛けてきた。その後ろには、ロザリンドもいる。
そう、あの後、シルヴィアはロザリンドをアイリス交流会に紹介し、二人で楽しそうに参加している。
最初のうちは、他のクラスメイトも少し驚いていたが、ロザリンドが実は気さくで親しみやすい性格だったということと、クラスの令嬢の中でも一番高位のシルヴィアが一緒にいることで、他の生徒たちも遠巻きにするのを止めた。お陰で、クラスの女生徒八人は仲良く助け合える関係だ。
「うん。あとは、身の回りのものを最後に入れるくらい。二人は?」
「私は、少々荷物が多かったので、すでに大きなものは先週のうちに転移陣で送っていただきましたわ。あとは手荷物くらいです」
そして、シルヴィアが「せっかく試験も終わったことですし、私の部屋でお茶会でもしませんこと?」と誘ってくれた。
シルヴィアの部屋に行くと、いつものように香り高い紅茶と、実家から時々送られてくるというお菓子があった。
「いつもお菓子をありがと」
わたしが大喜びでサブレに手を伸ばすと、「どうぞ召し上がれ」と紅茶を淹れてくれた。
「レッジーナ学院は勉強するには良いとことですけれど、実家から送ってもらわない限り、こういったお菓子などが手に入らないのが少し不便ですわね」
ロザリンドがわたしに続いてサブレを手に取りながら言った。
そうなのだ。勉強に必要なものは、学院から提供されるし、食事も全て準備されているから問題ないのだが、買い物をしたり好きに転移陣を使ったりできないので、こういった嗜好品は、定期便に合わせて外から送ってもらわないと手に入らない。
ロザリンドは、時々弟から手紙が届くそうだが、養父にあれこれ物を頼むのは「今後を考えると避けたい」ということで、何もお願いしなかったそうだ。今回、帰省する際に自分で準備して持ち込むつもりだと意気込んでいた。
わたしもジェロームにお願いすれば送ってもらえるとは思ったが、お茶だけはたっぷり持ち込んでいたし、カフェテリアに行けばお菓子もあるので、結局は何も頼まなかった。二度ほどお手紙を送ったくらいだ。
一通は、リュシエンヌにお願いされた魔法陣の問い合わせ。もう一通は、帰省にあたり、グランドセントラルステーションからジェロームがいるセントラルまでの転移陣の予約をお願いするものだ。「宰相閣下が手配したから大丈夫」という返事がきていたので安心だ。
ついでにいくつか質問も送ったけれど、それについては「回答が長くなるから、帰省したらにしよう」とあった。まあ、そうだよね。自分でも、回答を書くのはためらわれるような質問をしたと思っている。
「今回の帰省は、二人ともずっと領地にいるの?」
「私は、皇都にいることになるでしょうね。冬は、社交のシーズンで両親も皇都のタウンハウスに滞在しますから。時々、お茶会が開催されたりするでしょうから、学院の皆さまにお会いする機会はあると思いますわ。それに、年越しのパーティーがありますしね」
シルヴィアが楽しそうに言った。
「私は、一度領地に戻ることにしました。お義父様はこちらのタウンハウスにいるようにおっしゃったのですが、弟の様子を確認したかったので。弟も私に会いたがっていますし。でも、お義父様の知り合いに紹介する必要があるということで、早々に戻ってくることになりそうです」
ロザリンドは、この帰省で神殿派の状況を探りたいと言っていた。わたしとシルヴィアは、無理をしない方がいいと言ったが、ゴーリング伯爵の人脈を少しでも確認しておきたいらしい。
「アウローラさんは星読みの塔にお帰りになるのでしょう?」
「多分、そう。でも、もしかしたら、星の寝床に行くかも。例年この時期はそうだったから」
「『星の寝床』?」
「うん。西の最果ての島にある観測所。冬至から年越しにかけては、そこのお留守番をすることが多いの。担当者が休暇を取るから」
「まあ、せっかくのお休みなのにお仕事なのね」
「逆に、学院に通っているのがサバティカルみたいなものかも」
わたしの言葉に二人が笑った。
「年明けの新学期には、お土産を持って戻りますわ」
「私も、日持ちのしそうなコンポートや焼き菓子を作って持ち込むつもりなの。新学期になったらまたお茶会をしましょうね。お茶は、シルヴィア様にお任せしますわ」
ロザリンドが、シルヴィアの方を見て片目をつぶった。
実はシルヴィアはお茶に詳しく、アイリス交流会でも屈指のお茶マイスターなのだそうだ。本人は、「お母さまに比べたらまだまだ」とのことだが。
ドーセット家は、お茶の輸出入を手がける商会を経営しており、その目利きが必要とされるらしい。
「ええ、後期は定例発表会もありますし、珍しいお茶も準備しようと思ってますの。その前に試飲会もしますから、楽しみにしていてね」
お茶のお礼を言って部屋を出ると、何だか寮全体が浮かれているような感じがした。これが、皆が言っていた「試験の終わった開放感」なのか、とちょっと嬉しくなってスキップをして部屋へ戻った。
次が第三章の最終話になります。読んでくださっている皆さま、どうもありがとうございます。




