54.ちょっと想定外
「シルヴィア様、ちょっと相談があるんだけど」
後ろにもじもじしているロザリンドと一緒に、教室を出ようとしていたシルヴィアに声を掛けた。
振り返って、わたしの後ろにロザリンドがいるのを見て、少し眉を動かしたが、すぐに微笑んで、「もちろんですわ。せっかくですから、カフェテリアでお茶でも?」と言ってくれた。
カフェテリアで紅茶を頼み、三人で誰もいない外のテーブルに座った。
「アウローラさんからお誘いをいただくのは、初めてではないかしら」
そうだったかな、と思い返してみたが、確かにお友達を誘うタイミングがよくわからず、自分から声を掛けることはなかったかも。
「確かに。まだそれは修行中」
「うふふ。修行なのね。ところで、新聞部の方はどうなのかしら?」
「先輩に色々教えてもらっているところだけど、面白いよ。ちゃんと所属するつもり。シルヴィア様の方はどう?」
「委員会活動は、意外と忙しいですわね。後期には定例発表会がありますでしょう? その準備がもうすぐ始まるということで、クラス委員はそのまま実行委員も兼ねますから」
「定例発表会?」
「まだ話題に出ていませんものね。お身内に学院生がいなければ、ご存知ないかもしれません。毎年、後期になると学院生による研究発表会を開催します。来賓として、ディレクトラ大帝国の皇族や高官、研究所所長や魔法騎士団長がいらっしゃいます。あとは、人数制限はありますが、生徒の家族ですわね。特に高等部の生徒にとっては、卒業後の進路への大きなアピールチャンスということで、盛り上がります。多分、新聞部も忙しくなるのでは?」
「そんな催しがあるんだ」
「アイリス交流会も、お茶会会場の準備があるので結構大変ですわ。最上級生のセンスが問われますもの」
丁度良くアイリス交流会の話題が出たので、ロザリンドのことを相談することにした。
「あのね、実はアイリス交流会のことで、ロザリンド様から相談があるんだって」
「まあ。お茶会に参加されたいとか?」
そこで、自分で説明してね、とロザリンドの方を見た。
しばらく黙っていたが、思い切ったように、ロザリンドが話し始めた。
「シルヴィア様、もし宜しければ、私もアイリス交流会に入りたいと思っております。厚かましいとは思いましたが、交流会の方に口をきいていただけますでしょうか」
全く想像していなかったのか、一瞬間が空いたが、シルヴィアは快く了承してくれた。
「喜んで。どなたでも入れますから、わざわざ私を通していただかなくても大丈夫ですけれど、もしお知り合いがいないのであれば、私から交流会の会長をされているアリシア・バーナード様にお繋ぎしましょうか?」
「ありがとうございます! ええ、そうしていただけると助かります」
そこから、一緒に挨拶に行く日時を相談したり、交流会の様子を色々と教えてもらったりしていた。
シルヴィアは、いつものようにとても優しく、ロザリンドの質問にも快く答えてくれたばかりでなく、アイリス交流会のメンバーについて教えてくれたり、交流会以外の課外活動についても教えてくれた。
大方の話が済んだところで、シルヴィアが話しの流れを変えようと、ポットから全員のカップに新しい紅茶を注いだ。
「ところで、突然どうされたのですか? お話しされたくなければ聞きませんが、突然ロザリンド様とアウローラさんのお二人が連れ立って、アイリス交流会についてご相談だなんて」
確かに、それは聞きたくなるよね。
とはいえ、勝手に人のことは話せない。どこまで説明すべきか、と迷っていると、ロザリンドが一度俯いたと思うと、顔を上げて話し始めた。
「シルヴィア様。詳細は申し上げられませんが、私は自分が聖女候補だなんて恐れ多いと思っております。治癒魔法は多少使えますが、至って普通の人間です。勉強や魔法も、そして人となりとしてももっと優れた方がたくさんいます。でも、このままでは私に治癒魔法があるということだけを利用されてしまうかもしれません」
そこで、言葉を切ると、わたしの方を見た。
「先日、アウローラさんに、利用されたくないのであれば、どうしたいのかと問われました。まだどうしたら良いのかまだわかりませんが、少しでも自分の足で立ち、考えることができるようになりたいと思ったのです。そのためにも、アイリス交流会で皆さまから学べればと思っております」
「とても率直にお話しいただいてありがとう存じます。少々驚いてしまったほどですわ」
シルヴィアがそう言うのももっともだ。正直、わたしも驚いている。
「アウローラさんに『一緒に解決を考えて欲しいと思える人がいたら、相談しよう』と言われました。勝手に相談されたシルヴィア様にはご迷惑をおかけしているかと思いますが、今、私にはシルヴィア様よりも信頼できる方はおりません」
そこでわたしの方を見て、「アウローラさんは、別枠ですけれども」と笑って言った。
「私をそのように信頼していただいてありがとう存じます。どこまでお力になれるかはわかりませんが、この貴族の世界のことであれば、多少は道案内できます。困ったことがあれば、ご相談ください」
シルヴィアはそう言った後に少し黙ったかと思うと、そのまま言葉を続けた。
「自分の足で立ち、考えることができるようになりたい、というお言葉が響きました。ええ、そうですわね。レッジーナ学院にいる間は、私たちは自分で考え、判断し、学ぶことができるんですもの。完全な自由や自立はないでしょうけれど、それでも全てを家任せにしていたら、きっと後悔しますわ」
そう言ったシルヴィアの表情は、いつもと少し違った。
「一緒に、頑張りましょうね」
わたしたちはシルヴィアの言葉に大きく頷いた。
その後、図書館へ新聞を読みに行くというわたしに、シルヴィアが「本を借りようと思っておりましたのでご一緒しますわ」と言って、ついてきた。
図書館まで歩きながら、何となくシルヴィアが話したいことがあるのかな、と思った。先程の、いつもと違った表情が気に掛かったのだ。
「あのーもしかして何か話したいこと、ある?」
わたしが、恐る恐る切り出すと、シルヴィアが少し迷ったような顔をして立ち止まった。
「正直なところ、まだ迷っております」
「そう。じゃ、気が向いたら言ってくれればいいから」
なんだ、まだ話すつもりじゃなかったのか、とすっきりしてまた歩き始めたが、シルヴィアは足を止めたままだ。
「どしたの?」
「いえ、ちょっと」
と言って、笑い出した。
そのまま笑いが止まらないシルヴィアを、きょとんと見ていたら、ようやく収ったようだ。
「ごめんなさい。普通だと、そこで『気になることがあるなら、言ってしまった方がいい』みたいなことを言われるかなと思ったのですが、あまりにアウローラさんがあっさりされていたもので」
「あ、ごめんなさい。次回は、そうするね」
「いいえ、いいの。そうやって聞かれたからお話しした、という言い訳が欲しかっただけなのだとわかりましたので。では、お言葉に甘えて少しよろしいでしょうか」
「もちろん」
「では、よろしければ今夜、私のお部屋でお茶をご馳走させてくださいませ」
あらま。二日連続で、クラスメイトにお茶をご馳走になるとは。
夕食後、天体観測の準備だけすると、シルヴィアの部屋を訪問した。
「お邪魔します」
「どうぞ、お入りになって」
シルヴィアの部屋は広くて、リュシエンヌと同じように、ドアを入ってすぐの所が応接室になっている。リュシエンヌの部屋ほど装飾されてはいないが、すっきりとして機能的な感じに整えられていた。
「少し、お聞きしてもいいかしら」
「もちろん」
「差し支えない範囲で構いませんが、ロザリンド様とお話しされた中で、私やアレクサンドル殿下のことが話題に挙がりましたでしょうか」
「え? シルヴィア様のことは、アイリス交流会のことで相談しようという話をしたけど、アレクサンドル殿下のことは別に。なんで?」
「もしかして、ロザリンド様がアレクサンドル殿下のことをお慕いしていて、そのことについてのご相談もあったりはしないかと思いましたもので」
「ロザリンド様とアレクサンドル殿下? そんな噂あったの?」
びっくりしてしまった。アレクサンドル皇子は、もちろん女子生徒の人気四人組「フォースターズ」の一人だが、別に誰かが特別に……という話を聞いたことがない。というよりも、マドレーヌが力説しているように、一番相手として話題に挙がるのは、シルヴィア本人だ。
「シルヴィア様以外との話題なんて聞いたことないけど、わたしは貴族の社交界は疎いから。でも、ロザリンド様も、今は自分の聖女候補問題が一番気になっているみたいだから、それどころじゃなさそうだけど」
そこまで言って、シルヴィアの顔を見て思いついた。そうか、シルヴィアはいつも遠慮がちだったが、本当はアレクサンドル皇子のことが好きだったのか。
その気持ちを見せないように頑張っていたんだ。奥ゆかしいからね。
なんでロザリンドが出てきたのか、わたしにはわからないが、筆頭侯爵令嬢を押しのけるには、全く違う力学を使える「聖女候補」のロザリンドがライバルとして心配だったのかもしれない。そうなると、今回のロザリンドからの相談も、シルヴィアに近づいてチャンスを狙っているように見えるだろう。
わたしが、なるほど、そういう見方もあるな、と頷きながら考えているのをじっと見ていたシルヴィアが、思い詰めたような顔をして言った。
「アウローラさん、何か思い当たることがありまして?」
「ううん。でも、シルヴィア様が考えていることがわかった気がする」
「私の?」
「うん。シルヴィア様、実は無理をして隠していることがない? 大丈夫?」
「無理をして隠していること……」
「そう。別に、話してくれなくてもいいんだけど、何か言いたいことや聞きたいことがあれば言ってね」
わたしに、そんな恋愛話をされても、いいアドバイスができるわけではないが、話を聞くくらいならできる。
「ありがとう存じます」
そう言って、シルヴィアは迷ったようにしばらく黙った。
「では、もう一つ、お聞きしてもいいかしら」
「どうぞー」
気楽に聞けるように、わざと気の抜けたような返事をした。
少し微笑んだシルヴィアが、意を決したようにわたしに聞いた。
「アウローラさんは、実は異世界転生されたのではない?」
全く想定外の質問で、そのまま黙ってしまった。
「……そうだったのですね。やはり、この世界は物語の世界なんだわ。そうなると、私はやはり悪役令嬢……」
大きなため息をついたシルヴィアが、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
その肘がカップに触れたガチャン、という音でわたしも我に返った。
「異世界転生? 物語? 悪役令嬢?」




