52.星巡りの悪いクラスメイト-1
「アウローラさん、ちょっとこちらへ」
魔術実技の授業中、サーペント先生に呼ばれたので振り向くと、そこには相変わらずコントロールが上手くいかず、しょんぼりするロザリンドがいた。
「あなたが一番、魔法のコントロールが上手ですからね。ロザリンドさんの訓練を手伝ってほしいの。その間、私は他の生徒の指導をしてきますから」
「手伝うのはいいんですけど、わたしとロザリンド様は相性がちょっと」
「相性?」
「星回りがあまり良くないかな、と思うのですが」
サーペント先生は苦笑して「星回りが悪ければ、逆回転を掛けるくらいの根性がないとダメよ」と言い残して、他の生徒の指導へ行ってしまった。
「根性で逆回転。うーん、簡単に言うけど、輪が回っていたらもう止められないって言うのに」
わたしがブツブツ言うのを、ロザリンドは不思議そうに聞いていた。
「その、アウローラ様」
「あ、わたし平民だし、様はつけないでいいです。落ち着かないし」
わたしが慌てて言うと、くすり、と笑った。
「アウローラさん、以前は酷いことを言ってごめんなさい。せっかく止めてくれたのに、意地悪されたように言ってしまったわ。あの後、サーペント先生にどれだけ危ない状況だったのか、コンコンと説明されましたわ」
すまなそうにしているロザリンドは、いつもよりも親しみやすい感じだった。
「だいじょぶ。それよりも、わたしが近くにいると、魔法が暴発する確率が高いでしょ? だからあまり近くに寄らないようにしていたんだけど。わたしがいると、何か感じたりする?」
「いいえ。でも、お義父様からは『星読みには近寄るな』と言われていたわ。理由はわからないけれど。こんなことを言うのは失礼かもしれないけれど、星読みは私に不幸をもたらすと注意されていたの。でも、実際にアウローラさんを見ていたら、普通の女の子みたいだし……」
お家でそんな注意を受けていたのか。でも、確かにわたしが側にいると物が壊れたりしているのも事実だ。
「どうして物が壊れたり、魔力が暴発しそうになるのか、私にもわからないわ。ちょっと気持ち悪いと思っていたのが、正直なところだけれど」
ロザリンドも困惑していたそうだ。
「わたし、ロザリンド様の訓練のお手伝いをしてもいいんだけど、暴発しそうだから、周りに防御壁を張ってもいいかな?」
「防御壁?」
「そう。見えないかもしれないけど、周囲を囲っておくから、多少は暴発しても大丈夫だと思う」
わたしは風魔法の応用で防御壁を出すと、ロザリンドに一番危なくなさそうな水魔法を出すように言った。
「ゆっくり、ゆっくり水を出してみて。まずは水球一つでいいから」
ロザリンドが集中して指先から水球を出そうとしているが、コントロールが上手くいかずに途中で形を崩して落ちていく。わたしは無属性魔法の一つ、解析魔法を展開して、ロザリンドがどのように魔力を展開しているのか確認することにした。
この解析魔法は、マスターが使うのを見て覚えた魔法だ。しかし特殊魔法らしく、普通は専用の魔導具を使って解析するのが一般的らしい。魔導具制作が趣味のジェロームは、自作の解析魔導具であれこれ素材を解析しては、新たな魔導具を発明している。わたしが解析魔法を使えるようになったのを見て、「自分も習得したかった!」と、しばらくブツブツと羨ましがられた魔法だ。
人体を解析しても何か見えるというわけではないのだが、あまりに力が不均等に出ているので、何か変なものでもついていないのかな? と思ってしまったからだ。
解析魔法を使うと、人の魔力発動が見える。暴発するときや、無理に力を入れているときは特に見えやすい。さらに魔導具が異常を起こして漏れているときは、もっと見える。多分、不自然な魔力の流れとして、解析魔法が拾っているのだろう、とジェロームには言われた。
さて、解析魔法を使ってロザリンドを見ると、不思議な魔力の流れが出ていた。
水球を出そうとしている指先からは細い魔力が出ているのだが、二の腕あたりからと髪飾りからも不思議な流れが出ているのが見える。その二つが合流して、指先の魔力へと繋がることで、魔力の放出口が三倍くらいになっているのだ。
……あれは、魔導具?
魔導具を身につけてはいけないというわけではない。
実際、アレクサンドル皇子やシルヴィアといった高位貴族は、防御のための魔導具を常時身につけていると言っていた。しかし、大半の魔導具はパッシブと分類されるタイプで、常時発動ではなく、何らかの条件がトリガーで発動するものだ。
しかし、現在目の前で起きている現象を説明するには、アクティブタイプの魔導具でなければ説明がつかないが、この場でそれを指摘するのは難しい。
「どうかしら?」
ロザリンドがアウローラの方を見て、水球の出来を尋ねた。
「いつも右手で出している?」
「ええ」
「そうしたら一度消して、逆手から出してみて」
「? わかりましたわ」
ロザリンドは素直に従って、水球を地面に落として消すと、左手を前に伸ばし、そっと水球を出し始めた。
やはり、同じ現象が起きている。
……困ったな。
もしかしたら、魔力を増幅させているのかもしれない。
しかし、ロザリンドの様子だと、本人はわかっていない可能性も高い。
「ちょっとわかったかもしれないけど、もう少し条件を揃えて試したいから、今日の放課後にもう一度やってみてもいい?」
わたしが提案すると、ロザリンドはびっくりしたような顔をした。
「私は良いけれど、時間を取ってしまうのは申し訳ないわ」
「いいの。それほど時間はかからないと思う」
わたしたちは、放課後に小訓練場で待ち合わせをすることにした。
そしてその日の午後、わたしたちは小訓練場で向かい合っていた。
「あの、ロザリンド様。少し失礼なことを聞くかもしれないんだけど……」
「何かしら?」
「その髪飾りは、どうしたの?」
「これはお義父様が誕生日にくださったのよ。守護の術が込められているから、日中は決して取らないようにと言われているわ」
なるほど。そう言われたら毎日つけるだろう。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「? どうして?」
「それが多分、魔力コントロールを難しくしていると思う」
「なんですって!?」
ロザリンドが顔色を変えた。
「ごめんなさい。授業中に言ったら、まずいかな、と思ったから」
わたしはどう説明しようか迷った。ロザリンドを見ると、全く気付いていなかったようだ。
「えーとね、魔法を使おうとすると、不思議な魔力の流れが発生しているの。それが、その髪飾りともう一ヵ所、右の二の腕あたりから発生しているように見える。もしかして、二の腕にも何かつけてる?」
わたしの指摘にロザリンドが真っ青になった。
「…… 何か見えるの?」
「ううん。魔力の流れだけ。ただ、その辺りから何か出る感じがする」
わたしがロザリンドの二の腕をそっと指さすと、反射的にその部分を押さえるようにした。
「……ここにね、痣があるの」
「痣?」
「ええ。生まれつきのものなのだけれど、養子になった時に、伯爵令嬢に痣があるのはみっともないからって、痣を隠すバングルを作っていただいたわ。お義父様が気にされたので」
それだ、と思った。
「多分、その二つとも魔導具だと思う。それも魔力増幅型の。ねえ、治癒魔法が使えるのってどれくらい?」
「元々は、近所の子どもたちの擦り傷の治りを早くするくらいだったわ。でも、養子になって集中的に訓練をするようになったら、切り傷や打撲くらいだったら治せるようになったの」
わたしは、「あくまでも仮説だけど」として、ロザリンドに言った。
持っているのは治癒魔法かもしれないが、多分、かなり弱い力だということ。
しかし発動できるということは、魔力を増幅すればもう少し効果を上乗せできる。
そのため、ゴーリング伯爵が魔導具を使わせているのではないか。
自分の魔力ではないため、繊細なコントロールは慣れないと難しいが、治癒魔法のときは、自分の治癒魔法を強化するだけなので、特にコントロールは不要で問題なかった。
ロザリンドはショックを受けたように無言だった。
「……外してやってみる?」
わたしが恐る恐る言うと、ロザリンドは黙って髪飾りとバングルを外して、わたしに渡した。
魔導具を解析してみると、内側に魔石が埋まっているようだ。
魔導具から魔力が放出されないように、周囲に防御壁を巡らせると、ロザリンドに「水球を出してみて」と言った。
ロザリンドが指先から水球を出すと、直径十センチくらいの綺麗な水球が出てきた。
「そのままもう一つ」
ロザリンドは集中したまま水球を一つずつ出していった。
「できた……!」
本人は嬉しそうな、半分悲しそうな顔をしている。
「だいじょうぶ?」
「ええ……お義父様は、私が聖女として公認されることを期待しているの。それには、もっと強い治癒能力を示す必要があるから、その能力を伸ばしなさいっておっしゃっていたわ」
「どうして聖女として公認されないといけないの?」
「聖女であれば、より皇室に近づけるからじゃないかしら? 貴族であれば権力を求めるのは普通ですもの」
「ロザリンド様もそうしたいの?」
「私……? 私が養女になったのは、一緒に弟も引き取ってもらえたからなの」
ロザリンドによると、彼女の弟は虚弱ではあるが、頭が良いらしい。
しかし、実家はほとんど平民に近い男爵家。弟を良い学校に入れたくても難しい。
「そんな時に、私が手当をすると、子どもの傷の治りが早いという噂を聞いたお義父様が訪ねてきて、私と弟を引き取るという話になったのよ」
ロザリンドにとっては、自分よりも弟にとってのチャンスだったようだ。
「お義父様のお陰で、弟の体調も安定しているし、勉強もさせてもらえているわ。だから、私は期待に応えなければいけないの」
固い決意に見えたが、わたしにはかなり杜撰な計画に見えた。
「ねえ、とりあえずはごまかせたとしても、いつかは魔力の増幅をしていることはバレると思う。だって、わたしにわかるくらいなんだし」
「……いいえ。そんな簡単にわかるものではなかったのではないかしら。だって、これまでも神殿の偉い人の前で治癒魔法を使ったりしているのよ? それでも誰もわからなかったわ」
「そうなの?」
「ええ。皇室から派遣された人の前でも披露したし。多分、あなたが特殊なんじゃないかしら?」
それは考えたことがなかった。
確かに、解析魔法を使えるのはマスターとわたししか星読みの中にはいないが、世の中にはまだいると思う。実際、どれくらいいるものだかはわからないけれど。
もう一度、髪飾りとバングルを見てみた。
魔力を増幅するための石がついているが、その周囲は何か黒い石が細かくちりばめられている。
そういえば、これはどうやって魔力を充填しているんだろう?




