51.個人的なお茶会
ちょっと長めです。
「お招きいただき、ありがとうございます。よろしければ、こちらをどうぞ」
言われた時間にリュシエンヌの部屋をノックすると、ドアを開けたのは知らない女生徒だった。キョロキョロしていると、リュシエンヌが「どうぞお入りになって」と中から声を掛けてくれた。彼女は、テーブルのところでお茶を淹れている。
「失礼します」
そう言って、ドアを明けてくれた女生徒にお土産を渡すと、中に入った。
リュシエンヌの部屋はとても広く、ドアを開けたところは他の人を招けるような、応接間になっていた。
私室は奥にあるようだ。
「いらしていただいて嬉しいわ。今日はね、私のお友達をご紹介したかったのよ」
リュシエンヌがテーブルにいる女生徒二人と、先程ドアを開けてくれた女生徒を紹介してくれた。
ドアを開けてくれたのが、アリシア・バーナード、右手に座っているのがチェルシー・セインズベリーで、二人とも侯爵令嬢だ。わたしの記憶によると。
「そして、こちらがユキノ・アヤノコウジ様。ヒノモト王国からの留学生なのよ」
なんと、長く美しい黒髪に黒い切れ長の瞳をした女性は、ヒノモト王国の人だった! 初めてヒノモト王国の人に会った。色々聞いてみたい!
「は、初めまして。あの、ヒノモト王国の人と会うのは初めてです。わたし、ヒノモト新聞を愛読してます」
わたしが突然、新聞のことを言い出したせいで、みんなちょっとびっくりしちゃったよ。
普通は、そんな自己紹介しないよね。
「あらあら。流石は新聞部員さんだわね。ヒノモト新聞を読んでいるなんて」
ユキノが口元に手を当てて笑った。
「星読みの塔でもずっと読んでたんです。ヒノモト新聞のイトウ記者のコラムのファンです」
わたしの説明に、ユキノは驚いた顔をした。
「もしかして『黄昏奇譚』のことかしら」
「はい。レッジーナ学院で、ヒノモト王国の人と知り合いになれたら、文化について教えてもらいたいなって思ってたんです」
「嬉しいわ。ヒノモト王国については、こちらではまだまだ浸透していませんもの」
「アウローラさん、ユキノ様はね、ヒノモト王国の公家のお家柄なの。古いお家で、ヒノモト王国の古い儀式や伝統についてお詳しいのよ」
「次回は、私がヒノモト風のお茶会を開いて、アウローラさんをお招きするわね。おいしい玉露があるのよ。今年の新茶の中でも一番柔らかい葉だけを手もみしたもので、宮家の茶畑で特別に栽培から製茶までしたものですの」
「玉露!」
昔読んだ記事によると、ヒノモトでは、極上のお茶は砂金と同じくらいの価値があると書いてあった。その味は、滋味があり甘みと苦みが完璧な調和を見せるものだとか。
「ふわー……すごい」
「残念ながら今日は伝統的なディレクトラ大帝国風のお茶会ですわ。ただ、特別にこちらのお菓子を取り寄せてもらいましたの」
テーブルに並べられたのは、チョコレートがコーティングされた美味しそうなビスケットや、マドレーヌだった。
「美味しそうです」
「せっかくですから、アウローラさんがお持ちくださったのも開けていいかしら?」
「あ、でも食べ物じゃないんです。よくわからなかったので、塔からは、お茶類くらいしか食べ物は持ってこなかったの」
わたしが焦って説明すると、リュシエンヌは「まあ、それなのに何かお土産をご準備いただいて、逆に申し訳ないわ」と言いながら、包みを開けた。
わたしが持ってきたのは、小さな魔法陣だ。自分で刺繍して作った。
「あの、使うかどうかわからないけれど、もし、お部屋に何か羽虫が入ったりして、鬱陶しいことがあったら、この魔法陣に魔力を流してみてください。そうしたら、虫除けの香が一時間くらい香るようになっています」
「面白いわ。この魔法陣は、アウローラさんが作られたの?」
「星読みの塔にあった魔法陣を、コンパクトにしてみました。森の中に塔が建っているのに、どうして虫が入らないのかなって調べたら、このもっと大型の魔法陣が塔に刻まれているのがわかったので。常時展開しなければ、小さくできるし、携帯できるかな、と思って改良してみたものなんですけど」
「ありがとう存じます。使わせていただくわ」
「リュシエンヌ様、この魔法陣、騎士団の遠征に有効ではないでしょうか?」
じっと魔法陣を見ていたアリシアが言った。
リュシエンヌも刺繍の縫い目を辿りながら、確認するようにほんの少し魔力を流した。
「確かに、必要な魔力も少量だわ。ねえ、アウローラさん。こちらの魔法陣を、ディレクトラ大帝国に販売する気はないかしら? もちろん、魔法陣制作者として登録した上で、きちんと技術料がアウローラさんにお支払いされるようにします」
……あれ。なんか、全然違う方向に話が行っちゃった?
「えーと、一応マスターに相談してもいいですか? 元々は星読みの塔にあった魔法陣を使って小型化したものなので。ただ、ここからだとお手紙に時間がかかるから、しばらく待ってもらわないといけないんですけど」
「もちろんですわ。これは素晴らしいわ。騎士団の遠征先によっては、湿地帯へ向かうことがあります。その時に一番悩まされるのは虫なのよ。ねえ、アリシア様」
「ええ。私の兄も騎士団に所属しているのですが、虫除けには苦労していると聞いております。特に、南方遠征では、一度ひどい感染症が蔓延したことがありました」
「そうですわ。今でも虫除けの中心は、煙で燻すものなので、軍の荷物としても場所を取るのです。時には一帯を焼き払い延焼が出たりもします。でも、この魔法陣が使えれば、一人ずつこれを持つことで安全に予防的な対応も可能になるでしょう」
急に先輩四人で盛り上がりだしてしまった。これは、部屋に戻ったら、すぐにマスターへの手紙を出さないと。
「お手紙でしたら、寮母に私からカヴェンディッシュの特急便を使用して良いと伝えておきますから、渡す際に『カヴェンディッシュ専用便を使うように言われた』とお伝えになって」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
「いけないわ。つい、お土産で盛り上がってしまったわね。どうぞ、冷めないうちにお茶を召し上がって。
でも、アウローラさんは魔法陣の才能がありそうだわ。レッジーナ学院の魔法陣の教授は素晴らしい方が多いから、是非、選択授業でお取りになってみて。残念ながら、私はあまり開発の才能はないみたいで。発想力が足りないようなのよ。既存の魔法陣を制作するのは得意なんですけれど」
「あら、リュシエンヌ様の魔法陣制作能力の高さは尋常ではないですわ。ねえ、ユキノ様、そう思われません?」
「ええ。魔力と集中力と、正確さではどなたにも負けないわ。わたしは、魔術関係の才能はないから、十分羨ましいですわ」
ユキノが苦笑しながら肩をすくめた。
「ユキノ様には、他にはない才能がおありになるでしょう?」
「そうそう。ユキノ様の占いは、とてもよく当たると評判ですもの」
「私のは、ほんのお遊びですのよ。ただ、私の家は元々巫女の家系ですから、巫女として選ばれた者が精進潔斎して祈ることで、ご神託を賜ることがあります。占いとは本来違うものですの」
ヒノモトの巫女については、本で読んだことがある。ディレクトラ大帝国とはまた違うスキルのようだ、と記憶している。
「アウローラさん、それでね、今年になってユキノ様に本国からご連絡があったそうですの。何やらご神託が降ったという」
リュシエンヌが話し始めた。果たして、このまま聞いていて良い話なんだろうか?
「ご神託は、とても抽象的で読み解くことが難しいものから、明快なものまであるそうです。ね、ユキノ様?」
「ええ。此度のご神託は、わかりやすいようなそうでないようなものでした」
ちょっと戸惑った。どうしてこんな重要そうな話をわたしにするんだろう?
「あの、それ、わたしが聞いていい話なんでしょうか?」
「ほほほ。本国からは、私の判断に任せると言われております。ご神託は一言、『星を辿れ』とのことでした。その直後に星読みの新入生が入るということがわかったのです」
なるほど。それで、わたしにお声がかかったということか。
リュシエンヌが真剣な顔をして言った。
「アウローラさん、今はまだ何も起きておりません。しかし、平穏というものは、何もせずに守れるものではないのです。これまでもそうでしたし、これからもです。もし、何か困ったことが起きたら、遠慮せずに私たちに相談してください」
「心配されているのは、聖女問題ですか?」
「……考えの浅い、欲深い者が動いているだけであれば良いのですが、その裏にはもっと根深いものがあるかもしれません。羽虫のような小者は、一網打尽にするのが早いでしょうが、それでは根本的な解決になりません。巻き添えになる益虫もいるかもしれません。私はそれを憂いています。そうならないようにするためには、先程の魔法陣のように、シンプルでありながら正確で精緻なものが必要なのです」
……これって、ロザリンド様のことを言っているのかな。それとも他のことかな。貴族の人って、直接的な言い方をしてくれないだけに、間違った解釈をしてしまいそうなのが怖い。
「あの、すみません。わたし、貴族的な言い回しに自信がないので、はっきり言ってもらった方がありがたいです。違っていたらすみませんが、わたしにロザリンド様のことを気に掛けるように言ってます? それともわたしに何か探ってほしいって言っているんですか?」
あまりに直接的に質問したせいか、四人とも固まってしまった。
「それから、誰かに言わないように、というのであれば、そう言ってください。星読みのお仕事をしているから、口外法度であればそれは必ず守ります。ただ、お仕事の依頼でもなく、あまり知らない人と会話をすることがなかったので、間違った解釈をして迷惑を掛けたくないです」
言いにくいことを、とりあえず一気に伝えてから、ごくごくっとお茶を飲んだ。少し冷めているが、美味しいお茶はそれでも十分香りがあって美味しいな。
すると、リュシエンヌが笑い出した。他の三人も顔を見合わせている。
「申し訳ありません。先日のお茶会が初めてだとおっしゃっていたアウローラさんに、突然こんな話をする私たちが非常識でしたわ。ええ。私たちが心配しているのは、ロザリンド様です」
「リュシエンヌ様、よろしいのですか?」
「チェルシー様、ディレクトラ大帝国において星読みとの信頼関係は疑いなきものです。アウローラさんは中等部に入学されたとはいえ、その五人のうちのお一人。このお茶会での会話は星読みとしての依頼ではないですが、私たちが礼儀を失して良いというわけではありません。アウローラさん、大変失礼しました」
リュシエンヌがそっと頭を下げたので、慌ててしまった。
「ここでは、生徒の一人としているので、気にしないでください。それに、そんな神託があったのであれば、教えてもらえて良かったです」
わたしが特に怒っているわけではないとわかり、リュシエンヌたちは少しほっとしたようだった。
「今回の聖女問題について、二年前より様々な調査がされていると聞いております。表面上は、ゴーリング伯爵家がこの機会を利用し、権力者に食い込もうとしているだけに見えますが、上層部はそれだけではないと見ているようなのです。今年の新入生に聖女候補がいるということがわかった直後に、ヒノモト王国から星の暗示が出た。さらに、そこにアウローラさんが現れた。これが意図されたものなのか、偶然なのかはわかりません。しかしながら、寮生を守る立場にある私としては、この細い線を無視すべきではないと考えました」
「『星を辿れ』」
「そうです。ですから、アウローラさんはご自分の思うとおりに動かれれば良いのです。ただし、もしも困ったことがありましたら、私たちが側にいることを覚えておいてください。ここは学院です。全てを一人で解決しようと思わずに、相談できる人がいる、ということを知っておいてもらいたかったのです」
リュシエンヌの表情は真剣で、わたしには頷くことしかできなかった。
その夜、いつもの天体観測をしながら、お茶会での話を振り返った。
占いをしてみるべきかとも思ったが、何を占っていいのかわからない。
何か起きているとしても、わからないまま占っても、間違った筋を追ってしまうだけだ。
「星を辿れ、か」
こういう時は、ルーティンをちゃんとやることが大事。慌てて聞いても、星は答えてくれない。
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観測日誌
天体観測結果:想定地域は東へ移動。想定現在地はディレクトラ大帝国外、北西地域。このまま東へ向かうと、ディレクトラ大帝国内へ入る。ディレクトラ大帝国北西部への進入は三日後の見込み。




