49.取材をしよう-1
「アウローラ、アポイントメントが取れたから、来週、アーサー・グロブナー教授のところへ聖女伝説についてご高説を聞きに行こう」
わたしが図書館で聖女伝説についての書籍を読んでいると、ジェイソンが嬉しそうにそう言った。
「グロブナー教授?」
「ああ。古文書研究で有名な教授だよ。専門研究大学院で教えているんだけどね、時々高等部で特別講義があるんだ。その時に、キャメロン様がお願いしてくれた。ああ、事前に教授の著書を読んでおいた方がいいな」
ジェイソンは、素早く検索すると、いくつかピックアップして呼び出した。
「『白の森に関する考察~三つの森の示すもの~』、『古代文明における精霊の役割』、『ロシュタルト風土記』、このあたりかな。アウローラは読んだことがあるかい?」
「ううん。『ロシュタルト風土記』も読んだ方がいいの?」
「ああ。ロシュタルト領は、古代文明の時代から黒の森に接していたと伝えられている。現在のロシュタルト辺境伯家が、その当時のロシュタルト家と同じかどうかはわからないが、言い伝えではそうなっているし、あそこには色んな伝説や古文書が残っているのさ」
「黒の森の魔王を倒した魔法騎士のこと?」
「ああ。ロシュタルト辺境伯家は、自らその子孫だとは言ってはいないけどね。グロブナー教授は、ロシュタルトに残る伝説を研究しているんだよ」
その夜、借りてきた本を早速読んでみた。
「白の森に関する考察~三つの森の示すもの~」は、非常に興味深い内容だった。
グロブナー教授の説によると、この大陸ではいくつかの文明が現れ、そして滅亡しているが、魔法の視点から分類すると、現代を含めて三つの時代に分かれるそうだ。現代文明以前を、一般的には古代文明とひとくくりにしているが、教授はその古代文明時代をさらに二つの時代に分けている。
最初が「精霊の時代」、次が「魔法の時代」、そして現代の「魔術の時代」だ。
精霊の時代は、ほとんど神話の時代とも言えるが、その後に他の大陸から違う民族がここに渡り、この大陸に元々いた精霊と魔法をよくした民族と共存していた時代が「魔法の時代」だ。
この頃、この大陸には白の森、緑の森、黒の森があり、黒の森を封じ込めたことで、精霊と魔法が衰退し、その時代は終焉を迎える。
聖女伝説が生まれた時代だ。
教授の説によると、魔法の時代と現代である魔術の時代には若干のギャップがあり、文明がほとんど滅んでしまうようなダメージを受けた。
そのため、当時の文明レベルがはっきりとは伝わっていないが、現代よりも高い水準を示す遺跡が所々から発見されているので、もしかしたら魔法により、現代よりも進んだ技術を持っていた可能性はあるとしている。
例えば本初子午線と呼ばれる、いわゆる時刻の基準となる子午線だ。とても不思議な丸い金属が一定の幅で正確に南北のライン状に埋められている場所があり、それが発見されて以来、そこを時刻の基準としての子午線と定められているが、いつ、誰がこのラインを引いたのかはわかっていない。
そして、ディレクトラ大帝国の北西部には、大昔の神殿の遺跡のようなものが残っている。これも、非常に高い技術で作られていたようだが、その周囲が水で覆われており、神聖な地とされているため、遺跡の全容はわかっていない。
グロブナー教授は、様々な遺跡を時代別に分類し、そこから白の森、緑の森、黒の森があった場所を特定しようとしていた。
黒の森については、現在の禁足地がそれに当たるが、昔はもっと広がっていたと考えられており、現在のロシュタルト辺境伯の領地の大半は、黒の森だったのではないかと推測されている。
その領域を推測するために、「ロシュタルト風土記」を分析している。
……ふうん。聖女伝説って、史実に基づいた部分が結構ありそうなんだね。
一度、ロシュタルト辺境伯家の領地を見てみたいと思った。そこには、大昔の黒の森との境界線と思われる結界の名残があるそうだ。
結界の技術は今でもあるが、古代文明時代に作られたもので、まだ機能が生きているものは、現代のものよりも優れていることが多い。
魔法を継続して込めていれば今でも使うことができるが、寿命なのか壊れてしまうと、現代の技術では修理できないらしい。この本にも、その結界石の図案が描かれていた。
魔導具制作が大好きなジェロームのところで、壊れた古代の結界石を見せてもらったことがある。ジェロームは、ディレクトラ大帝国から無期限で借りた、と言っていた。ジェロームが天体観測の合間にライフワークとして研究しているものの一つだ。
「魔術の理論では動かない」そうで、これまでに見たどの魔法陣とも違うらしい。
このグロブナー教授の本に描かれた結界石もとても似た文字で描かれた魔法陣がついている。この文字はヒッポルム語に似て非なる言語のため、「精霊語」と名付けて古文書研究者や、考古学者が解読に挑戦しているが、未だにわかっていない。
「精霊語かあ」
実は、アウローラも精霊語を解読しようと試みたことはある。星読みの塔には全くわからない文字で書かれた本もあり、その中の一つがこの精霊語で書かれたものだった。
部分的にヒッポルム語と似ていたので、推測しながら読もうとしたが全くわからなかった。
教授は、この精霊語は、ヒッポルム語よりも更に古く、この大陸固有の言語だったのではないか、と書いていた。より古い資料の残っていると思われる聖女が生まれ育ったと言われる白の森と緑の森のあった場所を特定することで、そこの遺跡から何らかの手がかりが発掘されるのではないか、ということだった。
この教授に何を聞こう。
初めて知ることばかりで、自分の勉強不足を痛感するばかりだ。
取材のための資料をまとめながら、ここはジェイソンの取材力に頼ろうと思ってしまった。
そしてアポイントメントの日。
ジェイソンと二人でグロブナー教授の研究室へお邪魔した。
「グロブナー教授、本日はお忙しいところありがとうございます」
「ありがとうございます」
まずはお礼を言うと、教授は「新聞部が来るとは珍しいな」と言った。
「すぐに記事になるわけではないのですが、今のうちに聖女伝説について理解を深めておきたいと思いました」
「ほほう。例の噂かな?」
「はい。教授は聖女伝説も含めて、『魔法の時代』について考古学的に実証しようとされています。その視点から、聖女伝説を、事実レベルとしてどのように見ていらっしゃいますか?」
「ははは。直球の質問だね。これは非常に繊細なテーマだ。宗教と考古学は、どうしても相容れないところがあるからね。私としても中途半端な発言をして、神殿の神経を逆なでしたくはないよ」
グロブナー教授は笑って言った。
「もちろんです。僕たちも、不用意な記事を書くつもりはありません。しかし、伝説を鵜呑みにすることで、世の中にパニックが発生する可能性がありますよね? それを防ぐために国は動いているのではないかと思います。僕たちとしても、冷静に判断するための情報は集めておくべきだと考えています」
「なるほど。では、まず君たちの意見から聞いてみようか。単に教わるだけでは、何も身につかないからね」
ジェイソンはそう言われることを予想していたようで、自分のノートを開いて話し始めた。
「聖女伝説を、史実に基づいたものとして読み解くことは昔からされていますが、肝心の聖女とは何者だったのか、というところが不明確です。黒の森を押さえ込んだ『黒の大戦』で活躍した聖女以外の三人は、王子、魔術師、騎士、と当時の王国の主要な人々だったことがわかりますが、聖女だけその出自が曖昧で、諸説となっています。神殿に所属していたのなら、神殿にもっと何らかの記述が残っていてもおかしくないのに、そうではない。もちろん、今の時代になってから神殿が喧伝している著書はいくらでもありますが。
では、聖女はどこから来たのか?
その点において、教授の解釈は興味深いです。ヒッポルム語を翻訳する際に『聖女』としたが、そこがそもそも間違いだったのではないか、とされていますよね? しかしそれであればその言葉が意味していたのは何だったのか? その点について教授は言及されていません。是非、その見解を伺いたいです」




