42.もっと濃いめ?
午後は、早速算術の授業だ。とりあえず試験で授業免除かどうかを決めることで、生徒達の時間割を確定させるようだ。
先生が何か呪文を唱えると、全員の前に試験問題が配付された。
「終了と言われるまでに解けるだけ解くように。では、始めてください」
かなりのボリュームがある。
最初の二枚は計算問題。次の二枚は図形問題だ。
そして、最後の一枚は証明問題だった。大問が二題だけ。これは大変だ。
まずは最初の二枚を仕上げ、検算もしてから、図形問題へ。
……苦手なんだよねー図形問題。
「図形問題はね、才能がない場合は、数をこなすことで勘を良くしていくことがスピードアップに必要」とジェロームに言われて叩き込まれた。
証明問題は得意というよりは、マスターのお手伝いで天体予測の計算しているうちに、得意にならざるを得なかったというべきか……色んな方向から証明しているうちに、ありとあらゆる証明問題を解いていた感じかも。
……しかし、この証明問題、結構ややこしいな。こんなの中等部でやるの? 証明書く紙が足りなくなりそう。
かきかきかきかきかきかきかきかき……・
「あと五分です」
……うわ、書き終わらないっ
「はい、そこまで」
先生の声が魔術のトリガーだったのか、解答用紙が一気に先生の机に集められた。
久しぶりに根詰めて書き物をして腕が怠い。焦って最後の方の文字が書き殴りになったくらいだ。
怠くなった腕を揉みながら、ふーと息をついて前を見ると、いつの間にかもう一人先生が増えていた。
真っ白い髪の毛を後ろで一つに束ねたお爺ちゃん先生だ。
自動添削された解答用紙をパッパッとめくってチェックしている。
そして、一枚の解答用紙を取り出すと、目をきらん、とさせて内容を読み始めた。
そして、急にわたしにロックオンした。
な、何だろう?!
ゴンザレス先生とごにょごにょと話すと、解答用紙の山を三つに分けてその先生は出て行ってしまった。
「はーい、それでは返却します。まず、一年次の授業免除の人」
先生が一番大きな山を生徒に向かって投げると、対象者の手元に飛んでいった。
「次は、二年次も授業免除の人ね」
今度はかなり少ない枚数が飛んでいった。見ると、先程シルヴィアが言っていた「将来を嘱望されている」アレクサンドル皇子、リカルド、ジャスティン、シンカー、それにシルヴィアとアレクサンドルの側についているランセルが受け取ったようだ。ふむ。このあたりがこの学年の中心メンバーだね、きっと。
「今年は皆さん、授業免除のレベルには達していたようですが、部分的に苦手なものがありそうな人がいました。最初の一カ月だけ補講授業を実施しますので、次の方はそちらに参加してください」
五人くらいが対象だったようだ。嫌そうな顔をしている。
あれ、わたしの分は?
先生の手元に答案用紙が戻ってこない。
わたしの視線に気付いたゴンザレス先生は苦笑いしながら言った。
「アウローラさんは、高等部も免除で良いそうです。あなた、あの証明問題まで解いたのね。あれは専門研究大学院の入試問題よ」
生徒たちから驚きの声が挙った。
わたしもびっくりだけど、道理で難しかった! なんでそんなのを出すんだと言いたい。
「アウローラさんは、先程いらした数理専門研究室のスコット・タンブレイン教授が是非、個別にお話したいとのことよ。良ければ研究室に寄ってね」
「いえ、結構です……そちらの専門に進むつもりはないので……」
とりあえず算術の授業が免除になって良かった。そんなに算術が好きなわけじゃないから、他のことにこの時間を使えるのはありがたい。
ちょっとクラスメイトの視線が痛いけど。
算術の後は語学だ。
ヒッポルム語を学ぶにあたり、やはり最初は実力確認のためのテストだった。
今回は、特に変な問題はない。普通に単語のテストや文法、読解力を問うものだ。
……よし、これなら大丈夫。全問解けても目立つまい。
星読みの研究所はヒッポルム語で書かれたものも結構あるため、日常的に接している言語ではある。
というよりも、多分、ヒッポルム語は大昔の銀河系共通言語に近かったのではないかと思われるのだ。その後、文明が何回か滅亡しているから、現在の言語はお互い通じないことが多いと、銀河系星読み学会に出席した時の話としてジェロームから聞いたことがある。
そのため、古い魔法書は当時の共通言語だったヒッポルム語で書かれたものが多いんじゃないかな。当時の最先端ユニバーサル言語。
どこにもそんな史実は残っていないので、とりあえず「ヒッポルム語は古代魔法や魔術を学ぶのには必須言語」ということになっている。
それ以外にも、古代の重要な記録文なんかには、この言葉が使われていることが多い。今では使われていないのが不思議なくらい、学問には必須の言語なのだった。
「はい、そこまで」
これもやはり先生の手元に解答用紙が集められ、自動添削されていった。
「一応、ヒッポルム文字は全員大丈夫そうね。では、教科書を配ります。廊下側一番後ろの人から、一段落ずつ読んで訳してね」
手元に飛んできた教科書には「ヒッポルム語 初級」と書かれていた。
「□+%~▲……」
思わず吹き出しそうになって口を塞いだ。
……うわーまさか童話「大きなヤギさんと小さなヤギさん」をヒッポルム語で翻訳するとは……
違和感が半端ない。普段は魔術や占星術の専門書でしか見ないので、「疾く走れ風よ、蒼き陰の下、甦りの鐘は哀愁の音を響かせ、命運は定まりぬ」みたいな美々しい呪文か、あるいは学術論文みたいなものしか読んだことがなかった。よくみんな平気な顔して聞いているなあ。
思わずそっと周囲を見たが、特に驚いている生徒はいない。
ヒッポルム語の専門書を使うことが少ないから、変だとは感じないのかな?
……あ、一人いた。
魔術を極めたいと言っていたシンカーだ。多分、自宅に魔法書とかあるから違和感があるのだろう。眉間にしわが寄って、口がへの字になっている。わかるなあ、その気持ち。
……いけない、目があった。
すぐに前を向いて、教科書に集中した。こういう時、どういう反応していいのかわからないのが困る。
そして、その後、シンカーがよく通る声でハキハキとヒッポルム語で「山の中で子ウサギと出会った小さなヤギさんは、嬉しそうにメエメエと鳴きました」と音読するのを聞いた時には、笑いを堪えるので精一杯だった。
その後で、自分が「どんぐりがコロコロと転がるのを、大きなヤギさんも、小さなヤギさんも、子ウサギさんも、モモンガさんも、野ねずみさんも、そしておじいさんとおばあさんとお父さんとお母さんと男の子と女の子も、みんな慌てて追いかけました」と読まなければいけなくて辛かった……なんでこれがわざわざヒッポルム語なんだ……ナゾだ。
ずっと後になって、シンカーに教えてもらったところ、この童話は世界中で有名なので、ほとんどの子どもが知っている話だということと、動物や植物がたくさん出てくるので、ヒッポルム語で動植物の名前を覚えられるため、伝統的に初級本の最初に入っているとのことだった。
なお、ディレクトラ大帝国ではどの外国語でもこの童話から語学学習をスタートするそうだ。
確かに理にかなっている、と感心してしまった。でもヒッポルム語とは内容がマッチしないけどね。
何とか授業を終え、ぐったり疲れたわたしは、夕食まで自室でぐてーっとしてから食堂へ向かった。
本当は図書館へ行きたかったのだけれど、明日にしよう。
……ふうう。とっても濃い一日だったなあ。
夕食も終わり、自分ひとりの部屋に戻ると、やはり落ち着く。部屋には簡易コンロがついており、お湯を沸かしてお茶くらいは淹れられるようになっている。まずは一息いれようとハーブティーを淹れて、今夜の天体観測をすることにした。
一体レッジーナ学院はどこにあるのか? まずはこのナゾから解明しなければ。
「さーて。今夜こそこの場所を教えてもらいますよー」
一人で気合いを入れながら観測を始めた。
「あれあれあれ……?」
もう一度測り直そう。
「どゆこと?」
何度測り直しても、やはりここはディレクトラ大帝国ではない。さらに、昨日よりも南にずれている。
「うーん……」
腕組みをして、昨夜と今日の天体図を並べて考え込んだ。
レッジーナ学院が、ディレクトラ大帝国の外にあるのは間違いないようだ。しかし、それだけではない。
この観測結果から素直に判断すると、「レッジーナ学院は移動する学校」ということになる。
しかし、こんな広い敷地が必要な施設を、ぴょんぴょんと移動させるだけの場所があるはずない。
「まさか、空飛ぶ学院……?」
自分の思いつきに笑ってしまったが、それしか考えられないな、と思い直した。
これまで天空にこんな大きなものが浮いていたのを見たことはないが、何らかの魔術で存在を隠蔽されていれば、陸続きではないことにより安全度は高まる。
それに、星図を読んで今の場所がわかったとしても、常に移動しているとなると、星図にあまり意味はない。
転移陣でしか学院に入れないのも頷けた。
「うひゃー、凄いな、大帝国」
これは、どう移動しているのか、どんなスピードで移動しているのかを調べたい。できれば動力とか舵がどうなっているのかも知りたいなあ。教えてくれないだろうけど。学院長に会うことがあったら聞いてみたい。うん。
あ、でも、そんなことはすでにこれまでの星読みの先輩たちがやっちゃっているんだろうなー
ふと、本棚に残された資料が目に入った。
「ここにヒントがあるかもね」
でも、自分でも調べてみたい。よし、これも定期観測の一つに組み込もう。
……濃い一日の後の天体観測は、心が落ち着くなあ。
またナゾが増えたとも言えるが、それでも日中のあれやこれやよりは、ずっと心安まるナゾだった。




