41.お友達?
「あ、はい。ただお作法とか言葉遣いとか自信ないですけど、いいですか?」
「もちろんですわ」
シルヴィアは他の女生徒にも声を掛けられていたが、「また後ほど」とやんわりと断り、わたしを連れてカフェテリアの外にあるテーブルへと向かった。
「ごめんなさい、突然話しかけて」
「いえいえ。全く知り合いもいないので、嬉しいです」
これは本当だ。最初のランチがシルヴィアだったのはちょっと高位貴族すぎて緊張するが、どうやってクラスメイトとお友達になればいいのかわからなかったので、声を掛けてもらえたのはありがたかった。
「改めまして、シルヴィア・ドーセットですわ。あまり身分のことを言うのは何ですけれども、我が家は侯爵家で、海沿いにドーセット領はありますの」
「ドーセット……あ、ディレクトラ大帝国の外相をやっているお家ですか?」
「よく、ご存知ですわね」
「ちょっとお仕事関係で」
星読みの詳細は明かせないからね。以前、ジェロームがディレクトラ大帝国の星読みを請け負った時に、その対策結果報告書を整理した記憶がある。確か、その報告書の大部分をドーセット外相が書いていた。
「お仕事……先程ゴンザレス先生がおっしゃっていましたが、アウローラさんはすでに星読みとして働いていらっしゃるとか。素晴らしいわ」
「あ、いえいえ。まだまだなの。マスターや姉兄弟子たちのお手伝い要員なので。ここでは正式登録されているとはいえ、星間レベルでの正式登録は次の学会開催まで待たないといけないから、兄弟子には半人前って呼ばれてます」
そうなのだ。この星レベルであれば十八年前に正式に星読み登録されたのだが、そのまた上のレベルでの認定は、銀河系星読み学会に論文を提出の上、査読を通って掲載された後に学会での発表が必須となっている。
この学会が百年に一回の開催なので、次の開催までまだまだ時間があるのだ。論文のテーマ探しからしなければならないし、最近の論文を見ても、新しい星読み理論や、星の運行計算式の研究など、かなりレベルが高いので、次の学会までに書き上がるかどうかもわからない。まあ、長い人生の中でじっくり取り組みたい。
「星読みとして国家認定されているのは、現在たった五名と聞いていますわ。それに入学試験もトップだったなんて。アレクサンドル殿下やリカルド様、ジャスティン様、シンカー様といった将来を嘱望される方々を押さえてのトップだなんて素晴らしいわ。私も恥ずかしくないようにしっかり頑張らないといけませんわね」
褒められて嬉しいが、謙遜しておくべきだろう。うん。
「ありがとうございます。でも、さっき言ったようにわたし、見た目はともかく九十八歳なので、皆さんよりも勉強だけなら長い時間していると思う。それよりも、ほとんど星読みの塔でマスターと二人きりで暮らしてきたので、こんな大勢の中でちゃんとやっていけるかどうかが心配」
「まあ、そうなんですね。ご安心なさって。何かわからないことがあれば、いつでもご相談いただいていいのよ。私、入学式でアウローラさんを見かけてから、お友達になりたいと思っていましたの」
……そうなんだ? あの視線はそういう意味??
「あ、ありがとうございます。でも、どうして?」
「せっかくレッジーナ学院に入ったのですもの。これまで仲良くしていただいた皆様とももちろんお付き合いさせていただきますけれども、ディレクトラ大帝国貴族以外の方々ともお知り合いになりたいと思って。
基本的にクラスメイトのほとんどの方は知り合いですのよ。ほら、アレクサンドル殿下と同い年でしょう? 同い年の伯爵家以上の子どもは、王宮のお茶会に定期的に呼ばれて、顔なじみになるの。アレクサンドル殿下の側近を選ぶ機会になったりしていますわ。子爵家の方も、年に数回は会う機会がありますし」
そこが婚約者選びの機会にもなっているんだろうな。
シルヴィア様は優しそうだし、平民でも気にしてないみたいだし、お友達になれるのは嬉しいかも。あ、よく考えると、お友達って初めて? ちょっと緊張。
「こちらこそどうぞよろしくお願いします。あの、あまり丁寧に話しかけられると緊張するから、もうちょっと適当な感じだとありがたいです」
「ふふふ。嬉しいわ。同級生ですもの、アウローラさんもあまり気にせずにね」
「ありがたいです……」
……初めてのお友達ができた!
最初の視線の強さがちょっと不思議だが、まあ、これまで見たことのない同級生が気になっていただけかもしれないしね。
「あのーそうしたらちょっと教えてもらっていいかな?」
「ええ」
「さっき、ジャスティン様がロザリンド様のことを『聖女候補』って言ってたんだけど、それってどういう意味でしょう? 大帝国には聖女候補が現れたのかな?」
すると、シルヴィアは急に青ざめた。
「……なぜ、それをお聞きになるの? もしや、何かご存知なのですか?」
こっちの方がびっくりだ。なんでそんなに焦るのだろうか。
「さっきの自己紹介の時に、ジャスティン様に『聖女候補のロザリンド様と知り合いなのか』って聞かれたの。ただ、新聞とかでも聖女候補の話って聞いたことがなかったから、どういうことなのかな、って」
わたしの説明を聞いて、ちょっと顔色が戻ったが、それでもまだ動揺が見える。
「聖女候補のロザリンド様については、まだ一般には情報開示されていないのです。ただ、貴族の中ではすでに知れ渡っているので、いずれ発表があってもおかしくないかもしれませんわ。とはいえ、聖女が現れたとなると混乱は必至でしょうし、悩ましいところかと」
「そうだったんだ」
シルヴィアが「あくまでも噂話として聞いただけで、公式発表ではない」という話をしてくれた。
それによると、ゴーリング伯爵家の遠戚だか寄子の家だかに、光魔法の力に目覚めた子どもが現れたということで、伯爵家の養子となったのが二年前。教会からの要請もあり、年齢も性別も一切の情報が伏せられていたが、今年のレッジーナ学院合格者にゴーリング家の者がいるということが判明し、これがきっと噂の光魔法持ちだろうと貴族の間ではこの話題で持ちきりなんだとか。
「アウローラさんは『聖女伝説』はご存知?」
「普通のやつ?」
「そうですわ」
「それは、まあ、さすがに」
「神殿の派閥の中には、この聖女伝説を重んじる聖女派という方々がいます。それだけであれば良いのですが、その信者の一部は世紀末派とも呼ばれており、その方々が、ロザリンド様を担ぎ上げようとしている動きも見られるので、国としても慎重になっているのですわ」
聖女伝説。それは、子どもが読む絵本にもなっていて、創世記と同じくらい有名な話だ。
この大陸には原初、白い森と緑の森と黒い森があった。
黒い森は魔獣の住む地であり、恐ろしい魔王の出現により王国は壊滅的な打撃を受けたが、最終的に王子と聖女と魔術師と騎士の働きで、魔王とその眷属との戦いに終止符を打った。
聖女は白い森と自らの力を全て使い、魔術師が編み出した巨大魔法陣により黒い森を封じ込めることに成功したが、その結果白い森に住む精霊たちはほとんど力を失い、この世界にあった古の魔法の力も徐々に小さくなっていった。
代わりに、魔術が発達し、王子の子孫が興したディレクトラ大帝国が大きな力を持つ現代に至った、とされている。今も禁足地とされる地域は、その黒の森の名残と言い伝えられている。
そこからディレクトラ大帝国の建国物語が始まるので、この聖女を含む四人の武勇伝はディレクトラ大帝国前史というか、古代文明の話というべきか、ほぼ神話の扱いだ。
中でも聖女は、この大帝国の始祖となった王子を始めとした仲間を助けるために犠牲となったこと、失われた古代魔法と精霊の使い手だった、ということで今でもとても人気がある。
ただ、古文書を原文で読むと、めちゃくちゃ戦いに強いので、どちらかというと本来は武闘派っぽい。「聖女」と訳されているが、微妙にニュアンスが違うのではないか、とある学者が爆弾発言をして、神殿と大論争になったりしている。
一方、神殿の聖典ではその戦いっぷりの面は薄められており、回復や浄化の力を持つ清らかな聖女像として描かれている。古代文明の全容はまだ解明されていないので、どちらが事実に近いのかはわからないけど。
様々なバリエーションのある聖女伝説だが、全てにおいて一致しているのが、「この国の危機にはまた現れる」とされているところだ。人気の聖女様なので会ってみたいと思うが、現れるとそれは危機だからマズイよね、という、ちょっとジレンマな存在となっている。
とにかく、そんな聖女が現れた、となると、確かに国が滅びるくらいの危機があるのではないか、とパニックが起きるかもしれない。だからこそ一般への情報開示は控えられているのだろう。
……マスターかジェロームのところには極秘で相談が入っていそう。できれば事前にちょっと事情を聞かせてもらいたいものですよ。近づいたらいけないとか、注意はないのかな。お手紙、送ってみようかな。
「知らなかった。それは、悩ましそうな話だね」
「ええ。私自身もロザリンド様とは知己がないので、どういう方なのかも全くわからないのですが。今日の自己紹介からすると、治癒魔法が使えそうですし、珍しい光魔法属性を持っている可能性があります」
「そうだ。皆さん、自分の属性を知っているの?」
「ディレクトラ大帝国貴族であれば、中等部入学前に属性確認をしてもらうことが多いですわね。基本的に詳細は秘匿されますが、得意な魔法型である程度は予測されます。失礼ですが、アウローラさんは、属性確認はされていませんの?」
「うーん、してないような気がする。魔法も魔術もごっちゃ混ぜで星読みと生活に必要なスキルを身につけてしまったというか……」
「そういうこともあるのですね」
そんなことを話していると、午後のクラスが始まる十分前の鐘が鳴った。
「あら、もうそんな時間ですわね」
「行かなくちゃ」
「是非、またご一緒させてくださいましね」
シルヴィアにはにかんだようにお願いされた。もちろん、嬉しいお誘いだ。
ブラウニーに片付けをお願いすると、一緒に急いで教室へ戻った。




