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38.ここはどこ?

 わたしの部屋は、最上階というか、これって屋根裏じゃない? という場所だ。

 しかし、これには理由がある。実は、ここは星読みがレッジーナ学院に所属する場合の専用部屋なのだ。つまり、星読みがいない時は使用されない。

 ここには簡易な天体観測機器が整っており、天窓から外に出ると、二メートル四方程度だが平らなスペースがあり、天気が良ければ、屋根の上で観測もできるようになっているのだ。


 ガニメデにも確認したが、「そういえばそんな部屋にいた」と言っていた。ジェロームたちは男子棟にある同様の星読み専用部屋を使ったとのこと。

「同時期に星読みが二人いたらどうなるの?」というわたしの質問には、「そんなことがあり得るくらいなら、世の中にもっと星読みが存在する」とバッサリ言われてしまった。まあ、そうか。


 ハンドブックにおまけのように挟まれたメモによると、わたしの部屋は最上階に上がってから、さらに通常は表に出ていない隠し階段を昇ると書いてあった。

 ……えーと、このカードキーを壁にあるリーダーに読ませて……

 すると、壁が手前に段々となって出てきた。あら、天井まで続いている。

 その階段を昇って天井に現れたドアにもう一度カードキーを当てると、ドアが開いた。


 中に入ると、そこはまさに星読み用の部屋だった。

 ……北の極に似ている。

 天井の半分はガラスになっており、一番端が開閉できる天窓になっているようだ。

 しばらく使用していないようだが、自動観測器も揃っている。

 本棚には歴代の星読みが置いていった書籍がそのままになっており、見たところ天文学関連から恋愛小説、手書きの試験対策ノートまで幅広いものがあった。これは面白そうだ。


 簡易キッチン、クローク、勉強机、ベッド……古いが質の良いものが揃えられており、リネン類だけは全部新しくしてくれたようだった。ベッドサイドにわたしが送った荷物もちゃんとある。

「わーい、可愛いわたしだけの観測部屋だー」

 ちょっとウキウキしてきた。


 このレッジーナ学院は、転移陣でしか出入りができない。ディレクトラ大帝国にあるとは言われているが、地図上はどこにあるのか知らされていないという特殊な学院だ。知の宝庫と言われており、最先端の研究所もあるため、セキュリティを万全にしているらしい。

 そうは言っても、天体観測すれば正確な位置は掴めてしまうはず。しかし、わかっても転移陣が敷けなければ中に入れないから、大きな問題はないのだろう。


 わたしも今夜の天体観測でまずは学院の位置を測りたい。マスターたちも「内緒」と言って教えてくれなかったからね。

「さーて。観測準備っと」

 学院に来てもまずはそこから。しっかり自動観測器をセットし、それから荷物を片付けた。

 そして、ガイドブックを読む。初めての共同生活だし、変に浮きたくはない。

 ジェロームは「アウローラなら大丈夫だよ」と言ってくれていたが、同年代というか年下というか、周囲から見ればわたしが年下に見えるんだろうけれど、そんな集団と生活するのは初めてだ。

「うー……ちょっと緊張してきた」

 夕食から集団行動だ。どきどき。


 その後、ガイドブックを熟読し、明日から始まる授業の準備も終わった頃、どこからか鐘の音がしてきた。

 時計を見ると17:50。これがきっと夕食の予鈴だ。お腹もすいてきた。

 わたしは、床にあるドアを開けて、壁沿いに階段を出すと、ととと、と下のフロアに降りた。

 すると、そのフロアの部屋からもちょうど生徒たちが出てきており、わたしが天井から降りてきたのを見て、あんぐりと口を開けていた。


 ……急に壁が階段になってたら驚くよね。

 こんな時にどうしたらいいのかわからなかったので、ちょっとペコペコしながら、すすすすすっと食堂へ向かった。

 わたしの後ろで「どなたかしら」「あんなところに階段がありました?」「このフロアより上って!?」と生徒たちが話しているのが聞こえて、いたたまれなかった。

 こんな時、ガニメデみたいな動じない表情筋と精神力が羨ましい。

 わたしって意外と気にするタイプだったんだ……新しい発見だ。


 食堂は男子も女子も一緒。そして全学年が揃う場所でもある。

 中等部から専門研究大学院の人もいるため、年齢層が幅広い。ジェロームによると、先生たちの研究棟は別にあるらしいので、そちらに籠もりきりの先生もいるそうだ。食事の代わりに栄養サプリメントだけで生きているような猛者もいるらしい。


 食堂に着くと、ちょうど鐘が六回鳴り、ワイワイ話していた上級生らしき生徒が、全員席についた。まごついているのは、中等部の一年生だけだ。

 ゴンザレス先生が「一年生はこちらよ」と声をかけたので、奥の一隅が一年生用に確保されていたことがわかった。


「さあ全員が席についたわね。では、ブラウニー、配膳をお願い」

 その声と共に、一瞬で全員の前に食事が整った。凄い!何人のブラウニーがここにはいるのだろう。

 精霊が消えたとされ、妖精も人々の前に姿を現さなくなったこの時代に、わずかに人と関わり続けている妖精の一つがブラウニーだ。しかし、これも何百年以上も経った古いお屋敷に残っているものだけで、新しい建物には住み着かない。古い建物が壊されれば、ブラウニーたちも去ってしまう。

 このレッジーナ学院がいかに古いものかがわかるね。


「フェリクス寮長、祈りを」

「心と身体の糧として、この与えられし恵みを感謝していただきます」

 そして、全員がざっと食事を開始した。わたしは、呆気に取られたままだった。こんな全員が本当に揃って食事をする光景に圧倒されそうだ。隣りに座った男子生徒がぼんやりとしたままのわたしを見て、声をかけた。

「口、開いてるぞ。食べないのか?」

 はっとして、その子を見ると、黒髪に赤い目をした、とても綺麗な顔立ちの子だった。

「こんなに大勢で食事をするのは初めて」

 わたしが正直に答えると、くしゃくしゃっと笑って言った。

「ははは。でも、冷めないうちに食べたほうがいいぞ」

「うん。ありがとう。わたしは、アウローラ」

「俺はジャスティンだ」


 親切そうな子が隣りの席で良かった。ほっとして、スープを飲んでみる。

 ジンジャーでぴりっとさせたスープに肉団子と野菜がたくさん入っている具沢山スープだ。それに、ハーブの香りがするグリルドチキン、籠に盛ったライ麦パンとロールパン、白カビチーズとオレンジ色のゴーダチーズ、オレンジに小さなプディングもついていた。

「あ、美味しい」

「レッジーナの食事は美味いと兄から聞いてたが、本当だな」

 ジャスティンも美味しそうに食べていた。ふうん、ジャスティンにはお兄さんがいるんだね。


「……こんな質素な食事、初めてだ」

 テーブルの奥から声がした。

 そちらの方を見てみると、ブラウニーを捕まえて、「鴨のソテーはないのか? それからスープに野菜は入れるな」と命じている男子生徒がいた。


 ブラウニーは、基本的に見知らぬ人と話さない。その男子生徒の言うことを黙って聞いていたが、ふいっといなくなった。同時にテーブルの上にあったその生徒のチキンとスープの皿が片付けられていた。

「なっ! 代わりの皿はどうした!」

 驚いた生徒は、テーブルをバンっと叩いた。

 その音に他の生徒が驚き、そのテーブルの全員が食べるのをやめてその子を見た。


 すると、その子は隣りにいた別の男子生徒に「ランセル。あそこにいる教師に言って、わたしの食事を用意するように言ってくれ」と言った。

 言いつけられた子は、困ったような顔をして立ち上がったが、すぐに別のテーブルから声が上がった。

「アレクサンドル。そなたはちゃんとハンドブックを読んだか? ここはレッジーナ学院の寄宿舎だ。我が儘は許されぬ。食事は栄養も考えられた上に、味も良いのだぞ。そなたが野菜とチキンはいらぬと言ったからブラウニーは片付けたのだ。代わりはない。今日はパンとデザートだけだ」

 それは、先程、食前の祈りを唱えた寮長だった。


 寮長の言葉に、全員が静まりかえった。アレクサンドルと呼ばれた少年は、顔を真っ赤にして俯いた。

「新入生全員に言っておく。ハンドブックの冒頭にあったように、ここでは身分は関係ない。名乗りを求められた時以外は、家名は使わず、皆、名前で呼び合う場所だ。常識の範囲内でのお互いを敬う気持ちは必要だが、身分を笠に着た先生方ならびに学生への命令は許されない。もちろん、相手を不愉快にさせるような言動も同時に慎むべきだ。ここは学び舎だ」


 しん、とした食堂に別の声が挙がった。

「フェリクス殿下。あなた様のおっしゃることが正しいけれど、新入生が固まってしまっていますわ。皆さま、私は女子寮の寮長を拝命しておりますリュシエンヌです。慣れないことも多いでしょうけれど、先生方や諸先輩の話を聞きながら身につければ良いのですよ」

 背の高い、金髪を複雑に編み込み、瞳と同じブルーのリボンをした女神像のような慈愛の微笑みを浮かべた女生徒がにこやかに宥めた。


 優しそうなお姉さんだな、と思って見ていたが、リュシエンヌは次の瞬間に全ての表情を消し去り、アレクサンドルにロックオンして、「そう、きちんと話を聞ける子なら心配しなくて大丈夫。レッジーナの学院生にふさわしいふるまいを皆さんならできると私は期待しております」と言った。無表情が怖い。さっきのフェリクスという寮長よりも、絶対リュシエンヌの方が怒らせたらいけない人だと一瞬でわかった。


「さあ、気にせず食事をしましょう。新入生は明日の準備もあるでしょうし」

 もう一度、にこやかに声を掛けてくれたが、これを気にしないでいられないでしょう。新入生は全員無言で食事に集中していた。

 無表情での圧の直撃を受けたアレクサンドルなんて、真っ青な顔でパンを食べていた。隣りのランセルと呼ばれた子が慰めているみたいだから大丈夫かな。


 しかし、共同生活に慣れてないのは、わたしだけじゃないんだ、とちょっとほっとしてしまった。

 最初に踏んじゃったアレクサンドルは可哀想だが。

 こうやって、誰かが叱られると、やってはダメなことが明確で助かる。尊い犠牲だ。

 しかし、全員とにかく食事に集中しているはずなのに、何だか見られているような気がする。いや、この見た目だし、わたしのことが気になる人はそれなりにいるだろうけれど、気のせいか耳の後ろがチクチクムズムズする。

 そっと周囲を見渡したが、これまで経験したことがないような人数に囲まれていて、今ひとつ自分の感覚に自信がない。


 ……うーん、人が多いからかなあ。でも、マスターが星読みは直感も大事にって言ってたし。気になるなあ……


 周囲を見ると、夕食が終わった順に部屋に戻って良いようだ。

 よくわからない視線が気持ち悪いし、それにさっさと食べて部屋に戻らないと、夜空を見る時間が減ってしまうと思ったので、パンとチーズとオレンジは夜食にさせてもらうことにして、一年生の中では一番乗りで立ち上がった。

 ジャスティンが「早いな!?」と驚いている。

「やることあるから。また明日」

 わたしが手早く残った食べ物をナプキンに包んで持って帰るのを、皆がびっくりして見ていたが、気にせずすぐに部屋へと戻った。


 部屋に入ると、変な気配がなくなり、ようやく落ち着いた。

 気のせいだったのかもしれないが、とりあえず、気を取り直して天体観測をすることにした。


「ふんふふふーん、るんるるるーん」

 鼻歌を歌いながら夜空をのぞいてみた。

「あれ?」

 おかしい。わたしは、ディレクトラ大帝国のどこかにいるはず。しかし、今見えている星の角度が違っている。

「どゆこと?」

 もう一度測り直した。が、やはりここはディレクトラ大帝国ではない。もうちょっと西にずれている。

「うーん……」

 夜食にと持って帰ってきたパンとオレンジをもぐもぐと食べながら、ハーブティーを煎れて飲んだ。


 ディレクトラ大帝国の学校だから、ディレクトラ大帝国にあると思い込んでいたが、転移陣で飛んできたということは、大帝国外ということもあり得る。

 だからこんな厳重に転移陣を管理しているのだろうか? 凄いな、大帝国。

 でも、星図を読めるのは、星読みだけでなく、旅する商人だって船乗りだってできる。別に、そんな必死に隠さなくてもいいような気がするが……


 今夜だけで結論を出すのはやめておこう。明日の夜、再度検証だ。

 とりあえず、観測日誌に、想定観測地点を記録した。

 色々気になるが、明日から学校が始まる。居眠りしたらいけないし、あとは自動観測器に任せることにした。


 寝支度をして、ベッドに横になると、天窓から夏の大三角の一部が見えた。

 初日から盛りだくさんで、頭の中では今日あった出来事がぐるぐると回り、眠れるのか心配だった。

 ……はあー……落ち着け、わたし。

 もう一度夜空を見上げて、ふと思った。かつてはガニメデもこの窓から夜空を眺めていたんだろうな。そう考えると、マスターや姉兄弟子たちと繋がっているような気がして、ちょっと嬉しかった。

第三章終了まで毎日1話投稿予定です。

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