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32. 帰還

 その日の夕食は、とても静かだった。

 三人で夕食をとっていると、突然ガニメデが言った。

「アウローラ、あなたは明日、帰りなさい」

「え? でも……」

「元々、わたしが不在の間のお留守番だったのだし。もう大丈夫よ」

 全然、終わった気がしていないのですが・・・そう言いたいのを呑み込んで別のことを言ってみた。

「でも、ヘルマンが……」

「彼は、大丈夫」

 ガニメデがきっぱりそう言うと、ヘルマンも黙って頷いた。


 ……ちぇ。わたしだけ仲間はずれか。

 なんだか中途半端な幕引きがとても気持ち悪い。しかし、管理者であるガニメデが帰れと言うのであれば、帰らなければいけない。

「はい……」


 夕食が終わり、観測の準備もできると、わたしは自分の荷物をまとめ始めた。

 そこで大事なペンがないことに気付いた。最後にいつ見たのか、思い返してみる。もしかしたら、書庫で資料探しをした時に、うっかり置き忘れたのかもしれない。


 あれは、最初に他の観測所へ出張した時に、マスターから貰った大事なものだ。姉兄弟子も皆、色とデザイン違いを持っている。アウローラのは、紫の地に白金でこと座とおおいぬ座を描いたものだ。ヴェガとシリウスの守りがあるように、という願いが込められている。

「半人前になった時に貰うのさ」とサン・マンがからかってきたが、彼の白いペンには、夏の大三角が金で描かれており、やはりそのペンをとっても大事にしているのを知っている。だって、絶対に貸してくれないもん。


「あの時は、ガニメデが鬼気迫ってたからなあ」

 星読みの資料探しでバタバタしていたので、うっかり落としたまま気付かなかったのだろう。

 書棚の下を覗いて探していると、隅の方にキラリと光るものがあった。

「あった」

 うーん、と手を伸ばしてペンを取ろうとして、その奥に何か小さなものが落ちていることに気付いた。

「なんだろう」

 ペンを使ってたぐり寄せると、それは翡翠のような見た目をした何かの種だった。

 アウローラの親指の爪よりも大きいくらいのサイズをしている。

 つるっとして、朝顔の種のような形状だ。

 オートマタのお掃除に引っかからなかったのは不思議だが、とりあえず持って上がることにした。


 観測部屋に戻ると、ガニメデはいつものように観測をしている。

 ヘルマンは、静かにコーヒーを淹れている。

 それは、まるで昔からそこで暮らしている二人のように、静かで安らかな光景だった。

 わたしが床の扉から、ぼんやりと二人を見ていると、ヘルマンが穏やかに微笑んでわたしを手招いた。

「よいしょ」

 下から上がり、ととと、とダイニングテーブルに駆け寄ると、ヘルマンが用意してくれたカフェオレと木の実が入ったクッキーを貰った。お砂糖ではなくメープルシロップで甘みをつけているのか、香ばしさが格別だ。ヘルマンは本当にわたしの好みをわかってくれている。


「ねえ、ヘルマン、わたしは北の極にある星読みの塔に帰っちゃうけど、大丈夫?」

 ヘルマンは静かに言った。

「ああ、大丈夫だよ。記憶は戻らないが、アウローラのお陰でやらなければいけないことは、ちゃんと完了したんだってわかったよ」

「そうなの?」

「ああ。そんな気がしている。だからね、安心してお帰り。ありがとう、アウローラ」

 今ひとつ役立てた気がしないが、それでもヘルマンが優しく笑いかけてくれたので、少しほっとした。


「そうだ。さっき書庫でこの種を見つけたんだけど、何だろう?」

 わたしはガニメデとヘルマンに翡翠のような種を見せた。

「なにかしら……記憶にないわね」

 ガニメデが不思議そうな顔で見ている。ヘルマンも興味深そうに種を手に取ってみた。

「綺麗な種だね。植物の種にしては石みたいだが」

「でも、中に胚みたいなものが見えるから、種かな、と思ったんだけど」

「そうね。アウローラは、不思議なものを引き寄せるアンテナがあるみたいだから、あなたが持っているのがいいわ」

 ガニメデがそう言うのであれば、ありがたくもらっておこう。

 わたしは、無くならないように大事にハンカチに包んで、鞄の中にしまいこんだ。


 そして、その日の観測が終わると、朝ご飯だけ食べて、わたしは星読みの塔に帰った。


「ただいま帰りました」

 のそのそと、マスターのいる観測部屋へと上がっていくと、いつものように、朝食を終えてゆっくりと新聞を読んでいるマスターがいた。シリウスもその足下でのんびり寛いでいる。

「おかえり」

 久々の星読みの塔は、懐かしい匂いがして、じわっと涙が出てきてしまった。


「どうした?」

「……何でもないです」

「ホームシックだったのか?」

「違いますっ!」

 子供扱いされて悔しかったが、頭の中では、絶海の庵での出来事がぐるぐると蘇ってきた。

「星読みに失敗しました……」

 わたしの小声の告白に、マスターは軽く眉を上げただけだった。

「そうか。まだまだ修行が必要だな」

「はい……」


 もう寝る時間だったが、マスターを捕まえて、そのまま絶海の庵での出来事を延々と話した。

 何度も何度も挑戦したが、ヘルマンのことを占っても何も出てこなかったということも正直に伝えた。

「どうして、ヘルマンの星読みは失敗したのでしょう?」

 最後に半べそで質問すると、それまで黙って聞いてくれていたマスターは、「夜になったら見てみようかね」と言ってくれた。

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