30. 星読みー3
朝だ。
レストランから朝食が届いたので、ヘルマンと二人で黙って食べた。ガニメデにも声を掛けたが、何も反応しなかったので、彼女の分を取り分けておくだけにした。
ヘルマンは客間に戻り、わたしはこの観測部屋で寝袋を出して寝ることにした。
目覚まし鳥をセットし、ガラスのドームも暗くしてから「おやすみなさい」とガニメデに声をかけて眠った。
しくしく泣いているのは、わたし?
違う。ガニメデ?
夢の中にいることに気付いた。
砂漠に座り込んで顔を覆っている女性がいる。両手首に緑のリボンを巻いて、足下には白い紙と透明な立方体が置かれている。
可哀想に。ずっと待っていたのにね。
その女性が空から目を逸らしている間に、一瞬、夜空を何かが横切った。
遙か彼方までその光線は続いたが、ほんの数秒で消えた。
目を覚まして、目覚まし鳥を止めると、身じろぎもせず横たわっているガニメデの方を見た。
今見た夢は、本当にあったことなんだろうか?
それともただの夢?
自分が見たものがよくわからないまま、その夜の観測の準備を始めた。ヘルマンは夕食のテーブルを整えている。ガニメデは長椅子に横たわったままだ。
声を掛けたが、何も反応しない。
わたしはヘルマンと食事を始めた。本当にヘルマンがいてくれて良かった……もう一度心の中で感謝しておこう。
他に話すこともなかったので、何とはなしに昨夜の夢のことをヘルマンに話してみた。キャラバン隊から流れ星の話を聞いたからだろうか、ということも付け加えながら。
「もう一度」
突然、ガニメデの低い声がした。
「え?」
「今の話。もう一度」
ガニメデは長椅子から起き上がって、凄い顔でわたしを睨んでいる。
焦ったわたしは、もう一度、昨夜の夢を話した。そして、ふと思いついて、最後に冗談めかして付け加えた。
「そういえば、ちゃんと測らないといけないけれど、あの光はこの荒野の方に来たのかもね。もしかしてヘルマンはあの光に乗って、この星に来たのかも」
「いつ」
「はい?」
「いつ、ヘルマンを見つけたの?」
「芽の月五の日だった」
「わたしが砂漠で最初に星占いをしたのは、芽の月四の日の夜よ」
爛々とした目を向けて、ガニメデが言った。それは、キャラバン隊の人たちが流星を見たと言っていた日だ。
じゃあ、あの夢は本当?
ガニメデは、もう一度ヘルマンを見ると尋ねた。
「あなたは誰?」
ヘルマンは困ったような顔で答えた。
「申し訳ないが、本当に何も覚えていないんだよ」
「……今夜、もう一度星占いをしましょう」
鬼気迫る表情で、ゆらりとガニメデが立ち上がった。
「その前に、食事をした方がいい。倒れてしまう」
ヘルマンは優しく言って、ガニメデをテーブルに連れてきた。そして、ガニメデの前に比較的食べやすそうなものを並べた。柔らかそうなパン、アクアパッツァ、細かく刻んだ色とりどりの野菜のサラダ。「飲み物は?」と聞かれると、ガニメデは「白湯がいいわ」と答えた。
嫌がるかと思ったが、ガニメデが素直に言うことをきいて食事を始めたのが意外だった。わたしが、不思議そうにチラチラ見るのが鬱陶しかったのか、「なに?」と睨まれてしまった。
「えー、なんでヘルマンの言うことはちゃんと聞くのかな、と思って」
正直に答えると、ガニメデはちょっと顔をしかめた。
黙って出されたものを食べ終わると、ガニメデはわたしに言いつけて、昨夜の占盤を用意させた。空を見て、時計を確認して、少し考えていたが、それほどタイミングは関係ないと判断したようだ。透明な立方体に魔力で何かを書き付け、最後にヘルマンを呼んで、「これを持って念じて」と言った。
「何を?」
「……」
わたしにはガニメデの返答が聞こえなかったが、ヘルマンが少し驚いたような表情をしてから、頷いた。
しばらくヘルマンはその立方体を両手に抱えて、じっと祈っているようだった。
部屋の真ん中で祈るヘルマンの姿は、空の星々の光を浴びて白く輝いて見える。その真摯な祈りは、天に届くのだろうか。
しばらくすると、ガニメデが声を掛けた。
「そのコンパスをこの占盤の上に置いて」
ヘルマンは言われた通りに、そっと立方体を占盤の上に置いた。
立方体は、少しブルブルっと震えてから、そっとパタン、パタンと動いた。
ガニメデは、じっとその盤面を見つめていた。
最後の記号のところで立方体が止まると、ガニメデは深いため息をつき、「ありがとう」とだけ言って、黙って占盤と立方体を片付けた。
そして、いつもの天体観測を始めたが、一番大きな天体望遠鏡を一カ所に固定して、ずっとそちらを観測していた。あれは、木星が見えるはずの方向だ。
残されたわたしとヘルマンは、そのまま立ってガニメデを眺めていたが、それ以上何も言わないのを見て、ヘルマンがいつものように「コーヒーを淹れよう」と言って、キッチンへ向かった。
わたしも、そのまま黙って天体観測を開始した。
まるで、何もなかったかのような、いつもの観測日のような夜だった。




