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03. お城だお城だ

 通常、マスターとわたしは夕方に起きて夜が明けてから眠る。

 しかし、今日はいつもより早く、午後三時くらいに起きて、手早く作ったマーマレードとバターのカリカリトーストを食べながら熱いお茶を飲むと、「さあ行くぞ」ということで、転移陣を使ってディレクトラ大帝国へと移動した。


 フクロウ便で到着時間も連絡されていたようで、わたしたちが現れたセントラルの転移陣のある部屋には、豪華の衣装を着た人たちが待っていた。

 転移陣の上にマスターとわたしが現れるのを見て、三十代くらいの「切れ者」といった感じの人がさっと一歩前へ出て、「よくいらしてくださった……」と挨拶の言葉を言いかけた。


 するとマスターがわたしを転移陣の外に押しだして、「弟子のアウローラだ。ジェロームの代りを務める」とだけ紹介し、「では。アウローラ、頼んだぞ」と言って、ひとり星読みの塔へとさっさと戻ってしまった。


 後に残されたのは、呆気にとられた人々とわたし、そして一緒に来てくれたフェンリルのヴェガだった。

 ヴェガは、「こんな幼い子を一人でセントラルに送るなんて!」という顔をして、ついてきてくれたのだ。

 私よりもマスターとの付き合いが長いヴェガは、マスターのこの暴挙を予想していたのか、私が押し出された瞬間に、パッと転移陣から飛び出していた。


 ……流石はヴェガ。はあ……本当にヴェガがいてくれて良かった……


 電光石火の如く帰ってしまったマスターの仕打ちにため息をつきながら、ちゃんと残ってくれた感謝をこめてヴェガの首あたりを盛大にわしゃわしゃとかいてやった。ヴェガは、気持ちよさそうに首を伸ばしている。


 ヴェガの気持ちよさそうな「クウウーン」という鳴き声にはっとしたのか、呆気にとられていたディレクトラ大帝国の人たちが再起動しはじめた。

「随分と幼いお弟子さんだが……」

 困惑したような顔をした皇族らしき人がわたしをしげしげと見た。

「そなた、年は?」

 皇后様だろうか。一番着飾った女性の質問にわたしは答えた。

「九十八歳です」


 一斉に全員がもっと衝撃を受けたような顔になった。

 そうでしょうそうでしょう。だってわたしは見た目が五歳くらいにしか見えないのだ。長命種ならではの悩みだ。マスターの言うとおり、星読みの経験はそれなりにあるが、見た目がそれを裏切っている。


「いや、しかし……」

 お城の人たちは顔を見合わせて苦笑いをしている。

「成長がちょっと遅いだけです。それでこちらでは、ジェロームの代わりに天体観測だけをすればよいですか? マスターからはそれ以外は、何も聞いていないでしゅ」

 残念ながら九十八歳にしては滑舌が悪いのは許してもらおう。

 たまに噛んでしまうのだ。たまに、だ。ここは強調しておきたい。


 一番早く気を取り直したのは、最初に挨拶を始めようとしていた人だった。

 長身で長い黒髪を軽く結わえて左肩に流し、黒い瞳の中には銀色の瞬きがある。見たことがないくらい(いや、わたしが会ったことがあるのはマスターと姉兄弟子だけで、後は物語の挿絵くらいだが)綺麗な人だった。シンプルだが高そうな生地でできた濃紺の衣装に銀刺繍で星と古いお祈りが飾り文字になった古式の魔方陣をデザイン化したマントをつけている。


「うむ。それ以外には、異常事態が起きた時に、星読みによる支援を頼む。国家レベルの支援の依頼は、基本的にわたしから出る。それ以外は断ってよいが、個人的依頼を受けることは自己判断に任せる。ああ、名乗り遅れたが、わたしはディレクトラ大帝国で宰相を務めるエイドリアン・アドゥアナスだ」

「国家レベルの支援……?」

「そうだ。これまでもジェローム殿には、天候不順、魔獣繁殖、疫病流行などの兆しがあれば、星読みをしてもらい、少しでも和らげるための糸口を読んでもらっていた」


 なんだ。よくある星読みの依頼のことか、と安心したわたしは頷いた。

「わかりました。何かあればお声をかけてください。わたしはジェロームの代理ですが、正式な星読みとしてマスターに認定されています。ご安心ください。報酬や私の扱いにつきましては基本的に同じ扱いで大丈夫です」

 テキパキと実務的なことを話すのを聞いたお城の人たちは、見た目は幼くとも、中身は十分対話が成り立つことがわかり、ほっとしたようだ。


 この大陸で悩みを抱えた人が相談する先は、普通は神殿だ。

 神殿は悩みを聞いてくれる。しかし、解決してくれるわけではない。悩める人に寄り添うのが基本だ。

 しかし、ツテがあってお金さえあれば、星読みに相談することも可能だ。


 星読みは、この大陸では「科学的な占い師」あるいは「法に基づく魔女」と思われている。ちょっと超常的だが、世界で最も厳しく細かい宇宙の法則の下で星読みは行われるため、その信頼度は抜群だ。

 マスターを頂点に、そのマスターが認めた者だけが正式に星読みをすることができる。

 街には星占いをする民間人もいるが、それは「占い師」であり、星読みではない。現在はマスター、ガニメデ、ジェローム、サン・マン、そしてわたしアウローラの5人が正式な「星読み」だ。占い師はそれこそ星の数ほどいるらしい。


 その分、星読みはお値段も高いのだが、ここディレクトラ大帝国はセントラルという観測場所を提供し、常駐する星読みの生活を全て支援しているため、国家レベルで必要と判断された星読みは随時しているとジェロームが言っていた。

 持ちつ持たれつだ。


 ごく稀にマスターが呼ばれることがあるが、それは万万万が一でも失敗してはいけないような、大陸を揺るがすような何かが起きた時だけで、そういう特別出張時にはがっちり高い報酬をもらっていると思う。

 今回はジェロームが失踪するという異常事態だし、マスターが出張らないで良いのかな、と思ったが、わたしで良いと判断できる何かがあるのだろう。マスターの尋常ではない長さの星読み人生においては、この程度は「新人のお仕事」だったらしい。恐るべし。


 お城の皆さんの胸中を思いやりながら、そういえばここにいる人たちの紹介が吹っ飛んでたな、と思い出した。

「ところで失礼ながら宰相閣下以外の方々はどなたさまでしょう?」

 わたしの言葉にはっとしたように、宰相閣下がそこにいた皇族を紹介してくれた。

「ああ……すまなかった。こちらが、民を教え諭し導く尊いお方、ディレクトラ大帝国の輝く威光の源、テネンバーグ陛下だ。その隣が輝ける大輪の花、慈愛と全ての民の母、ロメリア皇后陛下。そして、ディレクトラ大帝国の末永き繁栄と希望の星であり陛下の剣と盾のティモシー皇太子殿下と、友愛の印であり癒やしの手を持つ麗しの微笑み、リュドミラ皇太子妃殿下だ」


 ……名前が……長い……? この形容詞も毎回全部言わないといけないの? 絶対覚えられない……


「アウローラです。よろしくお願いします。こちらはフェンリルのヴェガです」

 普通の自己紹介でいいのだろうか、と思う日が来ようとは。うーん、ジェロームも何か枕詞があるのかいつか確認してみよう。


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