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28. 星読みー1

「着いた!」

 戻りは本当に一瞬だ。アウローラが指定したのは、絶海の庵の観測部屋の長椅子のアドレス。

 ただの「床」に何かを戻すことはないので、きちんとアドレスがあり、かつある程度の広さがあるのは、長椅子、ダイニングテーブル、書斎机、クロークだ。テーブルの上には、今、何が置いてあるのかわからないし、クロークには洋服やら何やら入っているので飛ぶことはやめておいた。


 靴のまま長椅子の上にのってしまったが、それは許してもらおう。

「よし」

 と、長椅子から降りようとすると、後ろから声がした。

「エズラ!?」

 振り返ると、驚いた顔をしたガニメデがいた。


 エズラ???


 隣に立っているヘルマンを見ると、ガニメデを見たまま首を傾げている。

「どうしてここに……?」

 ガニメデが、亡霊でも見たような顔をして呟いた。

 ヘルマンは、困ったような顔をして「わたしは、エズラというのか?」と聞いた。


「どういうこと?」

 ガニメデは、そこで初めてわたしに気付いた、というようにわたしの方を見て尋ねた。

 わたしは、エズラと呼ばれたヘルマンを拾ってからのこれまでのことをガニメデに説明した。


「ヘルマン……」

 考え込むガニメデに、先程から聞きたかった質問をした。

「ねえ、ガニメデ。この人はエズラという人なの?」

 ガニメデはちらっとヘルマンを見て、それからわたしの方を向いた。

「わからない。わたしの知っているエズラにそっくりだけれども、ここに現れるはずもないし」

「エズラって誰?」

 その質問には黙って答えてはくれなかった。しばらく考え込んでいたガニメデは、

「星読みをしてみましょう」

 ときっぱりと言って、立ち上がった。


 それからガニメデは、星読みの準備を始めた。わたしもお手伝いを申し出たが、ガニメデは「いらない」とだけ言って、通常の観測準備だけをするように言われてしまった。

 それでも、姉弟子の星読みを見るのは貴重な機会だ。

 ガニメデの準備の様子が気になり、周りをうろうろしながら、チラチラ横目でその手元を見ていたら、「視線が五月蠅い」と言われ、追い払われてしまった。無念。


 観測準備も終わったので、少し離れたところに座って大人しくガニメデの作業を見ていることにした。


 星読みにはそれぞれ個性がある。これまでにガニメデが星読みをしているのを見たのは二回だけだが、どちらも定型と言っていいタイプの星読みだった。

 南半球の諸島地方の異常気象と、もう一つは騒乱の星が出た時の読み解きだった。

 ガニメデは、両方とも過去の膨大な資料をベースに、星の影響度を測るための星読みで、占いは確認レベルという感じで、的確に読み解いていた。


 そのための資料を整えるためのお手伝いにかり出されたのがわたしだ。ガニメデが言う通りの資料を「取り出す」陣から取り出して、付箋をつけて渡す。不要になった資料を「戻す」陣で書庫に戻す、という、猫の手レベルのお仕事だった。が、こうやって過去の観測資料を使いこなすのか、という勉強になった。

 それに、「○○年の○○の天体図」と指定してくれるからこそ、書庫を漁って関連しそうな資料を探すという無駄な作業がなかったのだ。流石はガニメデ。


 しかし、今回の準備は全く違った。

 ガニメデが使っているのは、過去のヘルマン彗星観測記録だけだ。それを見ながら、占盤の下書きをしているようだ。しばらく、あれこれやっていたが、ガニメデがわたしの方を向いて言った。

「アウローラ、今年の頭からの木星観測記録を見直して。何かいつもと違う現象があるかどうか。あと、他の観測所にも同じことを聞いて」

「はいっ!」

 わたしは、すぐに依頼書を書いて、マスター、ジェローム、サン・マンに送った。

 それから書庫へ向かい、今年の観測記録を綴じたファイルの棚を眺めた。ふと気付くと、ヘルマンが一緒に来ていた。

「ヘルマン?」

「やあ。他にやることもないからね。手伝うよ」

 手伝ってもらうことも浮かばなかったが、確かに鬼気迫るガニメデがいる部屋に、やることもなくいるのも気が重いかもしれない。それに、梯子を使う手間がなくなるのはありがたい。

 わたしは、頷いてファイルの棚にもう一度視線を戻した。


 さて、今年の木星。

 こんな時こそ、わたの特技である瞬間記憶―カメラアイが役に立つ。

 これまで見た天体図が全て記憶の引き出しの中には残されている。必要なもの以外は記憶の彼方に葬るようにしているが、意識すればそこから引っ張り出すことはできる。


 ここの資料を一つずつ見ていくよりは、自分が観測した木星の記憶を辿るほうが早い。頭の中で、シャッターのように木星の画像がシャッ、シャッ、と流れていく。

 昨夜、一昨日、その前……

 特に何か異常があるような気はしない。

 そんなに木星に注目して観測していたわけではないので、異常を感じられないのかもしれない。

 その間、ヘルマンは棚のファイルを眺めていたようだ。


「ねえ、アウローラ。ここに木星の記録があるけど、見なくていいのかい?」

 その声にはっとした。ヘルマンは、わたしがここで片端から記録を確認すると思っていたのに、黙って立っているから不思議に思ったのだろう。

「あ、ごめんね」

 一言謝って、わたしの特技を伝えた。

「へえ! やっぱり星読みっていうのは色々すごいんだね」

 ヘルマンは感心した表情でわたしを見た。少し照れる。

「でも、意識して観測していたわけじゃないからね。そうだ、ヘルマンはこの観測記録を新しいところから順番に見ていってくれる? それで何か気になることがあった言ってみて」

「わかったよ」

 そう答えて、ヘルマンは一番手前のファイルを引き出してページを繰り始めた。

 わたしも自分の記憶をサポートするように、いくつかのファイルを引き出し、並べてみた。


 さて、もう一度考えてみよう。

 と、思った矢先に、何もない空間から、はらり、と紙が落ちてきた。


 手紙が届いた


 ガニメデからのメモだ。多分、観測所の誰かから返事が来たのだろう。

「ちょっと手紙を確認してくるね」

 そう、言い置いて観測部屋へ戻った。


 ガニメデは、まだあれこれと書き物をしているようだ。

 わたしは声を掛けずに、お手紙転送陣に駆け寄った。

 そこには、二枚の手紙が届いていた。


 芽の月四の日

 北


 この簡潔なメッセージとサインは北の極にいるマスターからだ。多分、その日の観測記録を見なさい、ということだろう。

 もう一枚は、ジェロームからだった。


 アウローラ

 ガニメデが戻ってきてよかったね。まあ、彼女のことだから心配はなかったけれど。

 さて、木星の観測記録とのことですが、特に気になったという記憶はないです。

 もし、ヘルマン彗星と関連した質問ということであれば、ヘルマン彗星が今回の周期で一番木星に近づいた時期を確認するのが良いのでは?

 計算上では、芽の月四の日です。

 ジェローム


 なるほど! さすがはマスターと兄弟子だ。

 わたしは急いで書庫に戻ると、「ヘルマン、芽の月四の日の観測記録を出して!」とお願いした。

 言いながらわたしは思い出した。

 ヘルマンを拾ったのは、芽の月五の日だった。

 やはり、ヘルマンは何か関係があるのかもしれない。

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