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21. 荒野の行き倒れ-1

 それから一週間は、平常運転の観測の日々だった。

 ガニメデは本当に抜かりなく準備をしてくれていたようで、わたしがやることは、日々の観測機器の確認と、終了後の観測記録のファイリング、そしてマスターへの「異常なし」の報告くらい。

 別に、マスターへの報告は言われてないのだが、まあ、今回はゆとりがあるから。

 ヴェガとポーラしかおらず、話し相手がいないから、というのもある。まあ、マスターもおしゃべりじゃないから、普段からそれほど会話があるわけではないが。


 ……うーん、艱難の星が騒がしかった割には平和だ。


 強いて言えば、初日に見た夢を繰り返し見ることだけが気に掛かっている。

 しかし、ガニメデのヘルマン彗星への愛というか、執着心がこの部屋にも満ちていると考えれば、その想いを反映して、夢となって現れているのかもしれない。

 だが、夢の中では全くヘルマン彗星らしき光が近づいてこないのがもどかしい。どうせだったら、夢の中で観測できればいいのになーと思った。


 そろそろヘルマン彗星の観測のピーク週だ。三週間のうち、真ん中の一週間が一番よく見える期間に当たっている。あの絶対零度美女のガニメデが、ウキウキするほど楽しみにしていたのだから、きっと毎晩じっくりゆっくりみっちり観測していることだろう。


 そんなことを思いながら、お留守番も二週目に突入。今日も無事に観測が終了した。

 せっかくだから、ちょっとお散歩にでも行こうかな。いや、気分転換に朝食を外で食べるのもいいかも。

 ロールパンに切れ目を入れて、ハムとたまごを挟んだ簡単なサンドウィッチを作り、フルーツと紅茶のポットをバスケットに手早く詰めてから「ヴェガ、ポーラ、今日は外ごはん」と声をかけた。


 絶海の庵の周囲は、ただの荒野だ。

 星読みの塔も寒い場所だが、あちらは針葉樹林の中にあるため、動物もそれなりに住んでいる。それに比べると、絶海の庵は周囲を海に囲まれているわけではないが、あらゆるものから荒野で隔絶された場所だった。そのため、正直散歩に行くといっても、ただの荒野を歩くしかない。


 しかし、一年のうち、一ヵ月だけ夏か来るのだが、その前に大雨が降り、一面に緑が芽吹き、この何もない荒野が一瞬で変貌するらしい。そして、この芽吹きの時期だけ、どこからか鳥も飛んできて、とても賑やかになるそうだ。

 わたしはまだそのタイミングに来たことがないが、今はその芽の月。今回は見られるかもしれない。

 昨夜、暦と天気予報を確認したところ、芽吹きの雨となりそうな雲が遠くに現れていた。多分、ガニメデの帰還は芽吹きの雨の前後になりそうだ。


 わたしはヴェガとポーラを連れて表へ出てみた。荒れ果てた土地にからっとした空気。

 雨もほとんど降らないため、地面はひび割れている。

 うん、何もないね。

 しかも道もないのだ。迷子にはなりたくない。まあ、遠くからでもこの絶海の庵が見えるから大丈夫なんだが、山も何もないだだっ広い場所だけに方向感覚がなくなりそうだ。毛糸玉を出して、端っこをドアに結ぶと、「転がれ」と命じて、毛糸玉が自分の後をついていくようにした。


 しかし十分も歩けばすぐに飽きる。景色も変わらないし、緑もない、ただの白茶けた荒れ地なのだ。

「外ごはんするような場所もないね。やっぱり帰ろうか」

 と、ヴェガに声をかけ、毛糸玉にも「戻れ」と命じてから、てくてくと絶海の庵へ戻ろうとした。

 その時、ヴェガの耳がピンと立った。キョロキョロと辺りを見渡すと、わたしをくわえ、ぽいっと背中に乗せると一目散に走り始めた。


「え、え、ヴェガ、どうしたの?」

 慌てて尋ねたが、全速力の背中では舌を噛みそうだ。黙ってそのまま前方を見ながら揺られていると、その先に何か小さな固まりが見えた。

 なんだろう、と目をこらしていると、あっという間にその近くまで来てしまった。


 それは、行き倒れた子供だった。


「もしもーし」

 慌ててヴェガから下りながら声をかけたが、ぴくりとも動かない。

 死んでいたらどうしよう、とびびったわたしは、何かないかと周りを見渡したが、木切れ一つ落ちていない。

 しかたく、指先でつん、つん、とつついてみた。

 何も反応がない。


「ねえ、大丈夫?」

 見たところ、自分よりも小さい子だ。

 不思議なつるっとした衣装をつけており、髪の毛は白い。

 うつ伏せになっているのを何とか向きを変えようとしたところ、「ううう……」と小さな声がした。

「あ、生きてる」

 ちょっとだけほっとしたわたしは、「ヴェガ、この子の向きを変えて」とお願いした。

 ヴェガがその子のお腹のあたりに頭を入れ、よいしょ、とひっくり返すと、ぐおおおおお、というものすごい音がした。これは……お腹が鳴っている?

「お腹が空いているの?」

 わたしの質問に、もう一度お腹が鳴って返事をした。


 それから十分ほどは、わたしの持っていた朝食をむしゃむしゃと食べる音だけがした。

 わたしとヴェガは、とりあえず黙ってその子を見ていた。

 ようやく人心地がついたのか、男の子は深い満足そうなため息をついて、こちらを見た。


「お嬢ちゃん、ありがとう。もうダメかと思ったよ」

 お嬢ちゃん? 自分より年下にそう呼ばれるとは思わなかった。

 とりあえず、そこは置いておいて、年上の余裕で微笑みながら言った。

「間に合って良かったわ」


 いや、ほんとによく間に合ったわー、と心の中でもつぶやいた。

 この子は一体どこから来たのだろう。この絶海の庵は、一番近い街からも馬車で一週間以上離れている。ここまで徒歩で来ることなんて絶対無理だ。周囲には壊れた乗り物らしき残骸もない。


「ねえ、どこからここまでどうやって来たの?」

「それは……」

 と、言ったところで口ごもってわたしを見た。

「どうやって来たんだろう?」

 いや、わたしに聞かれてもわからないよ。

「さっきまでは、ずっと歩いていたんだけれど、一体、いつからどこへ向かっていたのか、全くわからないんだ」

 途方に暮れたように、その人は言った。

「じゃあ、お名前は?」

「わたしは……誰だろう?」

 これもかーい!


 荒野の真ん中で、記憶喪失の男の子を拾ってしまいました。


第二章は毎日一話投稿の予定です。

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