02. ディレクトラ大帝国からの知らせ
いつもと同じ静かな夜だった。
マスターとわたしは二人で星の間での観測をしていた。
かちゃん。ぱたん。ほーっほー
フクロウ便が飛来した音がした。
マスターの弟子達は、特別な連絡手段を持っているため、これはそれ以外のお客からの手紙だ。久しぶりに星読みの依頼かもしれない。
わたしはちょっとワクワクしながら、お手紙を配達してくれるフクロウが羽を休めるようにと室内に作ってある止まり木を見に行った。
そこには一際大きなシロフクロウがクルクルと喉を鳴らしながら休んでいた。以前も見たことのある子だ。
「お久しぶりーおつかれさまだね」と声をかけながら、足についている金の輪についた乳白色の石にほんの少し魔力を流し、そこから手紙を取り出した。複雑に折られた上に金色と銀色の封印がついている。マスターへの親展の印だ。
シロフクロウに水とジャーキーをたっぷり与えてやると、嬉しそうにガツガツと食べ始めたのを見て、わたしは手紙を手にマスターのいる星の間へと戻った。
「はい。シロフクロウさんだった」
わたしが手渡した手紙にマスターはさっと目を通し、ちょっと鼻を鳴らすとさらさらと返事を書き、マスターを示す銀色のペンデュグラムの印で封をしてから、わたしにフクロウ便ですぐに返事を送るように言った。
……うーん、ほんのちょっと機嫌が悪いかな……? 面倒だな、くらいかなあ。
とばっちりが来ませんように、と心の中で思いながら、シロフクロウのところに戻ると、足輪に手紙をセットし、「気をつけてね-」と外へと出した。シロフクロウは、もう帰らないと行けないの?という感じに首をくるるっと回してから、ふぁさっと羽を広げて飛んでいった。
……さて、何の依頼だろ。
マスターがそのまま観測を続けているということは、急ぎでもない星読みの依頼だろうか、誰に任せるのかなーそろそろわたしにやらせてくれないかなーやっぱり無理かなーと思いながら、いつも以上にキビキビと働き、ちょっとアピールしてみた。
ここ、北の極にある星読みの塔で天体観測をするのは大好きだ。観測しながら、書庫で読んだ昔の天体図について質問したり、その頃起きた大事件について教えてもらったりしながら、星読みとしての研鑽を積むのも本当に楽しい。でも、マスターのところに親展で来るような「本気」の依頼はまだまだひよっこの星読みのわたしにはやらせてもらえない。
……お手伝いじゃなくて、いつかは姉兄弟子たちのように独り立ちして、世界の謎を解いちゃったりするのだ。うふふ。
しかし、その日の観測も終わりにしようという時になって、マスターが驚くようなことを言った。
「アウローラ。明日、ディレクトラ大帝国に行くから支度をしなさい。しばらくセントラルでひとりで観測を頼む」
「え? ディレクトラ大帝国? ジェロームは?」
「ジェロームが失踪したそうだ。しかし、これからあそこは重要な観測期間に入る。星読みが不在というわけにはいかない」
マスターは淡々と話しているが、わたしは心底びっくりだ。
「ジェロームが失踪? えええー! どうして?」
わたしの驚きに反して、マスターは淡々と言った。
「特にそのことは書いてなかったな。失踪したから急ぎ来て欲しいとだけあった」
「え、それだけ? そ、そんな大変な事件が起きているところにわたしが……? それよりジェロームはそのままでいいの?」
動揺して頭に浮かんだまま矢継ぎ早に質問する私をマスターはジロリと見た。
「他にどうしろと? 誰か代わりがいるか? それともわしの代わりにおまえさんがここで観測するか?」
……おっしゃるとおりです……
わたしはブルブルブルっと頭を振った。一日二日ならともかく、マスターの代理なんてひよっこには無理だ。
わたしには三人の兄姉弟子がいる。一番弟子のガニメデ姉さんは、この北の極にある星読みの塔とは反対の南の極で一人星読みをしている。天体図の裏表を揃えることで、読み解ける深さが違うため、マスターからの信頼も厚いガニメデがずっと一人で守っている。
ガニメデは、人間嫌いで動物嫌いで星だけが好きという孤高の人で、南の天体観測地は一番近い街からも馬車で一週間もかかるような離れた荒野の「絶界の庵」と呼ばれる場所にあるが、そこで星だけに囲まれて一人幸せに観測をしている。
ディレクトラ大帝国なんて一番人が多い場所に送られると聞いただけで大変な騒ぎになるだろう。
二番弟子が、東のディレクトラ大帝国の城内に大昔からある「セントラル」と呼ばれる天体観測塔に勤めるジェローム。
正直、このジェロームが一番マトモで、いつも貧乏クジを引いてしまういい人だ。
ただいま失踪中……うん、間違いなく、また何か貧乏くじを引いたな。
三番弟子は、西の最果ての島にある「星の寝床」と言う観測所で星読みをしているサン・マン。
尋常ではない色気のある兄弟子だ。
そんなサン・マンをお城に放り込んだら大変な騒ぎが起きるのは明らかだし、それ以上に、一度賑やかな街に行ったら、二度と最果ての島になんか戻ってくれなくなるかも。
未だにどうしてサン・マンが星の寝床で観測するようになったのか、それ以上にどうして星読みになったのかはナゾだ。いや、才能は間違いなくあるんだろうけどね。
「アウローラ。そなたはわたしについて百年近く観測をしている。これはいい機会だ。やってごらん」
マスターはそっとわたしの頭を撫でた。
さっきまでは、仕事を任せて欲しいと思っていたにもかかわらず、いざひとりでセントラルへ行けと言われるとなんだか心細くなってしまったわたしは、マスターのローブをきゅっと掴んだ。
マスターは、苦笑いをしてしばらくそのまま黙って頭を撫でていた。
そう。マスターや姉兄弟子、そしてわたしは、長命種なのだ。マスターの年齢は全くわからないが、この塔にある何百年も前の星図の資料を見ても、全てマスターの筆跡に見える。見た目は五十代くらいにしか見えないが、何千年と生きているのかもしれない。
年齢を聞いても答えてくれないけれど。
星を読むには長年の経験と天体観測記録に関する知識が重要。そのため長命種でないとなかなか務まらないそうだ。
わたしがマスターに拾われたのは偶然だが、成長が遅いことから長命種だと判明したわたしは、飛んで火に入る夏の虫ではないが、まさに赤ん坊の時からマスターに育てられながら星読みとして学んでいる。
いつかは独り立ちの日が来るとは思っていたが、まさかこんなに突然だったとは。
だって、マスターも姉兄弟子もみんなまだまだ若く見えるんだもの。当分、というか一生、お手伝い要員ではないかと思ってたよ。
まあ、これでも九十八年はマスターのお手伝いをしていたけどね……そのうち最初の十年はマスターの背中におんぶされて一緒に観測していただけで、その後もヨチヨチ歩きだったため、お手伝いというよりは、邪魔をしないように、大人しく隣りに座って夜空を眺めているだけだった。
今は、マスターが他の観測地に行った時にお留守番をしたり、姉兄弟子のお手伝い出張をしたりはできるくらいにはなっている。
……はあ、独り立ちか。
とりあえずは、ジェロームのピンチヒッターとして、わたしの星読みとしての独り立ち(仮)はスタートすることになった。