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16. 二重の蝕

 そして翌日。二重の蝕の夜となった。

 あの後、わたしは、5000年前の二重の蝕がどこを通っていったのかを計算し、月の影が横切ったであろう線を地図に書き込んだ。

 もう一度、天体図と地上図を眺めながら頷いた。

 それは正にローズラインそのものだった。


「うん。ここだね」

 ヴェガがよく出来ました、とでもいうように頭をこすりつけた。

「問題はなあ……」

 今夜、すなわち5000年後の月の影の道を眺めてわたしはため息をついた。

 前回とはちょこっとずれているのだ。5000年もあれば、大陸が動いたり、あれやこれやあったのだろう。二重の蝕は薔薇園の隅っこをかすりながら東から西へと移動するようだ。


 ……二重の蝕、すなわち月の蝕と天王星の蝕が重なるのはほんのわずかな時間。うまく入れ替わりができなかったら…… 


「考えるのはよそう。ジェロームの運の悪さだけが心配だけど」

 パンパン、と手を叩いて、掌にふうっと息を吹きかけ、悪い考えを払うと、いつもの通り今夜の天体図を観測する準備を整えた。


「ヴェガ。お留守番をよろしく」

 少しでも影響を減らすために、今日はヴェガもポーラも置いていく。一人で場を整えるのは少し心細いが、ヴェガもポーラも霊力や魔力を持っている。変数となるようなものは少しでも減らしたい。

 寒くないようにマントを着ると、小さなバスケットに軽食を詰めて、携帯用の天体観測器一式と、月の力を増幅させるための月長石をありったけ、そしていつもの占術セットを持って薔薇園へと向かった。


 城の西のエリアは閑散としていた。代わりに、最新鋭のオートマタがゆっくりと警備のために動いている。

 しかしそれも一番奥にある薔薇園まで来ると誰もいなかった。


 ……さすがだ。宰相閣下は間違いなく仕事ができる。


 預かっていた庭の鍵で門を開けると、すたすたと中心へ向かった。

 東屋には昨夜と同じ姿で皇太子妃殿下が座っていた。


「こんばんは」

「ああ、星読みの方。いらしてくださったのですね」

 ほっとした表情で皇太子妃殿下が微笑んだ。昨夜よりも更に影が薄くなっている気がする。

「軽食をお持ちしました。召し上がりますか?」

「……いいえ。古の言い伝えにも、別世界のものを食すると元の世界に還れないと言いますもの」

 確かに。この世界に馴染むような行為は避けるべきだった。


 わたしは、皇太子妃殿下を連れて、薔薇園の一番北端へと向かった。自分が書き起こした月の運行図と見比べつつ、慎重に場所を特定する。

 やはり今回の月の運行と薔薇園が重なる場所はとても短い。円形の庭の北側の柵にほぼ沿うように、東西へと運行するようだ。


 開始ポイントとなる部分にあたる鉄柵に特別な糸で月長石を結びつけると、その糸を次の鉄柵へ、次へと結びつけながら月長石を取り付けた。おおよそ1メートルほどの銀色のラインが出来上がった。臨時のローズラインならぬ月の軌跡をなぞったシルバーラインだ。そのままラインを二重にして、輪になるようにすると、黙ってわたしの作業を見守っていた皇太子妃殿下を手招きした。


「皇太子妃殿下。この輪の中に入ってください」

 怪訝な顔をしたものの、頷いてその輪の中に入って次のわたしの指示を待つようにこちらを見た。


 わたしとしては、二重の蝕の力を分散させることなく、この輪の中に集めることで、次元の歪みを正して元に戻したい。本来であればわたしの存在もこのエリアから消したいところだ。まあ、元々、毎夜月と星の光を浴び続ける生活を送っている星読みたちは、大地の理からは若干離れた存在になっている。


 ……まあ、大丈夫でしょう。


「皇太子妃殿下。二重の蝕が始まりましたらわたしが合図をします。そうしたら、ゆっくりとこの柵に沿って、東から西へと歩いてください。そうですね、二十秒くらいかけて輪の終わりまで歩くのです」

「そうすれば戻れるのですか」

「多分?」

 わたしの自信半分程度の返事を聞いて、皇太子妃殿下はビクっとしたが、「……やってみましょう」と覚悟を決めてくれた。


「あちらでは、皇太子妃殿下が行方不明になっていたと思いますが、侍女見習いが一足先に戻ったことで、ある程度は状況を把握しているかと。万一の時は、そちらの星読みにこれを渡してください」

 ジェロームが送ってきたように一番小さな薄い紙に『蝕』とだけ書き、裏側に星読みの塔の紋を入れたものを渡した。皇太子妃殿下は、その1センチにも満たない紙を無くさないようにペンダントの中にしまった。


 わたしは金色の小さな望遠鏡を取り出し、ほっそりとした三脚に乗せると月に焦点を合わせた。見事な満月だ。そして今日はスーパーブラッドムーンが見られる日なのだ。

「二重の蝕にスーパームーンが重なるなんてね。さすがはジェローム。これが見られないなんて」

 この事件さえなければ、心ゆくまで今夜の空を眺めて堪能したいところだ。素晴らしい夜だ。皇太子妃殿下には悪いが、少しウキウキとしたわたしは、ふんふん、と鼻歌を歌いながら巨大な月が空を昇っていくのを眺めていた。


 ……あ、そうだ。


 わたしは時間潰しに気になっていたことを尋ねることにした。

「皇太子妃殿下は、わたしにカメリアの指輪を探して欲しいと依頼されましたよね? 本当になくされたのですか?」

 皇太子妃殿下は少し済まなそうな顔をした。

「ええ。それは本当なのです。指輪を外そうとして指が滑ったのか、部屋の床に落としたのですが、その瞬間に消えてしまったのです」

「もしかして、それが今回の始まり……?」

「多分そうなんでしょうね。その時一緒にいて指輪を探してくれていた侍女見習いは、しばらくわたくしと一緒にいましたから」


 その指輪が見つかれば、よくわからない状況も解決するのではないかと考えたのだ、と皇太子妃殿下は言った。

「指輪はあちらにあるのかしら」

「多分、そのまま床に落ちていて、皇太子妃殿下と侍女見習いが消えて大騒動になっていたと思います」

 あちらの星読みは大変なことになっていただろう。ぶるるるっ。ご愁傷様です。


 月の光を受けて月長石がキラキラと瞬いていたが、蝕の始まりとともにその輝きが失われていった。もうちょっとで完全に月が隠れる、というところで天王星も蝕が始まった。


 ……あと少し……


 天王星が隠れようとした時、「今です!」とわたしは合図を出した。

 望遠鏡から目を離して振り返ると、皇太子妃殿下は、歩き出そうとしていたが、なんと緊張からか足が出ない。マズイ。

「皇太子妃殿下! 歩いて!」

 焦って叫んだが、ブルブルしたままで動けないでいる。

 もう完全に天王星も隠れた。動揺したわたしは、不敬も何も考えず、力一杯皇太子妃殿下を突き飛ばした。


「きゃあああああ!」

 身体がガチガチになっていた皇太子妃殿下は、バランスを崩してそのまま前へと吹っ飛んでいった。

 そのまま柵に当たって転ぶかと思ったが、そのままふっと消えていってしまった。

本日2本投稿のうちの1本目です。次で第一章完了です。

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