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12. 星読みー2

 夕方になり、わたしは今夜の観測準備を始めていた。手だけはしっかり動かしているが、頭の中では朝方の宰相との会話を思い出していた。違和感、違和感……


 わたしも何かがひっかかっていた。

 ひっかかる、というほどではないのだが、自分が見聞きしたものの中に、何か違和感がある気がするので、お城に到着してからの自分の行動を思い出していたのだ。


 実はわたしにはもう1つ特技がある。瞬間記憶―カメラアイだ。

 星読みとしてはとても役立つ。これまで見た天体図が全て記憶の引き出しの中には残されている。必要なもの以外は記憶の彼方に葬るようにしているが、意識すればそこから引っ張り出すことはできる。

 わたしは、丹念に記憶を浚った。特に皇太子妃殿下のことを。

 一番新しい記憶から少しずつ遡っていく。

 今朝の妃殿下、昨日の小部屋の妃殿下と東屋の妃殿下、そして最初にお会いした転移陣の部屋の妃殿下…… 


「うん?」

 そこまで記憶を戻して、違和感を持った。

 記憶の中にある皇太子妃殿下を隅から隅まで、まるで肖像画を眺めるようにじっと見つめた。

 ヴェガが、じっと考えの中に沈み込んでしまったわたしのことをちょっと心配そうに眺めながらすぐ横にうずくまったのが、目の端に見えたが、その頭をそっと撫でながらもっと深く自分の記憶の中に潜っていった。手に触れるちょっとゴワゴワとした表毛とその下にある少し柔らかい下毛をゆっくりと梳きながら、頭の中の記憶の解像度を上げるように細部を眺める。


 絹のような金髪の巻き毛も、陶磁器のような肌も、ふんわりとしたドレスも皇太子妃殿下として何も問題はない。ドレスは上品なベージュと淡いグリーンにあまり光らない金糸で小枝模様を散らしたように刺繍されていた。そういえば小部屋の意匠も似ていた。皇太子妃殿下のお好みなんだろうか。

 アクセントのようにベージュピンクの薔薇模様が胸元と裾周りにある。そして真珠とエメラルドでできたピンだけのシンプルだが高価そうな髪飾り。ネックレスもエメラルドと真珠だった。公式行事ではないからデミパリュールだったのだろう。イヤリングが揃いになっていた。


「ああっ!」

 思わず大声をあげてしまった。ヴェガが驚いて立ち上がったのを見て、「ごめんなしゃい」と慌てて噛みながら謝った。しかし、頭の中はまるで太陽のフレアがぶわっと膨れ上がったかのようだ。


 初めて会った時、皇太子妃殿下は白銀の指輪をしていた。そこにはカメリアのようなダイヤモンドの花がついていた! しかも花弁の1つは微妙にイエローのグラデーションになっていたはず。光の加減かとも思ったが、確かに花の付け根部分は濃いイエローだった。


 ……指輪はなくなっていない……? 


 いや、片方の皇太子妃殿下は持っているのだ。


「混乱してきた……」

 明日、指輪のことをさりげなく宰相閣下に聞いてみよう。

 そして、やはり失せ物の流れは本筋ではないと確信した。


 今夜の予定星図を見ながら、見るべき星を考える。

 ふと、頭の中に先ほど思い出していた皇太子妃殿下の途方に暮れたような表情を思い出した。

「迷子みたいだった」

 迷い子……帰郷、戻るべき道、道を示す者。

 旅人の目印となる北極星、そして人がわからぬ道をも示してくれる、おおいぬとこいぬ。俯瞰するワシ。


 シリウスと北極星を結ぶ。

 まずはそこから辿ってみよう。

 その夜も星たちの声に耳を澄まし、星の道筋を辿り、時には大空を駆け巡りながら、夢中になって星読みを続けた。


 おおいぬは、忙しいんだよ、という感じで相手にしてくれなかったが、こいぬの方は遊びたいのか、わちゃわちゃしながらもわたしの声を拾い、「ふんふん」とちょっと考えてくれているようだった。こいぬが「あっちかなー」という感じで鼻先を向けてくれたのは、迷子の守護星と言われる北極星の裏星とも従者とも呼ばれる星だった。小さな目立たない星が3つ並んでいる。昔、森で迷子になった子供が、森の妖精に助けられて教えてもらった道しるべの白い小石を、他の子供も使えるように空へ投げたという伝説の星だ。


 裏星を中心に、迷子の筋を読み取ろうとしていると、何か一生懸命帰ろうとしているような流れが感じられる。こいぬにお礼を言って、そちらに意識を集中させた。


「この線で占ってみるかな」

 わたしは、手を清めてから自分で織った白い布に白い絹糸で文字や絵柄を刺繍した占盤を取り出し、テラスにあるテーブルに広げた。裏星の光を見つめながら、その上で石をひとつかみ、祈りの言葉とともに投げた。


 実は、星読みは大きな流れを読むのが基本であり、より細かく具体的なことを知るには、何らかの占術を組み合わせるのがよくある方法だ。使う占術は人それぞれ。わたしは、マスターに習って自分で作り上げた「占盤」と呼ばれるこの50センチ四方の布と、星の力を込めた石で占う。特に、関係する星を見極めて、その光の下で占うと、かなり明確な指針を得られることがあるのだ。


「今夜、鏡……それから……友?」

 これは、意味がはっきりしているような、していないような。

 今、わたしは、この城であるべき場所へ帰ろうとして帰れずにいる人のことを考えながら、迷子の守護の裏星の光の下で占った。つまり、この結果は迷子が帰るための糸口のはず。


 ……はてな。友と言われても、そんな人はここにはいない。


「ヴェガ。ヴェガが友達? うーん……それよりもママだよね」

 と、傍らのフェンリルに話しかけた。

 もう一度夜空を見ると、迷子の筋は変わろうとしているように見える。


「ありゃ。やばいやばい。チャンスがなくなっちゃう!」

 わたしは辺りを見渡し、テラスと反対側の壁についている鏡へ走った。一番手近にある鏡はこれだ。

「これでいいのかはわからないけれど、と、とりあえず鏡」


 気をつけて手入れされているのか、鏡は隅々までよく映っている。わたしが右手を挙げれば、鏡の中のわたしは、左手を挙げる。

 ヴェガも後ろ足で立ち上がり、一緒に鏡の中をのぞき込んだ。

 テラスへと続く窓は開け放しているので、鏡の奥の方には夜空も映っている。よく見ると、先ほどの迷子の筋の一番先っぽが鏡の左上にちらり、と映っていた。


 なんともなしに、その部分を眺めていると、星がちかちかっと瞬き、その筋がすーっと広がっていった。

「にゃにゃにゃ?」

 振り返って夜空を見ると、特に変化はない。

 もう一度鏡を見れば、左上の夜空が切り開かれていくようだ。


「えー……?」

 わたしは不思議な現象が目の前で進むのをポカンと口を開けて眺めていた。

 その瞬間、ヴェガがジャンプをして、その切れ目をぱしっと右手の爪でひっかくようにした。

 銀色の流線のような軌跡が少し広がったように見えたと思ったら、その隙間からぴょん、と出てきたのは、小さなトカゲだった。


「……」

 わたしとトカゲは黙って見つめ合った。

 そのトカゲはよく見ると、左後ろ足に小さな金色の輪をはめている。

「あ! ジェロームのポーラちゃん?」


 それは、ジェロームの半従魔で半ペットのトカゲのポーラだった。

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