105.なんでそんなに詳しいの?
寮の屋根の上に到着して、わたしが背中から降りると、また元のサイズへと戻った。
器用に天窓から部屋に着地すると、ぐるりと部屋を見回して、「ふうん」とだけ言った。
それからととと、と壁際によると、しばらく壁を眺めていた。
そこには、元々は暖炉があったと思われる空間がある。しかし、今はセントラルヒーティングと呼ばれる暖房の魔術具が使われており、個々の部屋の暖炉は塞がれた。
この屋根裏部屋の暖炉があった空間も塞がれているが、暖炉棚だけは残っており、その周囲は立体的な四角形を互い違いに重ねたような幾何学模様の薔薇のパネルが貼られていた。
そのパネルの前に立つと、くるり、とわたしの方を向いた。
「いいこと。わたしの言うとおりに、このパネルを押しなさい」
突然の命令に驚いたが、すぐにスピカの横に立ち、指示を待った。
「一番上の真ん中、左一番下、右上から五つ目、左上から五つ目、右一番下、もう一度一番上の真ん中」
一筆書きで星を描くように、薔薇のパネルの真ん中を一つずつ押していった。
最後にもう一度、一番上の真ん中を押すと、最初にはなかった「カチリ」という手応えがあり、暖炉部分の空間が開いた。
「え、え、え、?」
「さ、ここがわたしの居場所ね。ちょっと、ぐずぐずしないで掃除してちょうだい。
不思議なことにほとんど埃もないが、風魔法でさっと払ってから水魔法で洗い流した。
屋根に向かっての煙突部分は塞がれていたが、よく見たら扉になっている。いざとなったら脱出できるようになっているのかもしれない。
「こんな隠し場があったなんて。スピカはどうして知ってたの?」
「ふん。この学院には来たことがあるだけよ」
「へえ! もしかして主さんもここの出身?」
「そんなところね」
「でも、この部屋は星読みだけしか使わないんだけど……主さんも星読みだったの?」
「星読みしか使わない……? そんなおかしなことになっているの?」
「昔は違ったの?」
「少なくとも、わたしが以前きたときはそんなことはなかったわね。ただ、そうね。特殊な状況の子が使う部屋だったわね」
そう言うと、スピカは遠い目をした。きっと、主さんを思い出しているのだろう。
どういう経緯で、主さんと別れてしまったのかはわからないが、とても大事な人と思い出なんだろう。
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
そこで、プーが子猫の状態でポケットに入ったままだったことを思い出した。
「あ、そうだ。紹介してなかったね。これはね、わたしの使い魔みたいなお友達みたいな感じのケット・シーのプロキオン。プーって呼んでいるの」
プーをポケットからつまみ出しながら紹介すると、はっとしたようにケット・シーの姿に戻った。
「プ、プーですにゃ」
珍しくもごもごしている。
スピカは、金色の鋭い目できろり、とプーを見た。
「ああ、さっきの召喚の場にもいたわね。ケット・シーということは、西の方から連れてきたのかしら?」
「そう。妖精王から派遣されているの」
「へえ! オベロンが? ふうん。そういえば、オベロンにもしばらく会ってないけど、相変わらずいい加減なことしていそうだわね」
妖精王のことも呼び捨てにできるシロミミズク……一体何鳥なんだろう?
プーも大人しくなるくらいだもの、きっと名のある鳥なんだろうな。
もの凄く気になるが、とりあえずは真夜中も相当回った時間になっていたので、寝ることにした。
「じゃあ、おやすみなさい」
プーは最後まで大人しくベッドに入った。
灯りを消すと、暗闇の中でスピカの目だけが光って見えた。
「ホウホウ。おやすみ」
さて、使い魔のことは誰にどう報告するか……
うん、まずはジェロームに手紙を届けてもらおう。
百聞は一見にしかずだもんね。
翌朝、目を覚ますとスピカがベッドのヘッドボードに止まって覗き込んでいた。
「うわっ!」
「挨拶もできないの?」
「いやいや、驚くでしょ、真上から目玉が覗いていたら」
「ホウホウ」
「……おはよう」
プーはまだ足下に丸くなって寝ている。こんな驚いて大声出したのに、図太い。
「ねえ、スピカ。早速なんだけど、ジェロームのところへお手紙を届けてもらえるかな」
「昨日言っていた名前ね」
「そう。わたしの兄弟子。ディレクトラ大帝国のお城にある、セントラルという塔に駐在している星読みなんだけど」
「ああ、セントラル。わかるわよ」
「流石。お城も行ったことある?」
「ディレクトラ大帝国のお城という意味?」
「そう」
「……知らないわけじゃないわ」
「?」
「まあ、いいわ。手紙の準備ができたら声をかけてちょうだい。それから、モーニングティーの準備はしてね」
「え、お茶飲むの?」
「いけないかしら?」
「……ねえ、スピカって魔獣ではないの?」
「うんまー話せる魔獣っているのかしら?」
「聞いたことない」
「勉強不足だわね。とりあえず、ロイヤルミルクティーと、朝だから、全粒粉のビスケットがあれば一番いいわね」
「全粒粉ビスケットはないなあ。今度お願いしてみるね。オーツビスケットなんてどう?」
「全然違うものだけど、まあいいわ。いい、お茶はミルクたっぷりね。朝だから濃いめで。」
注文が多いな。プーよりも面倒だ。プーなんて、おやつって言うだけだもんね。
わたしはお湯を沸かして紅茶を濃く煮出しながら、ミルクを温めた。ゆっくりミルクを紅茶に加えてしばらく煮出すと、なるべく平たいカップに注いでオーツビスケットと一緒に出した。
「じゃあ、ちょっと待ってね。支度をしたらすぐお手紙書くから」
皆が出てくる前に、スピカを飛ばした方がいいだろう。
制服に着替えて、手紙を書きながら、ふとスピカの食事はどうするのだろうか、と思った。
「ねえ、スピカ、食事はどうするの?」
「気にしないでいいわ。あなたはお茶とお菓子だけ準備すればいいの」
「でも、狩りに出るんだったら、どうやって出入りするの?」
「あの天窓から出るから大丈夫よ」
「ひとりで出られる?」
「ばかね。錠前の呪文を掛けておけばいいわ。鍵の合い言葉は、『リゲル』にしましょう」
「了解」
スピカは星にも詳しいようだ。全部青白く光る星ばかり選んでいる。
天窓の鍵をかけるかわりに、錠前の呪文をほどこし、解錠とともに開門するようにしておいた。
「スピカ、そうしたらこの魔石に手紙を入れておくから、ジェロームに会ったら渡してね。よろしく言っておいて」
「ちゃんとお菓子を用意しておくのよ」
「わかった。気をつけてね」
「ふん、誰に配達を頼んでいると思っているの」
そして、さらっと解錠の呪文を唱えると、天窓から飛んでいった。
「さて、プー。食堂行って、学校行くけど。大丈夫?」
昨夜から一言も話さなくなってしまったプーをお布団の中から引っ張り出した。
「うにゃあ……まいったにゃ」
「ねえ、スピカって何者なんだろう? ちょっと普通じゃないよね」
「あれが普通だったら、大変にゃ」
プーがため息をついた。
「わたし、話せる鳥って初めて見たんだけど、他にもいるのかな」
「……いることは、いるにゃ。珍しいけど」
「そうなんだ。プーは会ったことあるんだ」
「うーん……まあ、にゃ。でも、直接話したことはないにゃ」
「へえ。ねえ、スピカは妖精じゃないよね?」
プーは驚いたような顔をして首を振った。
「違うにゃ。多分、なんだけど、あれは精霊に近いものじゃないかにゃ……」
プーがもごもごしながら言ったことに驚いた。
「ええっ!? 精霊?」
「気配がそんな感じにゃ。でも、精霊のわけにゃいし……」
「なにそれ」
「むかーし、妖精王様から聞いたことが聞いたことがあるにゃ。力のある七つの精霊の話を。その中にシロミミズクだかシロフクロウだかがいたにゃ。でも、大昔でもあんまり表にはでてこなかったにゃ。そのあと、白の森もなくなって、精霊たちもこの大陸を去ったと言われているにゃ」
「精霊の時代かあ……とりあえず、ジェロームのところへ行ったし、ジェロームから何かヒントが来るかもね」
「まあ、頼りになりそうな使い魔が来てよかったにゃ」
プーが前向きな発言をしたのに、ちょっと苦笑してしまった。
「逆に、あっちが主人みたいなんだけどね」
「まあ、アウローラはまだひよっこだから」
「なにおー!」
ちょっとむっとしたが、まあ、確かにね。
「あ、食堂へ行かないと! 遅れちゃう」
急いでスピカが戻ってきたときのためのおやつを用意してから、慌てて部屋を出た。




