103.来た……?
夜。本当は寮の外には出てはいけない時間だ。
収納魔法のポーチの中に、召喚魔法に使うものを入れて、熱いチャイを入れたポットも持った。
「お菓子持ったにゃ?」
「プー、そればっかりだよ」
寒くないように、星読みのローブを羽織り、レプラコーンに作ってもらった赤い靴を履いてそっと天窓から屋根に上がった。
「さて。ぶっつけ本番になっちゃうけど、この靴と風魔法があれば、ここからでもいい感じに着地できると思うんだよね」
「アウローラは飛べないにゃ?」
「飛べないよーもしかして、おばあさんは飛べたの?」
「魔女だからにゃ」
「わたしもその魔法、研究しよう」
「箒をつくるだけにゃ」
「その箒の技術が今は失われているんだよ」
「ヒトってダメな種族にゃ」
プーに呆れられたが、仕方がない。その代わりに、ディレクトラ大帝国では魔導列車が開発されたりして、新しい技術が進んでいるのだ。
魔法は魔力やその能力に依存するため、万人のものではなかった。魔術は、魔導具を開発することで、その恩恵を遍く使えるようにした。
どちらの方が凄い、ということはないのだろう。
「でも、魔法の伝承が失われていったのは残念だけどね」
「にゃあ」
「さて、いくよ」
わたしは、屋根の上で少し助走をつけてから、「ブリーズ」と呪文を唱えて夜空へ飛び出した。
一瞬、ふわっとした感覚があり、見えない風に乗った気がした。
赤いブーツの踵についた、小さなシジミチョウのような羽が、その風を捉えたようだ。
わたしは、空中を軽やかに走った。
わたしの後ろから、ケット・シーの羽をパタパタと動かしながらプーが追ってくる。
高度は段々下がっていくが、とても緩やかだ。
寮の庭を抜け、校舎との間にある転移陣のある建物のところまで浮いてこられた。
そのまま、転移陣の建物の屋根に着地すると、勢いがついたそのまま屋根を走り、もう一度「ブリーズ」と唱えて空へ飛び出した。
校舎の横を駆け抜け、裏手へ……
結局、校舎の裏庭まで、地面につくことなくたどり着けた。
プーもちゃんとついてこられたようだ。
「プーがこんなに飛べたとは」
もっと前に言ってくれたらよかったのに。そんな気持ちで呟くと、プーが頭をかいて弁解のように言った。
「妖精だから飛べなくはないけど、ぶんぶん飛ぶ種族じゃないにゃ。今だって、アウローラの風魔法に乗ったからにゃ。そうじゃなかったら、もっとノロノロにゃ?」
基本的には、ちょっと浮くくらいの飛行能力らしい。
プーにはまだまだわからないことがいろいろありそうだ。
「さて、召喚魔法をやってみますか」
「にゃあ」
例の古くて大きな切り株の上に、魔法陣の布を広げて四隅には大きめの月長石を置いた。
夜空を見上げると、そろそろ満月が天頂にくる時刻だ。
プーに言われていたとおり、魔法陣の外側に等間隔でお供え物を置いた。
シルキーのお菓子もだが、それ以外にプーが見つけたフクロウの羽、ユニコーンの角のかけら、鱗、グリフォンのたてがみ、何かの爪のカケラ、水晶らしき石、中に何かが閉じ込められた小さな琥珀、以前カエルさんからもらった白い勾玉……本当に魔女の儀式みたいだ。
「それじゃあ呼んでみるから、プーは魔法陣の外にいてね」
「わかってるにゃ」
わたしは魔法陣の中心に立って深呼吸をした。月が頂点にきた。目を瞑り、両手を上空に向かって差し伸べ、呪文をゆっくり唱える。
「……サモンー来たれ我が使い魔よ!」
長い召喚の呪文の最後の一語を唱えたところで目を開けてみると、足下の魔法陣がキラキラと輝いている。まるで、地面からライトが天空へと射すようにわたしを包んで光が夜空へと伸びていく。
光は天頂にある月まで届きそうだ。
どこまでこの光は届くのだろう。
ポカンと光の行く先を眺めていると、少しずつ魔法陣の光が薄くなり、夜空へのスポットライトも消えていった。
魔法陣の線は、インクに含まれた素材が月光を反映して微かに銀色に光っているが、もうその光は反射だけで、中から発光するような光は出ていない。
これで終わりなのかな、誰も来なかったのかな? とがっかりしながら手を下ろして、そのまま夜空を見上げていた。
すると、夜空の星のひとつが、段々大きくなってきた。
うん? と思って目をこらした。よく考えたら、あんなところに星はないはずだ。
その白い星はぐんぐん大きくなり、それは何か翼を持つものだということがぼんやりわかるようになってきた。
ばさっ
最後の羽ばたきとともに、わたしの目の前に降りたのは、シロミミズクだった。
わたしの腰の高さほどの大きさがあり、翼を広げたら、多分、三メートル近くになるのではないだろうか。
見たことがないくらい真っ白い羽で、首のところだけ、不思議な星を象ったグレーの模様が入っている。
目の色は金色で、羽角がしっかりと立っている。
こんなに綺麗で立派なシロミミズクさんが使い魔として来てくれたなんて、とちょっと感動していると、突然、シロミミズクさんが「けっ」と威嚇するような声を出した。
「ちょっと、まさかこんな子供が呼びかけてたっていうの? 大体、呼んでおいて挨拶なしってどういうこと?」
話した!?
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