100.おあつらえ向きな場所
ジェロームがセントラルへ帰るのを見送ると、わたしもさっさとお暇して生徒会室を出た。
「プー、お散歩に行こう。召喚魔法を使うための場所探しをしておかなきゃ」
プーが「にゃおん」と鳴いて、トコトコとわたしの前を四つ足で歩き始めた。いつものように、フンフンと何かを嗅ぎながら歩いて行く。
プーとは時々お散歩に出るが、その度にハーブや薬草をちょっとずつ摘んで部屋へ持ち帰っている。
そのため、お散歩というよりは、採集活動のように、カゴや袋、小さなスコップをいつでも収納魔法つきのポーチの中に携帯するようになってしまった。
集めたものは、プーの指示に従って、壁にかけたひもから下げて葉や花を乾燥させている。
おかげでわたしの部屋は、星読みの部屋というよりも、魔女の部屋のようになってきた気がする。
それだけでなく、プーとお散歩をするようになって、この学院では古い、古い失われた時代のものが見つかることがわかった。
今は大陸からは消えたはずのユニコーンの角のかけら、何か不思議な魚のものらしい鱗、グリフォンのたてがみの毛など、言われないとなんだかわからないものばかりだ。
「もうほとんど力のなくなったものばっかりにゃ」とプーはちょっと残念そうに言うけれど、現代ではなかなか手に入らない素材なのだ。一体、この学院はいつからあるんだろうか。
「これは、拾っておいたほうがいいにゃ」
今日もプーは、絶好調のようだ。嬉しそうに駆け寄ると、小さな黒い半透明の石のようなものをツンツンとしながら小さな声で言った。
「これ、なに?」
「あとで確認するけど、妖精郷で咲いている花の種に見えるにゃ」
「部屋の植木鉢のとは違う種類だね」
「古い種だから、芽が出るかはわからないにゃ。魔素が足りなくて、種のままずっとここに落ちていたんだろうにゃ」
「植えてみる?」
「うーん……西の島に戻って、土をもらってからの方がいいと思うにゃ。それまでは窓辺に置いて、歌だけ聞かせてあげるにゃ」
今日は、講堂の裏側にある、プーのお気に入りの庭へやってきた。
ここには、とてつもなく大きな切り株がある。大人が十人くらい手をつながないと届かないくらい太い幹を持っていたと思われる樹だ。
残念ながら、大昔に枯れてしまったようで、今では飴色になった切り株と根っこだけが残っている。
初めてこの切り株を目にしたときのプーは、嬉しさと悲しさが混ざった不思議な顔をしていた。
しばらく黙ってその切り株の上に丸まって座り、じっと耳を澄ましているようだったが、ため息をついてわたしの肩に戻ってきたのが印象的だった。
それ以来、散歩のときには、時々ここへやって来て、わたしに歌ってくれと言うのだ。
「プーは本当にこの樹が好きだね」
一緒に切り株の上に乗り、いつものように一曲歌ってからそう言って、膝の上で尻尾を揺らすプーを撫でてやった。
「わし、ここで召喚するのがいいと思う」
プーがぼそっと言った。
「え、ここ? 講堂の裏でちょっと目立ちそうだけど……いや、そんなこともないか」
思いがけないことを言われて辺りを見渡したが、放課後、講堂を使うようなことはあまりないし、この裏庭は教室や寮とは反対側だから、人が来ることは少ない。
「この樹は昔、とても力があったにゃ。古い地脈に沿って生えていたはずだから、きっと古い精霊たちもこの場所のことは覚えているはずにゃ」
「そうなの? たしかにこんな大きな樹だったら、特別な力を持っていたりしても不思議はないし、ここが特別な場所だっていうのもわかるな」
プーの言葉に頷きながら、そっと切り株の表面に手を当てた。
樹齢を告げる年輪は、年月で風化してしまい、もう数えることはできないが、不思議な飴色に輝き、ささくれのようなものもない表面はとても優しい手触りだ。
うん、この樹はきっとたくさんの生き物を育んだ記憶があるだろう。
「わかった。ジェロームから魔法陣を描くための布が届いたら、すぐに準備するよ。あ、そういえば、ジェロームがさっきくれたお土産って何だろうね」
宰相閣下と一緒に転送陣から出てきたのに驚いて、中身を確かめないままポーチに突っ込んでいた。「なんだろなー」と言いながら取りだした袋を、プーも興味深そうに見ている。
カサカサ
袋に入っていたのは、銀色のカフリンクスとお揃いのピンバッジだった。
一緒にメモが入っている。
『制服の袖口につけなさい。プーにもつければ、念話ができる』
すごい。新しい魔導具だ。
「プー、これで内緒話ができるよ」
早速ピンバッジをプーの首輪につけて、自分の袖口に新しいカフリンクスをつけた。表面には星読みのマークが入っているが、裏面には魔法陣が刻印されている。
(プー、聞こえる?)
(にゃにゃにゃ。聞こえるにゃ)
しばらくプーと試してわかったが、相手に言葉を伝えようと思わないと、念話はできないようだ。まあ、そうしないとずっとプーが考えていることが聞こえてきて大変だし、わたしも考えていることがダダ漏れになっちゃうからね。
「すごい便利だね。流石はジェローム。お願いしようと思っていたけど、先読みして作ってくれるなんて」
「にゃあ」
「でも、授業中にあまり話しかけないでね。気が散るから」
「わかってるにゃ」
この魔導具のことがわかるといけないし、メモは廃棄しておこう。
火魔法でジュッと燃やすと、「じゃあ、そろそろ寮へ帰ろうか」と、プーを促した。
その夜、いつもの天体観測をしながら、プーに相談をした。
「ねえ、召喚をするのに時間も関係あると思う? リチャード様から借りた本には、特に言及されてなかったけど。突然、今日やろうとしたくらいだし、授業での召喚魔法は時間は関係なさそうだよね」
「細かいことまでは知らないにゃ。おばあさんは、暦を見ながら決めていたけど、アウローラにはアウローラのやり方があるだろうからにゃ」
そりゃそうだ。
「今度、星読みをしてみようかな。どこかに、わたしの使い魔になってくれる子のヒントがあるかもね。さて、その前に現在位置を確認して、と」
レッジーナ学院は、すでにディレクトラ大帝国の東の端まで移動してしまい、今は北上中だ。
ディレクトラ大帝国の北部をぐるっと回るように動いているように思われる。この先、全く違う動きを見せるかもしれないが、今のところはそんな感じのルートだ。
「この移動ライン上に何かあるのかなあ」
地図の上に線を引きながら考え込んだ。いつか、このラインを引いた陸の上を歩いてみたい。全部は無理でも、どこか一部分を歩いてみたら、何か見つかるかもしれないね。
「でも、わたしがちょっと歩いたくらいで見つかるものだったら、これまでにジェロームたちが発見してるよね。飛行ルートがわかったら、まずはその地図の地域を調べて、ジェロームとサン・マンに、その地域を歩いたことがあるかどうか聞いてみるのがいいか。」
プーも一緒に地図を見ていたが、ルートの一部を示しながら言った。
「この辺は、昔、黒の森があった地域じゃないかにゃ」
「うん? 禁足地はもっと内側だよ?」
「禁足地は、黒の森の一部だったにゃ。昔の黒の森はもっと広かったにゃ」
「そうなの?」
「わしもこの地図はよくわからにゃいけど、大昔の黒の森の地図を探してみて、比較してみたらどうにゃ?」
「そんなのあるのかな。あったら、歴史とかで習いそうだよね」
「にゃんで、人の子は三つの森のことをあまり知らないんにゃ?」
「三つの森が消えた頃は、暗黒時代だったから、それより前の資料は本当に限られているんだよ」
「ふうん」
「でも、ロシュタルト辺境伯の領地は、一番古いって言われているし、あそこだったら三つの森の地図とかも残っていそう」
「じゃあ、あのクラスの子に聞いてみたらいいにゃ」
「ジャスティン様? うーん、どうだろうね。だったらキャメロン様の方が色々知ってそう。辺境伯家の嫡男だし」
「どっちでもいいにゃ」
「ま、そっか。いつか、聞いてみよう。でも、もしかしたら意図的に隠されているのかもしれない。よく考えたら、マスターとかは知っていてもおかしくないのに」
「マスターに聞いてみたらいいにゃ」
プーの意見に曖昧に笑って、話を終わらせた。
マスターは、信じられないくらい長生きだし、色んなことを知っているはずだが、そのことを話さない。ジェロームは、「マスターは誰よりも知りすぎているから、情報管理にとても慎重なんだ」、と言っていた。これもそういう案件の一つなんだろう。
一通りの観測が終わって、自動観測機もちゃんと稼働している。
「今日は、色々あって疲れたから特別にカップケーキを食べようか。プー、お茶にしよう」
シルキーが作ってくれたお菓子は、時間経過のない収納魔法のかかった袋にしまってある。シルヴィアやロザリンドとのお茶会で食べようと思っているのだが、定例発表会の準備やらで忙しく、なかなかその時間が取れていない。
「うにゃあ」
プーが大喜びで、いそいそとテーブルに駆け寄ってきた。食事はいらなくても、妖精たちは美味しいお菓子が大好きだからね。
たっぷりのシナモンミルクティーと、カップケーキを二つテーブルに並べた。
「どっちがいい?」
「にゃーん!」
プーが選んだのは、ブルーベリー入りのだ。じゃあ、わたしはバナナだね。
「今日はお疲れ様でした」
「にゃーん!」
嬉しくて興奮すると、猫の鳴き声になっちゃうのか?
プーはわたしの膝の上にちょこん、と人間の子どものように座ると、前足でカップケーキを器用に掴んで食べ始めた。
わたしは熱くてちょっと甘いシナモンミルクティーを一口飲む。
じんわりと、体の奥からほぐれるような感じだ。
はああ。長い一日だった。
何とか100話までは・・・と思いここまで続けましたが、ストックが切れたので、ちょっとお休みして続きを書きます。9月上旬に再開できれば・・・と思っています。自分で書いてみると、毎日ずっと投稿している人って凄いな、としみじみ感心してしまう今日この頃です。読んでくださっている皆さま、ありがとうございます。




