01. プロローグ:流星群の夜
「今日の流星群は格別だな」
星読みの塔の最上階にある「星の間」で夜空を観測していたマスターはつぶやいた。
今日は年に一度のフェンリル座流星群の夜。その中でも百年に一度の流星が予測される日だ。
星読みの塔の主であるマスターは、この夜のために入念な準備をしていた。今夜の星図をおこして、この先百年を占う基礎資料にする必要があるからだ。
「うん? 珍しいことだ……オーロラか?」
西の空の奥が不思議なグリーンに輝いている。
カーテンというよりは、リボンが夜空に流れているようだ。
そこにちかちかっと星が流れていったかと思うと、空の一番高いところからまさに雨のように星が降ってきた。
「おお……おお……!」
マスターは流星の数をカウントする特別な魔術具が動いていることを横目で確認すると、そのまま夜空の観測に没頭した。
流星群はしばらく続くが、シャワーのように流れる時間帯は終わったようだ。しかし、その最後に一際輝く流星が、北の極星の周囲を旋回するようにしてから森の奥へと流れていった。
……今夜の天体図は、これまでのどんな星図でも見たことがないようなものだった。一体これは吉なのか凶なのか……
マスターは過去の様々な天体図を思い起こしながら一息ついた。
そこで初めて、いつもは星の間にいるはずのフェンリル達がいないことに気付いた。あれだけの流星が流れる夜であれば、霊獣であるフェンリルはその力を浴びるべく、星空に近いこの部屋に来たがるはずだ。
……オーロラといい、旋回する流星に、フェンリルの不在……
ため息をつきながら、天体観測を自動で行う魔導具を稼働させ、熱いコーヒーを淹れた。夜はまだまだ長いのだ。流星が流れるとそれを記録する「リリリ」という小さな音が鳴るだけの部屋で、マスターは昨年と百年前の天体図を見ながら、この後の星の動きを予測していた。
難しいパズルを解くように星を読んでいると、まるで小さな吹雪のような白い礫が部屋の真ん中に現れて、徐々に白銀の狼のような姿となった。フェンリルだ。
「シリウス。珍しかったな、そなたがこのタイミングで外出するとは。何かあったのか?」
マスターが話しかけると、シリウスと呼ばれたフェンリルがぐいぐいとマスターのマントを引っ張った。
「そなたも知っておろう。今夜は特別な夜だからここを離れられない。後にせよ」
言い聞かせるようにして、天体図に戻ろうとしたが、フェンリルは言うことをきかず、更に強く裾を引く。
マスターは諦めて、観測魔導具の出力が全開になっていることを再確認し、フェンリルの後をついて部屋を出た。
連れて行かれたのは、塔の入口だった。
そして、そこにはシリウスの番のフェンリルであるヴェガがマスターを待っていた。
小さな赤ちゃんと一緒に。
ヴェガが冷えないようにとお腹に乗せていたのは、銀色の髪の毛に紫色に淡いピンクともオレンジともいえない色が混ざった黄昏色の瞳をした赤ん坊だった。まだ目が開いたばかりくらいだろうか。白い布にくるまれ、顔のあたりだけが見えている。
「いやいやいやいや」
それしか言葉が出ない。こんな北の果てに子供を捨てに来るなんて不可能だ。
どうやってここにこの赤ん坊がいるのか?
言葉を失ったままのマスターを見て、赤ん坊はちょっと目を見開き、「だう?」と言って笑った。
あまりの可愛らしさに、普段は眉間のしわがデフォルトのマスターも思わずほっこりしてしまった。
可愛らしさに目尻を下げながらも、思わずため息をついて空を見上げた。
……まさか、空から落ちてきたわけではないだろうが……
よく見ると、赤ん坊が身につけているおくるみは、柔らかいフランネルを内側に何重にも巻き、その上にとても凝った編み模様をした白いウールのケープを巻き付けてあるようだ。素材も良さそうだし、極寒の中でも泣いていないということは、何かしら保温の陣が内側に貼られているのかもしれない。しかし防寒されてはいるが、赤ん坊を長時間外に置いたままにしておいたら風邪をひく。
その時、すーっと一際大きな流星がオーロラを背景に横切るのが目に入った。
「はあ……」
マスターはもう一度ため息をついて、よっこらしょ、と赤ん坊を抱き上げた。
それが、マスターがわたし、アウローラを星読みの塔で育てることになった日だった。