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週末特別読み切り 一反木綿の誕生日パーティー

今日は、私の小さな居酒屋にとって特別な夜である。 常連中の常連、一反木綿さんの誕生日。普段はふわふわと漂いながら、フランケンシュタインさんと仲良くお通しの塩キャベツを分け合っている一反木綿さん。本当ならまだお店を開ける時間ではないものの、祝い事となれば話は別だ。開店前の店内は、すでにお祝いムード一色に染まっていた。一反木綿さんと親交のあるあやかしのお客様たちが、誕生日パーティーの準備にいそしんでいる。


「店主さん、準備はよろしいですか?」


厨房を覗き込んできたのは、キョンシーさんだ。ぴょんぴょんと小気味よく跳ねながらも、その手には東洋風の螺鈿で繊細な飾り付けが施された、大きなケーキ盆が乗っている。


「ええ、特製の薬膳ケーキ、見事に焼き上がりましたよ。あとはこのロウソクを立てれば完璧です。」

「ふふ、薬膳は身体に良いですからね、これを食べてこれからも元気でいてください、という訳です。喜んでくれると良いのですが」


果たして一反木綿さんに健康などという概念があるのかは甚だ疑問だが、大事なのは気持ちである。キョンシーさんは、ケーキの最後の仕上げにとあんずの実を飾ろうとしているが、慣れない動きで指先が硬直し、ぷるぷると震えている。


そんな中、カウンターでは河童さんが熟練の職人のような真剣な眼差しで、大量のきゅうりと格闘していた。 「見ろ! この曲線美! この安定した構造! まさに誕生日にふさわしい至高の芸術品、『きゅうり・スパイラル・タワー』だ! これを主役に献上せずして、何とする!」 天高くそびえるきゅうりの塔は、確かに壮観だったが、どう考えても食べにくそうである。


店の梁の上からは、いつものように腕を組んだ烏天狗さんが、偉そうに我々を見下ろしている。 「ふん、下々の者はお祝い事となると、どうしてこうも浮足立つのか。実に嘆かわしい」 クールに呟いてはいるが、その傍らに置かれた、いかにも年代物といった風情の酒瓶を、何度も嬉しそうに羽で磨いているのを私は見逃さなかった。


「空の上の特別な酒蔵から、日の光を浴びぬように細心の注意を払って運んできた珍酒だ。一反木綿のやつ、普段はどうせ安酒ばかりだろうからな。皆も今宵は存分に飲むがよい」


その誇らしげな顔は、どう見ても自分がお祝いを楽しみにしている顔だった。というか、誰一人として一反木綿さんの好物を用意していないのがいかにもマイペースなあやかしさんらしく、とても微笑ましい。




そんな中、暖簾をくぐって、ひらり、と本日の主役が入ってきた。サプライズ、ということだったが、すでにどこかから話が伝わっていたらしく、一反木綿さんは照れくさそうに身をひらひらと揺らしている。


「なんだ、こんな揃って。大げさじゃないか。へへへ。」


「いらっしゃいませ!一反木綿さん。今日はあなたが主役なんですから。そんな隅っこにいないで、遠慮なく座敷の真ん中にどうぞ」


烏天狗さんが「主役が隅にいては格好がつかん!」とばかりに翼でそっと風を送ると、一反木綿さんは「わわわ」と言いながら、座敷の中央にふわりと着地させられた。


フランケンシュタインさんの乾杯の音頭と共に、皆が声を揃えて「誕生日おめでとう!」と叫ぶ。居酒屋に温かい笑い声が響き渡り、一反木綿さんはふにゃりと身体を丸めて、本当に嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。


ハプニングが起こったのは、その直後のことだった。 「さあ、皆さんお待ちかね! バースデーケーキの登場ですよ!」


私がケーキを運び、キョンシーさんが緊張で震える指でロウソクに火を灯していく。


「おお、綺麗だなあ……」


揺らめく炎の美しさに、一反木綿さんが感動したように、ふわりとケーキに近寄った、その時だった。彼の白い身体、いや布の端に、ロウソクの炎が「ぽっ」と音を立てて、悪戯っぽく飛び移ったのだ。


初めは誰も気づかなかった。しばらくして、最初に異変を指摘したのは、いつも通り、厚かましくもいつの間にか何食わぬ顔で上座に座っていた、ぬらりひょんさんだった。


「おい、一反木綿。お主、何やら尻のあたりが燃えるように情熱的じゃぞ」

「え?」

「わ、わわわ!? 燃えてる、俺が燃えてるーっ!」


自分の尻尾のあたりから上がる黒い煙に気づいた一反木綿さんが、素っ頓狂な声を上げながら、パニックになって店内を飛び回り始めた。


「火だ! 火がついたぞ!消さないと!」


河童さんが叫ぶや否や、消火といえば水だとばかりに、きゅうりタワーの冷却用に用意していた大桶の水を、一反木綿さんめがけて豪快にぶちまけた。


「ぎゃーっ! 冷たい! 床までびしょ濡れじゃないか! しかも消えてないぞ!熱い!」


一反木綿さんと床が水浸しになり、河童さんご自慢のきゅうりタワーも崩壊して、床一面にきゅうりが散乱する。しかもかかり方が悪かったのか、上半身(?)はびしょ濡れ、下半身(?)は大火事である。


「ええい、生半可なことでは消えんか! 消火といえば風だ!」


今度は烏天狗さんが、自慢の翼で猛烈な風を巻き起こした。 「火よ消えろ! 疾風の如く!」 ……しかし、その突風は逆効果だった。何とか鎮火しかけていた炎は息を吹き返し、濡れた布地を避けて乾いた部分へと燃え広がり始める。さらに、床に散らばったきゅうりが、突風でカーリングのストーンのように滑り出し、店の中を転がりまわる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 消火といえば、封印です!」


キョンシーさんが懐から霊符を取り出し、燃え盛る(?)一反木綿さんに狙いを定める。だが、きゅうりで足を滑らせた拍子に、お札はあさっての方向へ飛んでいく。 ぴたり、と天井に貼り付いたお札は、機械的な音声を発し始めた。


【警告。火元(一反木綿)ヲ速ヤカニ封印セヨ。対象ヲ補足、封印シークエンス開始】

「まずい、買ったばかりの最新式の自動追尾お札が暴走を!」


天井のお札から放たれた霊力の光線が、逃げ惑う一反木綿さんを執拗に追いかけ始めた。もはや店内は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


「皆さん、落ち着いてください! 一番確実なのは濡れ雑巾です!」


私は濡れ布巾を固く絞ると、逃げ回る一反木綿さんを何とか掴み、燃え移った端を狙って、ばしばしと力任せに叩いた。 じゅっ、という音と、もうもうたる白煙を上げて、ようやく火は鎮まった。


店内は、びしょ濡れの床にきゅうりが散乱し、天井からはお札が不気味な警告音を発し続け、煙と湿気で霧がかかったようになり、ぶちまけられた薬膳の匂いが充満していた。皆、ぜいぜいと肩で息をしている。


「……すまん。俺が不用意に近づいたばかりに、皆の祝いの席を台無しにしちまった。」


焦げ跡のついた自分の身体を眺めながら、一反木綿さんがしょんぼりと呟いた。


「いえいえ、一反木綿さん。お客様、それも誕生日の主役に火をつけてしまうなんて、当店の完全な落ち度です。」


私が笑ってそう言うと、河童さんが腹を抱えて大笑いした。


「いやー、しかし派手な誕生日だったな! 危うく火葬されるところだったぞ、ガハハ!」

「縁起でもない冗談を言わないでください!」


とキョンシーさんが慌ててツッコミを入れる。 烏天狗さんはバツが悪そうに羽を畳み、「まあ、これほど記憶に残る誕生日はあるまい」と一反木綿さんの杯に豪快に酒を注いでごまかした。


結局、私たちはあーだこーだと文句を言い合い、笑い合いながら、水浸しになった居酒屋を皆で片付けた。 そして、ようやく落ち着いた頃。ロウソクは抜きにして、改めて焦げ跡の残る一反木綿さんを皆で囲み、「おめでとう」の声を上げる。 彼は、焦げた身体を少し恥ずかしそうに縮めながらも、満面の笑みを浮かべていた。


「燃えても……これだけ皆に祝ってもらえるのなら、悪くない夜だなあ。」


その一言に、店内の全員がつられて笑い出した。 ドタバタの果てに、あやかし居酒屋の夜は、今日も楽しく更けていく。


本日もご来店、誠にありがとうございました。



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