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第三話 ドラキュラとセイレーン

からんからんと鈴が鳴り、今日もあやかしのお客様が戸をくぐる。


「いらっしゃいませ!」


「二名だけど、空いてる?」

「はい!お好きなお席へどうぞ!」


私はこの“あやかし居酒屋”、この世のものではないあやかしのお客様を相手に居酒屋をやっている。お客様のほとんどは常連さんだが、この二人も開店当初からうちを贔屓にしてくれている。


「お、一反木綿!相変わらず味噌うどんかい?」

「ああ。やっぱり夜風はいけねえな。冷えちまう。」

「全く、ルーマニアといい勝負だよ。」

「でもこの店はいつも暖かくて居心地がいいわね。海の底も悪くないけど、ここは落ち着くわ。」

「お二人とも、長旅お疲れさまでした。いつも遠くからありがとうございます。」


そう、常連の二人とは、ドラキュラさんとセイレーンさん。どこからかこのお店のことを聞きつけて、地球の向こう側からわざわざ足を運んでくれるようになったのだ。初めて来店された時はまだ日本のあやかしさんが多かったこともあり、随分目立っていたが、今では一反木綿さんなど、他のお客様ともうまくやっているようで、店主としても嬉しい限りである。


「今日はどうなさいますか?前回はポトフでしたよね。」

「そうだなあ、せっかくはるばる来たんだから、たまには日本の料理が食べたいな。二人で分けられるとなお嬉しい。」


ドラキュラさんは吸血鬼のくせに血の匂いが苦手らしく、レバーなども臭みが強くて苦手ということで、幸い日本料理との相性は良い。比較的さっぱりしていて、取り分けられて、しかもザ・日本という料理。色々と思いつくが、お鍋は昨日、イエティさんに出したばっかりだし、正直あれは日本以外でも食べられそうだ。となると、アレだろうか。


「ニクジャガ?」

「はい。日本発祥の煮込み料理で、材料も食べ慣れたものなので、お二人のお口にも合うかと思います。」

「面白そうだね。じゃあそれで。セイレーンちゃんもそれでいい?」

「いいけど、その“ちゃん”やめてよ!少ししか違わないくせに」

「この店だって僕が探してきたんだからいいだろ?」


彼らの“少し”は一体何百年なんだろうなと思いながら具材を冷蔵庫から引っ張り出す。客層が特殊な分、食材は常にあらゆるものを揃えているが、冷蔵庫の容量がいつもギリギリになるのが弱点だ。

幸い、以前に近所のスーパーで特売だった豚肉が残っていた。まあ、二人ともそこまでの大食いではないから大丈夫だろう。人参もジャガイモも十分にある。来ると分かっていたなら下茹で先にしておけば良かったな、などと思っていると、二人の会話が耳に入る。


「へええ、じゃあポセイドンさん、もう怪我は治ったんだ。」

「ええ。なんでも石油リグの近くで居眠りしてるときに船とぶつかっちゃったんですって。」

「うへえ、最近は海も大変だね。僕も知り合いの魔女が森林開発で家を失って大変だって聞いたよ。」


どうやら自然破壊はあやかしの世界でも問題のようだ。そういえば、イエティさんもおちおち日光浴も出来なくなったって文句を言っていたっけ。

そうこうしているうちに、ぐつぐつと鍋がいい具合に沸騰してきた。弱火とはいえ、流石は業務用だ。じゃがいもも黄金色にかがやき、中まで火が通っている。しかし、まだ若干芯が残っているような感じもあるので、あと五分くらいは煮込んでおこう。


「それでですよ、僕は言ったんですよ、高血圧になるから塩分は控えた方が良いって、そしたら死神の奴、なんていったと思います?」

「俺の仕事の邪魔するな、ってか?」

「そうそう、どうもあっちの仕事も色々と大変らしいですよ。」

「確か死神とはお前さんが知り合いだったっけな?」

「僕も最近はあんまり会わないですよ。そもそも彼と違って僕はインドアなので、生活圏が被らないんですよ。」

「でもあなた、魔女の友達がいるって言ってたじゃない。」

「いやあ、あいつもインドアさ。」


あやかしと一言で言っても、インドアとアウトドアで分かれるらしく、海外のあやかしのお客様にはインドアの方が多い印象だ。とはいえ、内気なあやかしのお客様も普段話さないような他のあやかしの皆さんと話すのは楽しいらしく、うちの店がある種の集会場になっている。


「お二人の肉じゃが、できましたよ~。熱いですから、お気をつけて。」

「お、ありがとう!じゃあ食べよっか。」

「ええ。冷めないうちに。」


確かに姿かたちこそ違うが、こうして肉じゃがに物珍しそうにかぶりつく姿は、まるで外国人観光客のようで、とても微笑ましい。


「おお、これは豚肉か!良いね、日本のはさっぱりしてて、まるで別の生き物だ。」

「私はこの人参が好き。しっかり煮込まれてるから甘くて美味しいわ。」

「ありがとうございます!またいらっしゃる時のために、具材は揃えておきますね。」


正直、買い出しをサボって豚肉を使い果たしてしまったのは想定外だった。まあ、お客様が喜んで下さったので良しとしよう。


「そういえば、お前さんたちはどうやって帰るんだ?イエティの奴みたいに飛行機か?」


何気に気になっていたことを一反木綿さんが聞いてくれた。


「ああ、僕らは船ですよ。幸い、僕は見た目がそれなりに誤魔化しが効くレベルなので、前にルーマニアで買った船に乗って二人で帰ります。」

「いいねえ。でもそれだと何か月もかかるだろ?」

「ああ、それは時々彼女に手伝ってもらいますし、なにより僕の船、エンジンを航空機用のやつに改造してるので。」


何とも豪快なドラキュラさんである。まあ、イエティさんの無賃乗車(?)しかり、店の外のことはノータッチで行くのがうちのやり方だ。


それからしばらくして、お二人は連れ立って帰っていった。


気付けば、入り口のガラス戸が朝日に照らされてきらきらと眩しい。そろそろ明け方である。今日もご来店、ありがとうございました。

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