第二話 座敷童とイエティ
「いらっしゃいませ!」
今日も今日とて、私はこの“あやかし居酒屋”の店主としてお店を開ける。
今日は少し珍しいお客さんだ。
「座敷童さん、お久しぶりです。今日は二名様ですね。」
「うん。彼、こういう店に来たことないらしくてさ、せっかくだから連れてきたんだ。」
小学生くらいの身長が特徴的な座敷童さんは、時々ふらりと顔を出してくれる。一人のことがほとんどだけど、たまにこうしてお友達を連れてくる。
「あ、初めまして・・・。」
その巨体に似合わず、目の前の見慣れぬお客さんは随分とおとなしそうだ。
イエティ。ヒマラヤなどの寒い地域にいると聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだ。
「イエティさんは今日が初めてでしたよね。何か苦手なものはございますか?」
「あ、冷たいのはちょっと身体が冷えちゃうので・・・。」
「彼、意外と冷え性でしてね。なにか温かいの、お願いできますか?」
温かいの、となるとお鍋系統か。なにぶんこの店は客層が特殊ゆえ、食材についてはほとんどのものは揃っているし、多少季節外れの注文もどんとこいである。
「では、お任せと言うことで、温かいお鍋、鶏肉とお野菜たっぷりの、お作りしますね。」
「あ、お願いします・・・。」
厨房から見ていても、やはりあの二人は随分珍しい組み合わせだ。身体の大きさはもちろんのこと、食の嗜好もふたりは大分違う。座敷童さんはオムライスと唐揚げ、それも衣を分厚くしたのが大好物で、年中その二つを注文する。日本の妖怪なのに洋食好きなんだな、と最初の頃は意外に思ったものだが、雪山のイエティさんが冷え性だったり、食の嗜好はそれぞれだ。
衣を二度付けして、卵をボウルに割りいれていると、二人の会話が聞こえてくる。
「そうなんだあ、大変だねえ。」
「ええ。やっぱり最近はヘリコプターとか衛星が増えてて、日光浴もおちおちできませんよ。」
「僕も最近はどこの家にもセンサーと監視カメラがあるから、居候先を探すのにも一苦労だよ。」
妖怪なのにセンサーに引っかかるのか、と思いながら唐揚げを油の中で転がす。
「座敷童さんは別荘とか持たないんですか?」
「興味はあるんだけどさ、印鑑とか住民票持ってないから駄目なんだよ。」
「だったら僕の知り合いの不動産屋、教えますよ。妖怪さんにも貸してるって言ってましたよ。」
「え、いいの?ありがと!」
どうやら、あやかし相手の商売というのはうちも含めて、そこまでマイナーでもないらしく、お客さんの話だと衣食住のほとんどは不自由なく揃えられるのだという。中にはあやかし専門のインターネット会社もあり、あやかしさんの調子に電波が干渉しないよう、特別な工事までやってくれるらしい。
そうこうしているうちに、お鍋もいい具合に出汁が出てきた。湯気が眩しい。
「お待たせしました!ご注文のオムライスと唐揚げ、それとお鍋です!やけどしないようにお気をつけてお召し上がりください!」
座敷童さんは小さな手を器用に操り、唐揚げを頬張る。
「うん、今日もパリパリでおいしい!」
「ありがとうございます。おかわりもありますから、いつでも言ってくださいね。」
「お鍋も美味しいです。普段は凍えるようなところにいるので、野菜の出汁が身体を芯から温めてくれる感じがいいですね。」
イエティさんも満足してくれたようで、一安心だ。
「そういえばイエティさんは結構遠くからですよね。帰りのお時間は大丈夫ですか?」
気付けば時刻はそろそろ三時。太陽光に当てられたら溶けたりしないのだろうか、と思っていると、イエティさんは毛をかき分けてサングラスを取り出した。
「帰りは飛行機ですし、これがあれば大丈夫です。たぶんLCCが羽田から出てるので、帰りはそれにくっついて帰ります。」
それは無賃乗車では・・・と思いつつ、お店の外のことはノータッチと受け流す。
「彼、いつも僕に会うためにヒマラヤから来てくれるんですよ。僕はすぐそこなので大丈夫ですが、今度からは富士山にでも泊まったらいいといつも言ってるんですがね、ヒマラヤが好きみたいで。」
冷え性なのにヒマラヤが好きというのはよく分からないが、地元愛というやつだろうか。
「って、そろそろ飛行機の時間じゃないか?」
「あ、本当ですね。じゃあ、お勘定は置いておきますので、失礼いたします。また来ますね。」
「はい!お待ちしております!」
その後、しばらくして座敷童さんもいずこかへと帰っていき、お店は明け方の日差しに照らされ始めた。今日は、ここで店じまいだ。
明日はどんなお客様がいらっしゃるだろうか。