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第十一話 フランケンシュタインとデュラハン

からんからん、と今宵も戸が鳴ってあやかしのお客様の訪れを告げる。しかし、その音はどこか重々しく、湿りを帯びていた。

暖簾を押し分けるようにして現れたのは、見上げるほどの巨躯を持つ男だった。継ぎ接ぎだらけの肌に、首には太いボルトが突き出ている。常連のフランケンシュタインさんだ。彼は深いため息をつきながら、カウンターの椅子を軋ませて腰を下ろした。


「いらっしゃいませ、フランケンシュタインさん。今夜は少し、お疲れのようですね」

「ああ、店主……。少し、な。最近はどうにも電気の通りが悪い。肩こりが酷くてな」


そう言って彼は、自分の首のボルトをコンセントにでも繋ぎたい、とぼやいている。彼にとっての充電は、我々でいうところの整体のようなものらしい。


私が彼の好物であるピクルスの大盛りを用意していると、今度は店の戸がけたたましい勢いでがらりと開け放たれた。


「ちくしょう! どこに行ったんだ、俺の頭!」


黒い革ジャンに身を包んだ、首から上がない男――デュラハンさんが、片手に持ったスマートフォンを睨みつけながら飛び込んできた。その姿は、まるで現代の首無しライダーだ。


「いらっしゃいませ。デュラハンさん、またですか?」

「ああ、店主! 頼む、俺の頭を見なかったか? GPSアプリによれば、最後の目撃情報はこの店なんだが……」


彼はそう言うと、首のない胴体だけで器用に店内を見回し始めた。その様子を、フランケンシュタインさんが物珍しそうに、しかしどこか同情的な眼差しで見つめている。


「お困りのようだな。探し物か?」

「見ての通りだ! 相棒がいないと、どうにも落ち着かなくてな。あいつ、最近スマホゲームにハマってて、勝手に一人で出歩くようになっちまったんだ」


どうやら、デュラハンさんの頭はかなりの自由人らしい。

二人がそんな話をしていると、カウンターの隅で静かに飲んでいた河童さんが、きゅうりをかじりながらのんびりと言った。


「そういや、さっきから足元で何かいびきみたいなのが聞こえるぜ?」


デュラハンさんが慌てて自分の足元を覗き込む。すると、カウンターの脚に寄りかかるようにして、彼のものと思われる頭部が、すやすやと安らかな寝息を立てていた。口元からは幸せそうな涎が垂れ、手には小さなゲーム機が握られている。どうやら、ここで一杯ひっかけた後、そのまま寝落ちしてしまったようだ。


「こんの、馬鹿やろーーーっ!」


デュラハンさんの胴体が、愛情のこもった怒声と共に、眠る頭を優しく(?)小突く。

頭はぱちりと目を開けると、寝ぼけ眼で言った。


「んあ……? なんだ、本体か。なんだかんだ、ちゃんと迎えに来てくれるんだな」

「当たり前だろ! 心配したんだぞ!」


感動の再会……かと思いきや、ここからが大変だった。

デュラハンさんは自分の頭を胴体に乗せようとするが、久しぶりの再会で感覚が鈍っているのか、どうにも上手くいかない。右に傾ぎ、左にずれ、しまいにはラグビーボールのように手元から滑り落ちて、床をごろごろと転がってしまった。


「ああ、待て! そっちじゃない!」


転がる頭を、首のない胴体が慌てて追いかける。店内は、世にも奇妙な追いかけっこで一時騒然となった。

それを見かねたフランケンシュタインさんが、ゆっくりと立ち上がった。


「……貸してみろ。俺は、こういう作業は得意だ」


彼はその大きな、しかし驚くほど繊細な手つきで転がる頭をそっと拾い上げると、デュラハンさんの胴体の前に立った。


「動くなよ。少し、ちくっとするかもしれん」

「おい、注射じゃないんだからな!」


頭が軽口を叩く。フランケンシュタインさんは意に介さず、慣れた手つきで首の断面と胴体の断面を慎重に合わせ、継ぎ目を指で丁寧になぞっていく。まるで、壊れた人形を修繕する職人のようだった。最後に、ぐっ、と少し力を込めて押し込むと、ごきり、と心地よい音がした。


「……おお、繋がった! 視界が安定したぞ!」


デュラハンさんが、今度は自分の意志で首をぐるりと回して見せる。フランケンシュタインさんは、ふう、と満足げな息をついた。


「礼を言うぜ、フランケンシュタインさん。あんた、すごい腕だな」

「なに、俺も自分の体をよく修繕するんでな。慣れている」


継ぎ接ぎの巨人と、首無し騎士。どこか“不完全”な者同士、通じ合うものがあったのだろう。二人はカウンター席に並んで腰を下ろし、静かに乾杯を交わした。


「しかし、便利になったもんだ。昔は自分の頭を探すのに、勘だけが頼りだったからな」

「俺も、昔は雷が落ちてくるのを待つしかなかった。今は家庭用のコンセントがあるから助かる」


二人は、現代社会への順応という、あやかし共通の悩みをぽつりぽつりと語り合う。その姿は、傍から見ればただの仕事終わりの同僚のようだった。


やがて夜も更け、二人は連れ立って店を出ていく。


「なあ、フランケンシュタインさん。よかったら、俺のバイクで送ってくぜ。馬じゃない、最新式のやつだ」

「ほう、それは助かる。最近、足の関節の馴染みが悪くてな」


その背中を見送りながら、私は思う。

バラバラの部品から生まれた者も、大事なものが欠けている者も、こうして誰かと繋がることで、少しだけ“完全”になれるのかもしれないな、と。


カウンターに残されたピクルスの皿と、空になったグラスを片付けながら、私は静かに微笑んだ。

今夜もまた、少し不思議で、温かい夜だった。


本日もご来店、誠にありがとうございました。

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