第一話 一反木綿とフランケンシュタイン
ここは、あやかし居酒屋。名前の通り、“あやかし”、いわゆる妖怪やUMA、物の怪の類しか入れない居酒屋だ。私、霜月あずさはひょんなことからこの店の店主になり、今日も今日とてあやかしのお客様のために店を開ける。どういう仕組みなのかは分からないが、普通の人間にこのお店は認識できず、あやかしのお客様だけがどこからともなく見つけ出しては方々からやってくる。一応深夜から明け方にかけて看板を出しているのだが、それも普通の人間には見えないようだ。
からんからんと来店を告げる鈴の音がする。今日のお客さん第一号は、いつもの二人、一反木綿さんとフランケンシュタインさんだ。二人とも開店以来の常連らしく、いつも同じものを頼んでくれるのでありがたい。
「いらっしゃいませ!今日も来てくれたんですね!」
と、元気に声を掛けると
「うん。あずさちゃんはこんな時間から元気だねえ。俺なんて風が強いからへとへとだよ」
と、一反木綿さん。
「いやあ分かります。僕もこの時期は体の節々が冷えて堪りませんよ。」
とフランケンシュタインさんが応じる。正直、死体に冷えるも何も無いと思うのだが、当人に言わせれば寒さ対策に随分と難渋しているようで、冷え性になりそうだと常々こぼしている。
「今日はいつもより温かいの揃えてますけど、お二人はいつものでいいですか?」
頭(一反木綿さんに関しては頭と言っていいのか怪しいが)を寄せて二人で話し合い、しばらくして注文が決まったようだ。
「じゃあ俺は“えっがね味噌うどん”で!うんと温かくしてね!」
「僕はそうですね、シュニッツェルとアップルワインでお願いします。」
色々話し合った結果、”いつもの”に落ち着いたようだ。冷え性(本人は頑なに認めないが)のフランケンシュタインさんは、いつもホットのアップルワインだ。何でも出身地の名産らしく、最初に来店したときからそれは変わっていない。一反木綿さんも同じようなもので、出身地の肝付町の名産なのだという。
お通しの塩キャベツをしゃりしゃり食べながら、二人は楽しそうにああでもないこうでもないと管を巻いている。
「それでさあ、せっかく脅かしてやろうとしたのにその子ども全然怖がらなくて、スマホで動画なんて撮り始めたんだよ、ほんと最近の子どもはやりにくいなあ。」
「分かります。僕も昔ほど怖がられなくて、ゲームとかで見慣れてるんでしょうね、街に出てもコスプレだと思われて子どもが寄ってきますよ。邪険にするのもかわいそうですし、相手はしてあげるんですが、いやはやモンスターなのかピエロなのか分からなくなりますよ。」
「そういやピエロもこの前来てたなあ。何頼んだかは忘れたけど。」
「へえ、やっぱりこの店は人気ですねえ。」
フランケンシュタインさんはキャベツにぱらぱらと胡椒をまぶしながら食べるのが最近のマイブームらしい。塩は体に悪いから、と言っていたが、死んでも高血圧の心配をしているのだろうか。
「他の店じゃあそもそも入れなかったりするもんなあ。」
街で見たらただの布切れかベッドシーツと思われてしまいそうな一反木綿さんが入れるお店がここ以外にあったら驚きである。
「一反木綿さんは結構大きいですもんねえ。入り口で引っかかっちゃいますよ。」
フランケンシュタインさんも相当に背の高い方であるはずだが、この店に入るとどういう訳か、普通の成人男性くらいのサイズに収まってしまう。
これもこの店とあやかしのお客様を繋げる魔法の類なのかな、と思いながら出来立ての料理を運ぶ。
「味噌うどんとシュニッツェル、お待たせしました!」
どんぶりから豪快にはみ出た海老が一際目を引くが、シュニッツェルもふわふわの衣から香ばしい匂いを漂わせている。
「これこれ、やっぱり地元の味っていいよなあ。」
海鮮の風味と味噌ラーメンの旨味が絡み合った“えっがね味噌うどん”。湯気に当てられて湿った顔(?)を気にも留めず、とても幸せそうに味を噛み締めている。
「やっぱりこのパリパリをアップルワインで・・・うん、一週間楽しみにした甲斐がありました!」
フランケンシュタインさんも顔を少しばかり赤らめながらワインとシュニッツェルを楽しんでいる。
「まああれだな、子供らが驚いてくれないのは寂しいけどさ、ここで皆で飲むのは悪くないよな。」
「そうですねえ。あ、一反木綿さんキャベツ取りすぎですよ。僕のお通しでもあるんですからね。」
一反木綿さんはいつもフランケンシュタインさんの小鉢からお通しをくすねるのだが、最近はフランケンシュタインさんも諦めたと見え、一緒にお通しをシェアしている。もちろん、一反木綿さんがほとんど食べてしまうのだが。
「キャベツくらいいいじゃねえか、死んだ後に食い意地だけ残りやがって。」
「一反木綿さんはそもそも胃袋すら無いじゃないですか。」
中々辛辣だが、フランケンシュタインさんは複数人の身体を縫い合わせたわけで、もしかすると生前に食い意地が張っていた死体を多く使い過ぎたのかもしれない。
「あ、お前ら勝手に始めてたのか!せっかく外で待ってたのに!」
どやどやと座敷童さんがお友達を連れて入ってくる。
「まま、座って一緒に飲みましょう。」
フランケンシュタインさんはもうすっかり出来上がってしまったようだ。
気付けばもう深夜二時。そろそろあやかしのお客様が本格的に集まってくる時間だ。ここからは仕事モード。夜明けまでノンストップで営業する。
これが私の日常。毎週末だけの、ちょっぴり不思議なお店のお話です。