第二十九話 澤菜家inベリィ 其の1 ~澤菜音楽教室~
今回は我らがヒロイン・なりんこと澤菜凜ちゃんの澤菜一家の近況です。
さて。
第二十九話 澤菜家inベリィ
其の1 ~澤菜音楽教室~
「面白くないわ。」
そうむくれるのは穏である。
「そうなんだ。」
なりんは姉の穏がほんの少し以前まで
援護くんのためにベリィを私物化しよう、
要は乗っ取ってしまおうと画策していた経緯を知っている。
それは思いがけぬベリ子さんの特性、
本人も気づかぬままの「魔力キャンセル」により
阻まれ、実現を断念していたのだが
気づくとなぜか両親が穏の諦めたベリィの店舗経営に
するっと入り込んでしまっていた。
本来のオーナーであるベリ子こと島辺莉子と島辺歩によるベリィの再オープンが
決定するまでのあいだ
ベリィの店舗はずっと放置されていたわけではない。
なりん達がなにかと有意義に利用していた事もあるが
レンタルスペースにする事も考えていたベリ子達に
テナント入りを申し込んだ一家がいる。
それが賢一と紀子の澤菜夫妻、つまり
なりんと穏の両親だ。
「やっと本社に戻れたらいきなり派閥争いに巻き込まれてね、
給与と副業許可付きの自宅待機になっちゃったんだよ。」
そんなあり得ない待遇をしれっと口にする父賢一を
長女の穏も次女の凜ことなりんも
胡乱な目で見つつ、まあうなづいてはおいた。
商社で海外の取引先に出向してるうちに
必要を感じて現地で支社をたちあげ
本社からの人材スカウトや現地での独自な入社募集で組織と人員を築き上げ
そこも後発たちに任せられるまでに軌道に乗せたとして
実に20年ぶりくらいに日本に帰ってきてみたら
先述のような立場になったという澤菜賢一は
娘たちがお世話になっているライブカフェ、
ベリィが休業により空き店舗になっていると聞いて
間髪入れずにアポを取り日中の店舗での営業をプレゼンして
見事に了解を得てしまい
腕に覚えのある楽器演奏で「澤菜音楽教室」を開き、
これも広告・営業から実技指導まで全てひとりで
こなしてたちまち軌道に乗せてしまったのである。
更に厨房とカウンターを活用すべく
パート勤めだった妻の紀子も呼び寄せ
喫茶コーナーを任せた。
調理免許はベリ子こと島辺莉子の持つ権利を
そのまま活用した。
「ベリ子さんと歩くんがベリィを再開してからも続けられる予定だ。
こちらの営業は日中だけで、ベリィの開店時間までに
清掃済ませて明け渡せるからね。」
わが父ながらこれだけ出来るひとが
何故今まで妻、つまりなりん達から見たら母である紀子に
パート勤めさせる生活状況だったのか。
「すまんな。ぎりぎりまで仕事に注ぎ込んでいたんだ。」
父賢一には、例えばわーにゃ姫関連にまつわるような
秘密の思惑に基づく活動があったようだ。
生身の姫自身は堂々となりん達に任せるくせに
その辺りの真相は明かさない。
そしてそんな怪しく危なっかしい賢一に
紀子も特に、疑問や不満や文句もぶつけている様子はない。
「音楽教室の月謝だけではまだやっていけんがな
なりん、お前の短大卒業までの学費と経費くらいは
帰ってくるまでに蓄えたから心配いらんぞ。」
本当だろうか。そもそもどんな弱みを握ったら
会社から先述のような待遇を引き出せるのやら、
社運に直結するレベルの大きな貸しでもあるのだろうか。
なりんは高校に上がってから
ーそれはつまり凜からなりんになってからー
今日までの短い間に、援護くんを始めとする人々の
実に様々な驚くべき秘密に触れたり関わったりが
多かったが
ただのありふれた単身赴任としか
認識してなかった我が家の父までもが
実は荒唐無稽な秘密にまみれていたとは
もう何が来ようが起きようがうろたえることなんて
ないなという心境に至っていた。
どうってことないわよ、お父さんだって私たち娘が
ふたりとも現代の魔女だなんて気づいてないでしょ。
そのレベルでおあいこのお互い様よ。
ともあれ、ここで大事なのはベリィが既に
澤菜夫妻の職場になっているという点だ。
ではここから穏はどうするのか。
両親を操るか?無理だ。
ベリィをどうするかはベリ子が決める。
それがベリ子の魔力キャンセルという魔力を確立させている、
強力な条件だからだ。
「ベリィを見つけてきたのは、私なのに。」
穏は妹のなりんにあけすけなくらい率直に
愚痴ってみせる。
なりんの魔力がひとに本音を吐かせる、
名付けて「本音の魔女」だから、隠そうとする意味もないのだ。
「でも援護くんにはWEBと出版でお姉ちゃんの思うような立場や収入手段を
あげられそうなんでしょ?」
「まだまだ話しにならない額だし、次善の策よ。
最上の理想ではないわ。」
「お姉ちゃん、頑張ったじゃん。すごいよ。」
「これからよ。軌道に乗せるのは。」
「お父さんにも相談してみたら?
なんか思ってたよりずっと頼りになりそうだし。
やれる人なんじゃない?うちのぱぱ。」
穏は何か言い返しかけて、ふと勢いを留め
「…それも、いいかもね。」
と、しおらしく肯定してみせた。
そうしてふたりはベリィ店内の清掃を終え
「じゃあ私は団子だから」
「あたしはエリ本くんとオフで打ち合わせ」
ふたりで店舗を出た。
この澤菜家のベリィ入りも、最終回までに書いておきたかった展開です。
この物語が、いつかあなたの眼にもとまりますように。
では!




