第二十四話 澤菜姉妹、再び
なりんは更に前進すべく、苦手意識もある姉の穏に
自ら連絡をとる様子。
さて。
第二十四話 澤菜姉妹、再び
その晩。
「こんな時間に何?」
「やっと繋がった。お互い忙しいものね、
お姉ちゃん。話せる?」
凜は、姉の穏に自分から電話をかけていた。
「…いいわよ。何が聞きたいの?」
「お姉ちゃん、援護くんをどうしたいの?」
「どうって?」
「操りたいわけじゃないよね。それともそこからなの?」
「なにが?」
「路線変更よ。お姉ちゃん、ベリィを援護くんのお城にするのは難しいと
見たんだよね?」
「あら。」
のんは少し話す気が沸いたようだった。
「援護くんとエリ本さん?の始めたことは
最初からお姉ちゃんが関わってるの?」
「さあね。なんて言わないわ。あたしは後から
乗っかったのよ。エリ本さんを引き寄せたのは、
ステージでのあんたよ。」
胸に刺さる。そこは、あくまでその通りなのか。
「あのね、凜。あたしは圭吾くんが仲間と決めた方針に沿って
協力してるの。だから安心なさい。援護くんは
自分の意志で行動してるから。」
そうなのかな。そうだとして、まだもうひとつ
懸念が残っている。大きな懸念が。
「お姉ちゃん、言ってたよね。援護くんと話して
援護くんのことを好きになった人は、無理をしがちに
なるって。」
「ええ。」
「大丈夫なの?ネットで一気に大勢の人が
援護くんと触れ合うようになって。大勢の人が
無理をし始めるんじゃないの?」
「大丈夫よ。」
即答が返ってきた。
「凜、あたし自分が加わる前の援護くんたちのサイトや動画視聴してて、
気づいたのよ。 援護くんの魔力はね、生身の援護くんと
すぐそばで話すのでなければ、それほど人を
くるわせないのよ。」
「…ほんとう?それ。」
「ええ。いい?順に説明するとね。先ず
援護くんの強さや優しさはね、本来
そうそうありえないものなのよ。だから
伝聞なんかの話しだけならまだ、話し半分で聞いてられるの。分かる?」
「うん…、?」
「ただ、」
「ただ?」
「生身の援護くんを間近で目の当たりにして
しまうと、ね。
ひとは、援護くんが実在するという事実に
打ちのめされて、逃げ場を失って、
こんな強さや優しさが生身のひとでもであり得るのだ、
というように常識が塗り替えられてしまうのよ。
今まで生きてきた世界と、援護くんの真心を
知ってしまってからの世界では、もう
同じ生き方すら難しくなってしまうの。」
なんだかちょっと話しが難しい。でも、
なんとか理解したい。
なりんは頭と心をフル回転して、凜の話す理屈に
必死に喰らいついていた。
「援護くんの体温や呼吸や眼差しが、
ひとのこころを狂わせるの。
ああ、こんなひとが実在するなら、同じ生身の
人間である自分にも、まだやれることがあるんじゃないのか。
現実に可能な事である以上、自分にとっても
果たすべき責任が、あるのではないかって。
いわば自責の念にかられてしまうのよ。」
ん~、んん、わかる、そこまでは、なんとか分かる。
いつかの帰り道の車の中で聞いた理屈の、
ここまではおさらいだ。
でも、それがどうしたら
援護くんがWeb上で活動できる、しても問題ないって理屈に
つながるの?
「だからひとは無理をして、でもそれは結局
援護くんのようにはやれないから、生身の限界を
越えちゃって、結局破滅につながったりもするのね。
生身の人間は、誰も責めないし涙も流さない、
強く優しい援護くんの実在に耐えられないのよ。
だったらねえ…、
要は、援護くんの生身に触れなければいいのよ。」
ええ…?
「ここで話しの最初に戻るけどね、生身を
目にすることさえなければ、援護くんの優しさも強さも
話し半分になって、ひとを追い詰めないで済むの。
そして援護くんが相談者やリスナーたちに
授ける実利的な介護の知恵や知識や考え方も、
むしろ余分なプレッシャーの混じらない
純度の高い情報のみとして有益に届くのよ。
必要な容量が、無駄なくね。」
「…そうなの?」
「そう。」
自信たっぷりに、確信に満ちた声で答える
穏。
「だから、援護くんは生身で限られた人々を
直接助けつつ、同時にWeb越しにたくさんの
人々へ知恵や助言や励ましを一度に送るのよ。
これが、あたしが援護くんに得てほしかった居場所、すなわち立場よ。」
「立場。」
「立場を表す肩書は、
ヤングケアラー・サポーター
といったところね。そのまんまな案だけど。」
ヤングケアラ―・サポーター。
「今後は著作を聞き書きで作って出版したり
匿名覆面のままで講演会したり
なんとか援護くんに介護職以外の副収入も
持たせたいわ。やっぱ善意と介護の規定報酬だけじゃ
援護くん生きてゆけないもの。なんなのよ、
法の収入規定って。」
一瞬、社会的な批判発言が混ざりこんだ。
「なりん、心配かけてるようだけど。
大人としての私たちを、どうか信頼して。
あたしも歩くんたちも、援護くんをくいものにする気もないし、
支配欲で操ったりもしないわ。
あたしはあたしの誇りと能力にかけて、
援護くんの魔力に負けて破滅なんてしないし、
援護くんをあたしの魔力で支配なんかしない。
ちゃんとうまくやってみせるから。」
お姉ちゃん…。
「こんな真剣な思いで生きられるのも、本当にひさしぶり。
あたしが援護くんに再会できたのは、あんたの魔力のお陰だから、本当に感謝してる。
援護くんが、初めて見たあんたに
あんたと話したいっていう本音を打ち明けることが
できたその日に
何もかも拓けていったのよ。」
いつになく熱っぽく語る姉・穏の勢いに
電話越しのなりんは圧倒されていた。
「なりん、あんたまた援護くんのための歌を
作るんでしょ?作って、フェスで歌うって
エリ本くんから聞いてるわよ。」
「うん。」
「いい歌作るのよ、また。」
お姉ちゃん、こんなに姉なことを
言えるひとだったんだ。
「お願いね。」
あたし、お姉ちゃんにもお願いされちゃった。
「うん、分かった。」
「よし。他に聞きたいことは?」
「ううん。ありがとうお姉ちゃん。よく分かったわ。」
「そう。それじゃあね、おやすみ。」
「グンナイ。」
なんとなく軽くそう返してみて、なりんは
今宵の姉妹の通話を切った。
これは…
エリ本さんに歩くんにマサキに姉に
ここまで話した誰もがあたしに期待をかけている。
あたしが、このなりんが、援護くんのために
新たに作って歌う歌に。
これは、しっかりやりとげなきゃね。
一度は恋をあきらめたことで終わりかけた
自分と援護くんとの人間関係が
いつの間にか自分以外の何人もの人々にとっても
大切な絆になっていた。
恋なんて、超えていい。
終わらせなくていいし、終わらないものがある
あたしと援護くんとの絆はもう、切っても
切れないんだ。
それがたとえ、男女の恋じゃなくたって。
またひとつ気がかりを吹っ切って、なりんの
創作はいよいよ実を結ぼうとしていた。
恋なんて、超えていい。
これが今回の肝ですね。この境地に至って、なりんは次回
あのひとと話します。
この物語が、いつかあなたの眼にもとまりますように。
では!