藤堂兄妹 其の2
第一話の続きです。前作以来の島辺歩とベリ子が再登場
新キャラクターも加わります。
其の2
病院内の飲食コーナーに移り、テーブルにつく6人。
「3にんとも、先ずはシマに会って来てやってください。」
シマとは島辺歩が援護くんに指定した呼び方だ。
「そういえばどうしよう、手ぶらで来ちゃった。」
「大丈夫です。この病院は差し入れもお花も持ち込み禁止ですから。」
「あら気を回さないでよかった。」
「歩ガールズは今日はいないんすかね。」
歩ガールズとは。恋多き色男・歩が並行でお付き合いを続けている複数の女性
たちだ。
いったいどんな人徳?なのか、どうにもどろどろにはならずに済んでいる
らしい。
「今日は検査があることにしてご遠慮頂きました。」
こうでもしないと同じ女性である3人が歩の見舞いに来るのも難しい。
今は均衡を保ってはいても、新顔が増えるとなると途端に連携して
牙を剥くことだろう。
たとえ「私たちは歩くんを狙ってないから」と主張しても、
ただでさえ歩が本命を絞らないのに分かってもらえるものでもない。
「それじゃあお愛想をささっと済ませてきましょうか。」
穏が促し、援護くんと兄妹を飲食コーナー待たせて
歩の病室に向かう3人。
病室は個室だった。
「シマちゃん、調子はどう?」
コミュ力担当こりんが明るく乗り込む。
「よう、3人とも来てくれたのか。」
ベッドで上半身を起こしている島辺歩が
笑顔で穏やかに歓待した。
「個室なの。素敵ね。」
のんがちょい辛めでからかうとベッドの傍らの島辺莉子ことベリ子が応じた。
「ガールズ対策よ。元は大部屋だったんだけどあの子たちが鉢合わすと
姦しくて。」
「痛い出費ね。」
「まあね。ベリィも閉めたままだし」
このままベリィのお召替え計画を切り出しかねない姉をけん制すべく、
なんとか割り込むなりん。
「歩くん、少しやせた?何日でもないのに」
実際元々無駄肉などない歩の精悍な輪郭が
いくぶん更に締まってやや尖ったような、頬のこけたような印象があった。
「病院食ってのは淡泊でね。けっこう堪えるよ。」
「しばらくは食事出来なかったの。昨夜くらいからよ、食事に手を付けたのは。」
ベリ子が率直に伝える。容態重かったのかな。
「大したことはない、んだと言いたいけどね。
医者には、思っているより長引くと脅されてる。毎日何かしら検査されてるよ。」
歩はこれまで古傷の管理をそうはしてこなかったらしい。
援護くんにもきちんと検査を受けるよう釘を刺されてたけど、もしや
あれからもそのままだったのだろうか?
あれだけ寿命の残りに怯えていたくせに、気ままなものだ。
「さて。本当は君らとも店やバンドの今後も相談しておきたいところだが。」
会って早々に歩が切り出した。
「今日は俺に会いに来たわけじゃないんだろう?」
なりんが頷く。
「うん。ごめんね。」
「援護くんのお呼ばれだもんな。早く戻ってやってくれ。」
お言葉に甘えて、3人ともまたねと手を振りつつ個室からおいとまする。
「のんちゃん、ベリィの留守番ありがとうね。 あとで話せる?」
ベリ子さんが声をかける。
「じゃあこちらが済んだらお知らせしますね。」
振り返りながらのんが答える。またこちらを向いたその口元は、
ほくそ笑んでいた。
あちゃー…余計なことを切り出さなければいいけど…。
同席できないかなあ。
いや、あたしは下手にその場にいられないか。
なりんのそばにいると誰でもつい本音が口をついて出てしまう。
こんなデリケートな話題でいきなりふたりの本音がぶつかったら、
どうなることか。
つい最近まで有ることも知らなかったけど、あたしのこの現象、
便利とは言い切れないなあ。
いざ有ると知ると、用心することの方が多い気がするや。
飲食コーナーに戻ると、3人がそれはもう仲睦まじく歓談していた。
立ち上がって夢中でなにか話しているマサキ少年と、
うんうんとにこにこ聞き入る援護くん。そして、
先程までは終始クール且つ不服げだったるぅーちゃんも、
なにやらはにかんだ微笑みを浮かべている。可愛い。
落ち着いて眺めてみるとなかなかの整い方だ。ふたりとも、美少年と美少女と
言っていいだろうか。
このふたりの保護者がどうしているのか気になるところだが。
「援護くん、ただいま。」
「お帰りなさい。皆さん。」
こちらに気づくとるぅーちゃんが、途端に
口をへの字のムス顔を作り上げる。
「おう、いちみたち。シマうまとも仲間だったんだな。」
マサキくんはごきげんだ。
シマベの歩くんはシマうまか。安直だけど自由だなあ。
「マサキくんは、シマうまくんとも仲良しなの?」
「シマうまは知らん。団体部屋の時から眠ってるか痛がってるか
検査でいないかおんなのひとらが群らがってるかで、話したことない」
それはまた修羅場だな!。
ていうか歩くん、ずっと痛みがあったの?今は!?
「援護ンの友達だってから興味はあるけどな」
「今なら話せるから、会いに行きましょうか」
「おっし行くぞるぅー」
「あたし行かない。」
喰い気味に拒否する、るぅー。
「るぅーが来ないとマサが動けないじゃないか!」
マサキくんは一人称が俺だったりマサだったりするのね。
「マサキくん。るぅーちゃんのお薬の飲み方教えてくれる?」
のんが手を出して尋ねる。
「マサキくん。のんさん達は信頼できる人たちですよ。」
援護くんがフォローする。
マサキ、やや考えてから
「援護ンがそう言うなら。」
首から下げたケースから分包されたカプセルを一錠取り出す。
「るうーが倒れるなりしたら口を開けてこれを突っ込んで口を閉じてくれ。」
荒っぽいのね!?
「そこまでしたら後はるぅーがなんとか自分で呑み込むから。」
「万が一呑み込めそうになかったら?」
「急いで俺か病院の誰かを呼んで。るぅーしんじゃうから。」
マサキの声のトーンが引き締まる。
真剣な表情だと間違いなく美形だ。
「分かったわ。」
穏も真摯な受け答えで薬を受け取る。
「しなないわよ!大げさだって!」
るぅーはそう言うが、おそらくそうなる可能性も決して無くは無いのだろう。
そういえばさっき、病院内の誰でも助けてくれるように
話が通っているって言ってたっけ。
「それじゃ、僕とマサキ君はシマのとこへ行ってきます。」
なりん達の、特になりんの眼を見つめる援護くん。
わお!(はぁと)じゃなくて、これは合図だ。
マサキくんも援護くんもいないところで、
るぅーちゃんの思うところを「女の子同士」の面々で聞き出してほしい、と。
「えぇ?援護くんも行くの?」
思いがけなかったようで、るぅーちゃんが
戸惑いの声をあげる。あ、これは本音だ。
あたしが傍にいなければ、漏らさないはずの。
つまり…。あぁ、これはまずいなぁ。
援護くんは気づいているのだろうか。
マサキのみを連れて飲食コーナーをそそくさと出てゆく援護くんの横顔は、
どこか安堵の気配だった。
ようやく女の子の謎な心理を女性に任せられるといったところか。
これは、たぶんだけど、援護くん気づいてないな。
そして援護くんがあたし達を頼ってくれるひとで、ほんと良かった。
それから、他の誰かじゃなくて、あたし達のことを頼ってくれた事も。
これは、子供として懐いているんじゃなくて
るぅーちゃんも女の子なんだ。まずいけど
考えてみれば1年生の頃のお姉ちゃんだって6年生の援護くん…、
当時は「敬語くん」、に一方的にぞっこんだったんだもんね。
そして高校生のあたしだって、一度は援護くんに拒絶されているんだから。
今だってまだ成人するまではお互いなんでも無しの約束で、辛うじて
こうして会えてるんだし。
援護くんが本来望む、ヤングケアラーへの支援の仕方は
子供たちが介護を任されてしまった、主に
ご老人を始めとする大人の人たちを子供たちに代わって介護することで、
子供たちに子供本来の大切で有意義な時間と過ごし方を取り戻させること。
それは勉強であったり、部活や友達との時間であったり。
でも確かに、老々介護ならぬ童童介護とでもいおうか
子守りや弟妹の世話や看護など介護というか
子供同士での保護や保育に縛られる子供たちもあり得るわけだ。
この藤堂兄弟のように。
そして、赤ちゃんやごく小さい子や男の子ならまだしも
(どうもそうとは言い切れないらしいけど!)
るぅーちゃんのような女の子が、支援でなくて介護や保育の対象である場合も
あるんだ。
これは…20代後半の援護くんには、正直厳しいケースだな…。
本人がどんなに信頼のおける真っ当な大人さんでも、
世間の全てがそう見て信頼してくれるわけじゃ、ないものね。
昨今では、本当に穢らわしいケダモノどもも社会問題になってるわけで。(怒!)
そんな奴らがいなければ、あたしと援護くんだってもっと
ずっと自由に一緒にいられるのに。
ーここまでのなりんの思考が実に一瞬のことで
左右に目を合わせてみると、のんもこりんもおおかた同じ判断を済ませていた。
うん、まずいね。と、声には出さずに頷きあう3人。
蛇の道は蛇、乙女ごころは乙女が知るのだ。
援護くんと離れてしまって、あからさまにがっかりしているるぅーに、
なりんが話しかけてみた。
「援護くんとは、どんな風に出会ったの?」
「…、言いたくない。」
おぉっ、守りは堅いか!?
「そっか。あたしはね、援護くんから話しかけてくれたの。」
「…なんで。」
ほう、興味はあるかね、きみ。
「あたしはお祖父ちゃんの介護というか見守りをしていて、そんな時に援護くんが
入浴カーの見習いスタッフとして家に来てたの。」
「なに?仕事先でナンパ?」
かなり聞き捨てならなそうな、4年生のるぅー。
4年生って、ナンパって知ってるんだね。
あたしはどうだったっけ。
「ナンパじゃないよ。お姉ちゃんが援護くんの古ーい知り合いだったの。」
さっきまでこちらを見ようともしなかったるぅーの顔が、こちらを向く。
「援護くんもお姉ちゃんもお互い子供だった頃の知り合いで、久々に
お姉ちゃんの家な我が家に来たから、穏さんは元気?って聞いてきたんだよ。」
「…偶然仕事で来るなんて、そんな事ある?」
「まったくの偶然でもないよ。援護くんは昔住んでた町を
受け持ち範囲に選んだんだし、うちには普通に年とったお祖父ちゃんがいたし。
だから、必ず来れたとは限らないけど、こうしてうちに来れたって
そう不思議なことじゃないよ。」
まあ、私にとってはこの上ない幸運だったけどね。
るぅーに解説しながら、なりん自身もそういう面もあるよな、と
そう思った。
「じゃあ、援護くんはのんさん目当てになりんさんに話しかけてきたって
いうこと?」
「援護くんは、昔わたしを助けてくれてたんだけど」
のんさんこと穏が会話を引き継ぐ。
「大人になったわたしがちゃんとやってるか、
気にして確かめてくれたのでしょうね。」
穏やかに自嘲を含んだ穏の微笑を、幼いるぅーがどれだけ読み取れたことだろうか。
「これ、なんの話?」
問いかける声が鋭い。幼いとて侮れない女子だ。
「るぅーちゃんたちが、援護くんとどう知り合ったのかというお話よ。
一方的に聞くのも失礼だから、先ず私たちの場合を話したの。」
なりんがそう答える、続いてのんが
「無理なら無理には聞かないわ。」
のん達にしてみれば、出会いの状況は援護くんに聞いたっていい。ただ、
同じ一つの状況であっても解釈はひとそれぞれだ。だから、
るぅーにとっての援護くんとの出逢いがどういうものだったのかが、
一同の知りたいところなのだ。
「あんた達、あなた達も援護くんに助けられたということ?」
あなた達と言い直す、るぅー。
「そうよ。」
「…」
余程いいあぐねてるこの感じ、あたしの例の現象も効かないなら、
これ聞いちゃだめなやつかな。
でも、援護くんとの出会いで言いたくないって
どんな出会いだったのよ?
一方、島辺歩の病室に来た援護くんとマサキ。
「ん?どうした援護くん、女性陣は?」
「シマ、改めて紹介するよ。」
「初めてじゃないよな!シマうま!!」
援護くんの背後から元気に現れるマサキ少年。
「藤堂マサキくんだ。」
「マサだ!よろしくな、シマうま!」
「おう、そういえばちゃんと話すの初めてだな。…誰がシマウマだって?」
「マサキくん、シマは、なりんちゃん達のプロデューサーなんです。」
マイペースに紹介を進める援護くん。
「ぷろでゅーさー?なんの?」
「3人は、こりんTHEポーキュパインっていうバンドを組んでいるんです」
「なにい!?バンド!?」
妙な勢いで喰いつくマサキ。
「この夏に結成して初舞台済ませたばかりの出来立てバンドで、
でもカッコいいんですよ。」
目をまんまるにして聞き入るマサキ。
「そして彼女たちをバンドにして曲もつくったのが、
シマことこの島辺歩お兄さんなんです。」
まんまる目を見開いたまんまでシマこと歩を見つめるマサキ。
「歩お兄さんってよしてくれよ、落ち着かないな。」
「シマうま、なりんはなんだ?」
「何って、あ!なりんちゃんはベース担当だ。」
「ギターは弾けないのか?」
「弾けるよ?」
「おーーーーーーっ!!」
病室から出ていこうとするマサキ。
「マサキくん、どこへ!?」
「なりんに渡したいものがあるんだ!取ってくる!」
「待ちなさい、それはどこにあるんです?」
「家に、って、あ、るぅーも連れて行かなきゃ!?」
「落ち着いて、先ずなりんちゃんに話してみてから、
また改めて渡すのはどうでしょう。」
ぴたっと止まるマサキ。
「ん、それもそうか。」
即座に納得するマサキ。
「じゃあなりんぬに話す。またな、シマうま!」
「だから誰がシマウマだ! …ぬ?」
既に病室から廊下へと飛び出しているマサキと、
あっけにとられる病室の大人組。
「援護くん、ついていってあげた方がいいんじゃない?」
ベリ子がアドバイスする。
「そうですね、じゃあ。」
「おう。」
続いて援護くんも病室を出た。
「マサキくん!廊下走らないの!」
やや高めのきれいな声が響き、援護くんらと入れ替わりに
すらりとした看護師が病室に入って来た。
「島辺さん、検温です。」
「あやのさん、よろしく。」
あやのと呼ばれた若い担当看護師は手早く作業を始めながら
「今日はガールズさんいらっしゃらないんですね。」
と聞く。
「今日はポーキュパインが援護くんに会いに来るからさ、
これから検査だって言って追い返した。」
「あら。」
少し意外そうなあやの看護師。
歩ガールズの賑やかさは華やかだが、病院としては遠慮してほしいところだ。
それをいつも好きにさせているのは歩なのだが。
「静かにして頂けるなら、普段からそうしてくださいな?」
「援護くんの都合が優先ってだけさ。
なんたって援護くんは人助けのヒーローだからな。」
「マサキくんとるぅーちゃんを、援護くん…、遠藤さんが手助けしようと
しているんですよね。」
「ああ。3人は援護くんの呼んだ助っ人だ。
俺のファン子ちゃん達には遠慮してもらうさ。」
検温が済んで、また手早く片づけるあやのにベリ子が問いかける。
「藤堂さん、どうなの?」
「…まだ意識は戻らないですね。」
「ふたりとも、もう夏休みも明けちゃうし
病院にいないで学校行った方がいいわよね。」
「少なくともマサキくんはね。るぅーちゃんは病院で診ててもいいけど、
マサキくんは元気なんだから。」
今回初めて、なりんがその場にいないシーンを描いてみました。
前作「なりんの援護くん」では記憶の限り(「あとがき」の章以外の)全ての場面で
なりんがその場にいて、物語の視点となっていたのですが
本作では俯瞰というか違うことができるようになってみようというわけで
具体的には歩の病室で、なりん抜きのやりとりがいくつも交わされます。
逆に前作同様なりんのいる場でだけでも書き進められそうではあるのですけど、
こういう時には勘と新たな試みのほうを選んでみることにします。
あと、看護師のあやのさんはプロットではもっと後の登場だったんですけど、
執筆ペースが遅れているので、前倒しで登場させました。今後も登場しますし、
更に新キャラクターも増えてゆきます。