第五話 輝け、裕人 其の1
明けて九月の第2週。
なりんたちの高校は、文化祭の準備に華やいでおります。
文化祭と言えば、我らがこりんちゃんの騎士候補、
高橋裕人くん。
果たして彼は恋と栄光をその手に勝ち取ることができるのか!?
さて。
第五話 輝け、裕人
其の1
九月も第二週ともなると、いよいよ文化祭の準備も始まる。
本番は今週末の土日 この一週間は校内あげて
どのクラスもそわそわと活気づく。
文化祭や学園祭というものは、えてして
準備のあいだの方が楽しかったりするものかも
知れない。
そして来月には体育祭 平凡な高校生たちの
ありふれた青春は、素直であるほど強く輝き
幸福と充実に溢れるものだ。
そして素直者揃いなこの物語のなかでも
ひときわ素直な少年 その名は、高橋裕人。
なりんの親友こりんの彼氏志願中であり、
その成否もかけて目下文化祭での研究発表の準備に
全力でとりかかっている。
その研究とはこりんと共に訪れたなりんの家、
澤菜家で知り合った介護士見習いの青年
(ぎりぎり青年)、援護くんこと遠藤圭吾に
触発されてのヤングケアラーの実態報告だ。
匿名を条件に高校内外の少年少女たちに
介護に関わる実態をインタビューし、
展示と講演とにまとめる。
その際、無意識になりんの、人の本音を
引き出す力に着目し、取材に同行させては
その影響の恩恵で話を引き出すという、
天然混じりの手回しの才能も発揮していた。
しかし、付き合わされるなりんとしては。
エネルギッシュな裕人の取材と、日替わりどころか
時には2,3人にのぼる多彩な初対面の
取材相手たちとの邂逅に、
かなりのエネルギーを費やされていた。
「裕人くん、こんなに何人もに聞いて、本当に
文化祭までに展示をまとめ切れるの?
「そうですね。取材はそろそろきりあげて、
展示と講演発表の原稿と配布小冊子の制作の
仕上げにとりかかることにします。」
「小冊子まで作るの!?」
「はい。当日配布して、なんなら図書室にも
何冊か置いてもらうつもりです。
予算と必要物資は生徒会と職員室に申請して、
既に確保してあります。」
なんというエネルギーだ。裕人くん、
もしやあなた、凄いひとなの!?
「なんせ僕はこりんちゃんの彼氏になる男ですからね。
ハンパなことはできません。」
またなんだかテレパシーを挟んだみたいな
会話の文脈だが。
「あまり欲張って間に合わなかったら、元の木阿弥だよ?」
「はい。肝に銘じます。なりんちゃん、今日まで
ありがとうございました。
あとはクラスや新聞部の有志も手伝ってくれますし、
なりんちゃんもご自身の準備にとりかかってください。」
なりんとこりんと裕人は同じクラスのクラスメイトで
彼らのクラスの出し物は、裕人の発表の
展示となった。
もっとも、実質は教室を彼個人の研究の
展示スペースとして提供する、というのが実態で
気のいい仲間や学級委員たちは裕人を手伝って
くれているが、
クラス外の所属各文化部やサークルの発表に
専念する者も少なくはなかった。
研究発表の講演の方は体育館でのプログラムに
組み込まれている。
ここまででいい、と言われて、正直なりんは
ほっとしていた。ここまででもうくたくただ。
「準備と言ってもあたし当日の受付くらいだし、
印刷とかあるなら手伝おうか?」
「ありがとうございます。でもそれより、
こりんちゃんと仲良くしてください。
そっちの方が気がかりです。」
ベリィでの日曜以来、こりんとなりんは
なんとなくぎくしゃくしていた。
あの大成功の演奏の前後で明らかにふたりの
空気が変わったのを間近に見ているので、
色々と単純な裕人でもさすがに気づくし、
気づけばそれはもう、気になるし気にするしかない。
「うん。そうだねえ。どうしたもんだか。
裕人くんは、どうしたらいいと思う?」
「分かりません。女の子同士のことは、
女の子同士に任せるものだと、父は言ってました。」
お父さんに相談したのかいっ!そういうとこが、
そういうとこだぞ、タカハシ!
高橋家の話題にのぼって、あたしはどんな
スタンスに受け取られているんだ。
こりんは大切なご子息の彼女候補でしかも
昔からの幼なじみだから、
なんならあたしが自然と悪役ポジションに
はめこまれてないか?
「ご安心ください、誰がわるいということでも
ないだろうと、そこは言質をとってあります。」
だからそのいちいちエセテレパシーをやめろ。
裕人の天然は底が見えないな。
「そういうとこがそういうとこ」、と
なりんには評される、裕人くん。
彼の研究と発表の件は前作のわりと最初の方から
引っ張ってますからね。
ここらでひとつ 勝負の正念場!
この第五話は全3回、次の第六話とで文化祭が
ひと区切り。の予定です。
そのあとにはフェス後夜祭のお話もあって、
この物語はまだまだ続きますね。
そんなこの物語が、
いつかあなたの眼にもとまりますように。
あ、ひとつ追伸。
前回の援護くんの
「けっこうドライで逆境に割り切りが早い」という
一面ですが、これはアンジュルムの佳曲
「初恋、花冷え」の歌詞の一節
「雨嵐に、仕方ないねと言えるひと」への
私なりの解釈も含まれてのものです。
前回の後書きのうちに書いておければよかったんですけどね。
なんだか書き忘れていたので、一回遅れでこちらにて。
では!