赤いパスタは解(ほど)けない 其の5
ベリィから帰る電車の中。
なりんは新たな指標を手に入れます。
さて。
其の5
日曜で通勤客もいない電車は乗客もまばらで、
なりんはふとスマホを取り出してみた。
電車で通話っていけないんだっけ。
そう思うと、かえってかけてみたくなる。
かまうものか、援護くんはどうせ出ないよ。
せめて留守電くらい入れてみるつもりで
発信してみると、意外にも援護くんはほどなく
反応した。
「はい。どちらにおかけですか。」
「援護くん…あたし、なりん。」
「なりんちゃん!?」
電車の中なのでなるべく目立たぬよう口元を覆い、
小声で通話を続ける、なりん。
「ごめんね、援護くん。どうしても声が聞きたくて。
お姉ちゃんに無理言ってこの番号教わっちやった。」
「そうでしたか…。」
「ごめんね。お仕事中?」
「はい。ですので、手短かにお願いします。」
「援護くん、あのね。
あのね、ポーキュパインが終わっちゃうかも。」
「…。」
「どうしよう、援護くん。あたしどうしたらいいと思う?」
なりんは、ちょっと援護くんに甘えてみたかった。
藤堂春菜さんの英雄譚に触発されたとはいえ、
それはそれだ。
「大丈夫です、なりんちゃんなら。」
「えっ。」
「きっと切り抜けられます。だから、
ここは頑張ってください。僕は応援してます。」
応援してるとは言われつつ、要は突き放されては
いまいか。
「でも、援護くん。」
「なりんちゃん、詩音さんがそちらに行ったでしょう。」
「知ってるの?しおんヌさん。」
「マサキくんが嬉しそうに話してくれました。
だから、あとはドラムですね。」
いやそうだけど。そういえば援護くんって、
意外とドライというか合理的というか、
逆境に割り切りが早いひとだったっけ。
「援護くん、私はポーキュパインが」
「なりんちゃん、無理に引き留めても、ご本人の
意向というものがそちらに向いてなければ、
無理なときは無理です。」
うんいや確かにそうだけど。
「それより、今はなりんちゃんが音楽を続けるんです。
そうしていれば、いつかポーキュパインを
取り戻すタイミングだって来るかも知れません。」
そうだった。援護くんが私たち澤菜との縁を
取り戻したのも、私が生まれるより前からの
15年以上もの離ればなれを経てのことだった。
「援護くん、もしやドラム叩いてくれたりする?」
「無理です。音の出るものを練習する環境では
ありませんし。
その時間があれば僕は介護と福祉を究めます。」
そうだよね。
「なりんちゃん、今はドラマーを探すことです。
それでは僕は、仕事に戻ります。」
「うん。ごめんね、ありがとう。」
「それから、言い辛いんですが。」
「うん。」
「通話はこれきりで、今後の連絡はまた
SNSやメッセージ機能でお願いします。」
「うん。分かった。」
「それではまた。」
「またね。」
そこで通話は切れた。
実質、これ一度限りの、援護くんとの通話。
けっこうドライな面も突きつけられたけど、
なりんは充分に力をもらった。
ふと目に入った楽器バッグを見ると、
父のベースを覆う見慣れたはずの形が、
何か違う。
ジッパーを降ろしてみると…。
なんの変哲もないけど、左右だけが反転した
ソウルハンガーのネックが現れた。
「ソウル、あんたついて来ちゃったの!?」
どのタイミングですり替わったのやら。
ベリィに据え置くと約束したはずの
魔弦ソウルハンガーが、今なりんと帰途に
ついていた。
スマホに続いて、ギターネックに語りかけるなりん。
「ソウル、ポーキュパインをヤッたのも、
あんた?」
静かな口調だ。
当然ギターネックは、なにも答えを返さない。
「いいわ、あたしはそうそう喰われたりなんかしないわよ。」
なりんは額をネックに付けた。
「だから、」
間を置いて、宣言する。
「長い付き合いになるよ、相棒。」
静かに穏やかな口調の、宣戦布告だ。
人喰いの呪いはべつだん電車を転覆させることもなく。
魔女と魔弦は、無事帰宅を遂げた。
メリークリスマス!
本当はこのお話こそクリスマスの朝までに
投稿できればよかったのですが。
昨夜は私どうにも眠くていつもより早く就寝し、
今日もひと段落までにこの時間になってしまいました。
さて、物語の中では九月最初の日曜日
なりんは何かを失ったかもしれませんが、
失わなかったものも、新たに手に入れたものも
ありました。
物語は決して暗くならずに続いてゆきます。
第四話「赤いパスタは解けない」は、
この「其の5」まで。
次回からは第五話が始まります。
この物語が、いつかあなたの眼にもとまりますように。
ではまた!メリクリ~(大事なことなので2回)