序章 澤菜姉妹
ー帰りたい、援護くんの隣りに…
前作「なりんの援護くん」の続編です。
今回の序章は主に前作の出来事をおさらいする内容です。それだけではないのですが。
前作のリンクってつけられるのかな?もし出来たらあとでつけるかもです。
今回は前作のように全編書き上げてからの連載更新ではなく書きながらの更新なので、
時間がかかるかも知れませんが また完成完遂を目指していざ!新編スタートです。
この物語が、いつかあなたの眼にも とまりますように。
「つまり、あたし達は援護くんの人助けのそのまた手助けをするんだな?」
病院へ向かうセレナの車中でこりんこと金子鈴が現状をそうまとめた。
「そうよ。理解が早くて助かるわ、こりんちゃん。」
ハンドルを握るのんこと澤菜穏が応えた。
こりんは高一のなりんこと澤菜凜のクラスメイトで、澤菜穏はなりんの姉だ。
少し前までOLだったが、今はライブバー・ベリィの手伝いをしている。
三人はこの夏休みにベリィの代表として3ピースガールズバンド
「こりんTHEポーキュパイン」を
結成して「キャンプフェス」に出場し初ステージを成功させたばかりだ。
しかしサックスの演奏で一緒に出演した彼女たちの実質プロデューサーで
ある青年・島辺歩は
幼い頃の事故で抱えた古傷を演奏で悪化させ
会場からそのまま救急車で運ばれてしまい、今は検査入院を続けている。
三人の車はその病院に向かっているところだ。
そして。こりんの言う「援護くん」とは。
元々はのんの幼き日々の恩人であり憧れのお兄さんでもあり、
島辺歩の不思議な縁と因縁とで繋がった親友であり、
そしてなりんとはお互い両想いであることを認め合いつつ、
のん以上の年齢差を気にしてカップルにはなれないでいる、
介護士見習いの青年…青年と言い切るにはややトウの立った
ぎりぎり20代の青年だ。
そしてこりんは彼に「援護くん」と名付けた、
なりんの親友にして援護くんの友人?だ。
彼は10代20代の大半を兄の介護役として閉じ込められて過ごした
元ヤングケアラーであり、兄との死別で解き放たれた現在は
かつての自分のようなヤングケアラーたちの援護を生きがいとして
その術を求めているところの、
優しく正しくややお伽話の主人公のような不思議な青年である。
のんは彼が閉じ込められて生き別れになる前の小学生の頃に彼、
本名遠藤圭吾と共に過ごし
一方なりんは遠藤圭吾が解き放たれて介護の仕事を始めてから、
澤菜家の祖父の介護を通じてこの春の5月に知り合った。
祖父は圭吾の勤め先のひとつのホームに自ら入り、
そこでなりんと援護くん圭吾との縁は危うく切れかけたが。
歩が援護くんをキャンプフェスという催しに誘い出したことを知った、
のんの奇策というか歩との阿吽の呼吸で
演者として未成年ながら特別にフェスに参加できたなりんが
体当たり(文字通りの体当たり、あるいは頭突き)で
ぎりぎり縁を繋いだのだった。
それから歩の入院と援護くんがそれに付き添ったこともあって
暫く会えないでいたのが、
援護くんのほうから支援要請が届いたのが現在というわけだ。
(援護くんに頼られているんだ。はりきりどころだよね。)
今回はまだ口を開いていないなりんは、言葉にしないままで
決意に燃えていた。
なりんは何故かそばにいる人々がつい本心を口にしてしまう不思議な特色を
持っており、それが当てにされて呼び出されたわけだ。
援護くんは歩を見舞う病院で気になる兄妹を見かけて声をかけ、
されど詳しい事情までは聞き出せないでいるのでなりんのその特色を以って
打ち明けてもらおうと考え、珍しく彼から連絡してきたのだ。
「あたし病院まで寝てるね。着いたら起こして。」
言うなり速攻で寝息をたてるこりん。
眠りがしっかりめな気配を確認して、のんが姉妹の会話を始める。
「凜、いえ、なりん。この支援が私たちの計画の試金石になるかもね。」
「計画って、あのベリィの支援ホーム化の話?
だったら私はまだ賛成なんてしてないからね。」
のんは主を失ったベリィを援護くんの介護職の本拠地に作り変えようと
目論んでいる。
のんの見立てでは歩の症状は重く、そう早くには退院もままならないという。
そこで歩の従姉でありベリィのオーナーである島辺莉子、
通称ベリ子姐さんを説得してベリィをライブバーからデイケア兼託児所へと
変えてしまおうという、やや飛躍した奇策を画策しているところだ。
「援護くんは自分の生き方にあんたを巻き込むことを、
心底ためらっていたのよ?
たとえあんたが一緒に進むと意志を宣言したところで、
ふたりともそれで暮らして行ける策は持ってないままなのよ?」
それはそう。知っているよ。と思いつつ、口に出して肯定できない、
なりん。
「だから、ベリィをふたりの生き方の拠点にして、きちんとしっかりと
介護職に向き合おう?というお話なのよ?」
なんでお姉ちゃんがそれをお膳立てするのよ。
「その準備にはあんたの高校卒業までの2年半もフルに活用しないと
間に合わないわ。
なんせ歩くん抜きになってしまった現行のライブバー・ベリィのままでは
経営2年保たせるのが限界なんだからね。」
のんは妹なりんに、介護職と保育職に必要な
あらゆる資格を取得させるつもりだ。
一方自分は経営と経理を身に着けるという。 ーお姉ちゃんあなた、
歩くんだけでなくベリ子さんからも立場も何もかも奪うつもり?
「ベリ子さんとは共同経営になるけど、試練になるような業界独特の
経営の難しさは、責任持ってあたしが担わなくちゃね。」
この姉の魂胆は、あたしをだしにして一生援護くんのそばに居続けることだ。
何故か自分自身では援護くんと恋愛関係を目指すつもりはなくて、
あたしと援護くんのカップルを成立して、カノ姉の立場で援護くんに接し続ける。
ん、何故かとはいうものの 以前にのんは何故自分は援護くんと恋愛関係を
望まないのかを打ち明けている。
なりんが、自分で望まずとも近くの他者に本音を打ち明けさせてしまうという
不思議な現象を持っているように、のんにもいつの間にか他人の意思や行動を
ある程度誘導できてしまうという魔性が宿っている。
のんはこの能力が無意識にもにじみ出てしまう以上、援護くんの生き方を
いつの間にか自分が操ったり制限したりしてしまうのではと、
それを恐れて嫌がっているのだ。
ちなみにこれらは別に魔力とか超能力とかの類ではなく、
いわば「人となり」とでもいうべきものだ。澤菜姉妹は、魔女や妖怪などでは
決してなく人として本来あたり前な範疇の個性を備えただけの、
普通に尋常に生身の乙女たちだ。
むしろ人外や形而上の存在に近いものといえば。
それは、稀代の純真・遠藤圭吾こと援護くんの方だろうか。
「ところで話は変わるけど。なりん、あたしね、ちょっと考えてみたのよ。」
「何を?」
「援護くんが閉じ込められていた理由。」
「それは事故でおかしくなってしまったお兄さんの介護を押し付けられて…」
「遠藤家のお父さんが閉じ込めたかったのは、お兄さんのほうだけじゃなくて
…いえ、お兄さんのほうじゃなくて、圭吾くんだったんじゃないのかな。」
「…えっ!?」
「心を開いた圭吾くんのそばにいると、誰でもつい自分の可能性を限界以上に
追求したくなっちゃうでしょ?」
そこまで気づいていたの!?お姉ちゃん。
「圭吾くんのお兄さん、真也さんもそれで無理をしてしまって、
大それたことを考えて、自滅してしまった」
大それたこととは、爆弾テロだ。それで自作した爆弾の試作を
無人の公園で実験した際に公園にいた幼い頃の歩を爆発からかばうかたちで
巻き添えにしてしまい、
真也は頭を負傷しておかしくなってしまい、一方歩は痛みを伴う発作という
後遺症をずっと抱え続けている。
「…余計なことかもだけど、それが本当ならお姉ちゃんのデイケア経営の野望も
援護くんの影響ってことになるんじゃない?」
「本当に余計なことね。でも実際、この前ふたりで話したときに、
あんたが言ってたことであたしも推測が進んだのよ。」
それが本当なら、なんてとぼけた言い回しするんじゃなかった。
しらじらしかったな。
「でね。きっと遠藤家のお父さんも、次男の圭吾くんのそんな大きな影響力に
気づいていたのよ。
無意識のままで、兄である長男を滅ぼしてそこに他所の子も
巻き込まれて。
たぶんそれまでにもお父さん自身、つい無理をしてしまうような
不思議な影響を持て余していたのかも知れないわ。」
…あぁ、なんかつじつまに矛盾は無い。。ていうか、合ってしまう。
「遠藤氏は自分の家族を諦めて、彼にとっての得体のしれない怪物である息子の
圭吾くんを、この機を逃さずと閉じ込めたのね。同じく息子の長男真也さんの
破滅すらも利用して。」
「…援護くんは、お父さんのこと嫌ってるんだよね。」
その本音はなりんの特色などなくとも端々に現れている。
あの温厚篤実の権化のような援護くんの目が、その時だけは
反転したかのように昏く、底なしに冷たい。
「まあ実際イヤなひとだったんだろうけどね。
ある日豹変して二人を閉じ込めた、ってわけじゃないから
援護くんにとってはお父さんの所業が
ある意味自然な推移とみれたでしょうね。」
「つまり?」
「援護くん自身は、自分のそんな人を無理に理想と夢に向けて破滅させて
しまいかねない特色を、まだ自覚しないで済んでいるということ。」
それは、つまり。
「援護くんにそれを気づかせなかったのが、援護くんのお父さんの気遣い
ということ?」
「自覚しちゃえば圭吾くんは生きてゆけないでしょうからね。
いくら元々から冷たい悪党系なお父様でも、さすがにそこまではしのびなかったのよ。」
そこまで分かっているなら。
「お姉ちゃん、それでも援護くんを介護ベリィの旗印に据えるつもり?」
「みんながみんな破滅するわけじゃないもの。
たとえばこりんちゃんはポーキュパインのリードボーカルを大成功させたし、
こりんちゃんの彼氏?幼馴染のボーイフレンド?なえぇっと…」
「裕人くん。」
「そう、そのゆーとくんも今んとこ万事順調なんでしょう?
つまり、我らが援護くんこと圭吾くんの特色は、誰でもただ滅ぼすわけじゃ
ない。」
「成功するか破滅するかは、人それぞれ、ってこと?」
「そう。そして、聞いてね?なりん。」
妹の凜を、ことさらになりんと呼ぶ、長女・穏。
「それって、単に本来の人それぞれなのよ。」
「ええ…。」
「援護くんこと圭吾くんとの触れ合いが無かったら
自分の夢や理想と向き合わずに無事だけど無為に消極的に
虚無を生きていた人々が、己の理想にまい進して
勝ち取るひとは勝ち取るし、及ばぬ人は及ばぬ夢に決着をつけるし、
掲げる理想の筋が悪かった人は、破滅する。
どう?これって結果はどうあれ皆んな
援護くんのお陰で人間本来の生き方を得られるってことじゃない?」
このひと、もしやサイコロパスっていうの
なんじゃないのかな。
ロが余計だ。
「お姉ちゃん、その考え方には、歩くんが含まれてないよ。」
「…」
「歩くんは巻き込まれて大けがして、色んな夢を叶えられずに生きてきて、
でももし歩くんがが巻き込まれていなかったならいなかったで、
お兄さんの爆弾作りが完成してしまっていたらもっとたくさんの人々が
巻き込まれていたかもしれないんだよ?」
運転を続ける穏は、しばし黙って聞いていた。
なりんは言いぶんを結論づける。
「援護くんと直接触れ合いのなかった人たちでも、
巻き込まれちゃうかもなんだよ?」
そこからまた間を置いて、のんが応えた。
「なりん。あんたどうしたいの?援護くんと生きたくないの?」
「生きてくわよ。援護くんがたとえ実は神様でも魔王でも。
あたしは援護くんの隣りを、誰にも譲らない。援護くんのいちばん近くで
援護くんと一緒に生きてくし、破滅だってしない。」
「そうよ。要はあたしたちが、圭吾くんのいちばん近くで
圭吾くんが援護する人々を破滅から護るのよ。
援護くんと直接触れ合わない人々まで含めて。」
「え…」
思いがけない応えが返ってきた。
「そのためには、あたしひとりの力では無理。」
ええ…?
「どうせみんな大それたことを望んで実行しようとするんだから、
望んだ時点で実行する前に洗いざらい白状させるのよ、あんたのその
不思議な影響力で。そして、出来そうなことなら手助けするし、
無理そうならうまく止めてあげる。頭ごなしでなく、あくまでうまく、ね。」
急にブレーキがかかる。
大慌てな猫が道路を横切り、次いで少女が猫を追いかける。
車には意識が向いてないようだ。
「分かるでしょう?なりん。援護くんの生き方をすぐそばで護ってあげられるのは、
私たちだけなのよ?そしてそのためには、
よけいな邪魔を入らせないためのお城が要るの。」
「なあにい?お城って。」
今の急制動でこりんが目を覚ましてしまったようだ。
「もうそろそろ着くわ。そのまま目を覚ましといてね、こりんちゃん。」
「ん~、お城って病院かあ。りょ!」
病院のことではない。りょは了解の略らしい。
こうして3人のドライブと姉妹ふたりの密談は、一旦の区切りを得た。
物語は、魔王の待つ城、ではなくて未知の兄妹と援護くん達の待つ病院へと
続いてゆく。
今回も前作同様に我がミューズ・ANGERMEの川名凜さんに捧げます!
とは言え、物語のヒロインなりんこと澤菜凜ちゃんは、川名凜さんとはまた違う個性の女の子
姿が川名凜さんとそっくりなルックスを想定している15歳の高校生です。
他にも こりんちゃん、レラ、澤村さんなど 誰がどなたとは申しませぬが次々続々登場する予定です
祝アンジュ新譜発売♪今回の物語は一部「初恋、花冷え」をイメージしていたりもします。
こちらもそのまんまではないのですが。プロットよりかは「悠々閑々~」の明るい雰囲気も含ませたいな。と存じます。